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February 14, 2008

日本の位置

■ このところ、昼間のテレビ東京系列で『大忠臣蔵』を放映していた。大石内蔵助を演じていたのが、三船敏郎さんである。よくよく考えれば、日本の物語では、ナンバー2、3辺りの人物が主人公になる事例が多い。『忠臣蔵』は、その例である。『水戸黄門』も、「先の副将軍」が主人公である。

 そういえば、雪斎が好きな映画『日の名残りは』は、英国貴族に仕えた執事の生涯を描いた作品であったけれども、この原作を書いたのも、カズオ・イシグロという日系英国人であった。
 かんべえ殿やぐっちー殿の最新エントリーを読んでみて、日本という国は、結局、こういう「家老」、「執事」という生き方がもっとも性に合っているのではないかと思うことがある。要するに、「覇権国家」と「他の大多数の国々」の間を取り持つ立場である。たとえば、米国のような「ピューリタンが作った覇権国家」と「イスラム国家」とが直接に交われば、「摩擦」が置きそうであるけれども、日本が間に入ることによって、そうした「摩擦」を収めることができる。
 「家老」、「執事」に大事な資質は、何よりも「政治感覚」である。「主君・貴族」と「家臣・召使」という全然、カルチャーの重ならない人々を一つの「藩・家」の中で無理なく共存させていこうとすれば、並みの「政治感覚」では勤まらないのである。それならば、そうした「政治感覚」を持つ前提として、イスラム国家であろうがアフリカ諸国だろうが、色々なところに「網」を張ることを意識的にやってみてもいいと思われる。日本人は、「アラビアのロレンス」に憧れたつもりでガンドーラを着て、その後でヨハン・セバスチャン・バッハの宗教曲を聴くぐらいの「節操のない」ことは平気でやる。食い物や宗教上のタブーも、ない。色々なところで、「摩擦」を起こさずに暮らせる人種ではないかと思う。
 日本人の価値観には、「人間、至る所、青山あり」というものもある。
 昔、こういう意味のことを書いたことがある。「右」の方からは、「卑屈な議論だ」と批判された。「米国の下に甘んじる」というニュアンスが気に食わなかったようである。だが、今でも、雪斎は、持論は正しいと思っている。

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Comments

 「家老・執事」的な立ち位置は、「主君・貴族」や「家臣・召使」の問題を取り扱う場合には有効ですが、「家老・執事」自身が問題当事者になってしまった場合、問題解決のための指針が得られないのではないかと思います。
最近の日本で言えば、「拉致問題」「慰安婦問題」「捕鯨問題」などがそのような例であり、だから日本はこれらの問題に苦慮しているのではないかという気がしますね。

Posted by: Baatarism | February 14, 2008 at 12:37 PM

かんべえさん・ぐっちーさん、ともに拝見しましたが、趣旨は分かりますけど、いいように言い過ぎじゃありませんか。

それこそ、明治のころなら元老以下、おそらくは市井のおじさんに至るまで、我が日本国・日本人は執事にこそふさわしいなどと言われようものなら、大変な侮辱だと怒るだろうと思われてなりません。小なりと言えども一国は一国の気概はあったんじゃないでしょうか。(こういう書き方をすると私が反米保守みたいですが、そういう意図はありません)

執事キャラが似合うよなとでも思わないとやってられないという気分は理解できるんですけどね。

Posted by: 由良 | February 15, 2008 at 12:25 AM

P.G.ウッドハウス描くところのジーヴズみたいな賢い従僕(執事)なら間抜けなご主人よりずっと格好いいですね。

Posted by: 玄倉川 | February 15, 2008 at 06:34 PM

雪斎さん

こんばんは。忙しい日々を過ごしております。カズオ・イシグロさんの『日の名残り』は、学生時代に読みましたね。確か、お父さんが海洋学者だったはず。。。

執事ですか。これまた微妙なセンスが必要ですね。日本は、国際情勢の多くのフロントで仲介ができる仲介外交をまず、やるべきだと思うんですが。。。

Posted by: forrestal | February 15, 2008 at 09:05 PM

「大帝国」の宰相貴族であっても、領地では「国王」なんてことが、結構普通にありますな。
そういえば、序列5位くらいをキープしていた細川氏が没落せずに現在まで続いていることを連想しました。
小生、「覇権国」が移り変わっても、日本が「列強」の地位に
留まり続けるならそれでも良いと考えますが、その為には、”合理的な軍事力と叡智の蓄積”が必須と愚考します。軍事力の設計と整備はさておき、「外交と政治」における”叡智の創出と蓄積”を雪斎先生にも期待しております。

Posted by: TOR | February 15, 2008 at 11:17 PM

 舵取りや状況によっては「こうもり」になり、どちらからも嫌われる存在になりかねない、といったマイナス面もよく考慮しなければならないでしょう。

かつて英国は、植民地統治において、その地の多数民族を治めるにあたり、他の民族を登用して中間管理職にし、英国人が直接的な憎しみの対象にならないように工夫した、という話もあります。

山本七平(イザヤ ベンダサン)氏の著作には、こういう中間的存在が、憎しみ、蔑視、差別の対象とされてしまう恐れを、西洋でもなく東洋・アフリカでもない日本の行く末とからめて心配する記述があったと記憶します。

イスラム文明が世界に冠たるものだった頃、キリスト教社会との仲立ちをしていたのがユダヤ人だったのではないでしょうか?

Posted by: MUTI | February 16, 2008 at 08:46 AM

ユダヤ人に伝統的・文化的な権威の認証を得た政治的中枢と、独自の軍事力と、金融・生産領域はありませんでした。
彼らは、「点」でしかありませんでした。
日本が「世界帝国化」することが良いか悪いかはともかく
「地域大国」にして「列強」の地位を保ち続ける努力は必要だと愚考します。

Posted by: TOR | February 16, 2008 at 01:40 PM

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