« 「官製不況」、否、「永田町不況」か。 | Main | 復活の日 »

January 21, 2008

冬の「不安」

■ 前のエントリーは、雪斎らしくもないペシミスティックな雰囲気のものであった。かの手塚治虫の漫画も、一時期はえらく陰鬱なものがあったはずである。
 今、雪斎は、「後厄の年」の最後の一週間を迎えている。来週には、三年続いた「厄年」明けである。
 「今が午前四時の暗さだ」と思い切るより他はない。
 ところで、政治の話に戻る。
 雪斎が不安に思っていたことは、実は雪斎だけがそう思っていたわけではなかったようである。


 福田康夫総理の施政方針演説に対する評価を各紙社説から抜き出してみる。
 〇 毎日  
 構造改革や小さな政府という言葉もなくなった。単に行政をスリム化すればいいわけではないと首相は考えているのだろう。小泉改革の影の部分を是正するのも当然必要だ。
 ただ、これが「改革に消極的」との印象を強めているのも確かだ。何より原油高や株価の低落など現下の厳しい経済情勢に対し、「景気への影響を注意深く見守りながら、適切に対応する」だけでは、あまりに発信力は乏しい。
 〇 読売
 福田首相は、初めての施政方針演説で、日本が直面する多くの課題を列挙した。こうした課題を克服するための「模範となる先例」はなく、「自らの力で、新しい日本を作り上げていかねばならない」と言う。
 … 
 取り組むべき重要課題に関する首相の認識には、誰も異論はあるまい。だが、課題解決の具体的な政策となると、総じて既存政策の集大成にとどまり、発信力、メッセージ性に欠ける。施政方針演説を聞いて、そんな印象が拭(ぬぐ)えない。
 〇 日経
 福田康夫首相は衆参両院本会議で、就任後初の施政方針演説をした。消費者行政を一元化するため、強い権限を持つ新組織を発足させることや、「低炭素社会への転換」を訴えたあたりに、福田色がにじんだ。しかし年初からの株安など日本経済の先行き不安をぬぐい去るには、メッセージ性に欠けた。首相の気迫も十分に伝わってこなかった。
 今回の首相の演説からは、規制改革などの構造改革を強力に推進するという姿勢はうかがえない。市場は福田政権で改革が後退することを危惧し、これが株価低迷など「日本売り」の一因にもなっている。
 首相が強調した法律や制度の「国民目線の総点検」はもちろん大切だが、国内外の政権を見つめる厳しい目も意識して、適切なメッセージを発してもらいたい。

 雪斎は、福田総理の施政方針の方向には、何ら異存はない。「低炭素社会の実現」、「消費者行政一元化」という議論は、安倍前総理の「美しい国」などに比べれば遼かに雪斎には好感度が高い。
 何が不安なのかといえば、「危機に臨んでの言葉の『弱さ』」である。各紙社説が指摘しているのも、その「言葉」の弱さである。太田弘子大臣が、「もjはや、『経済一流』ではない」と発言したけれども、福田総理にも、切迫感のある言葉が欲しいような気がする。
 流石に、新聞各紙も、「格差」云々という言葉を出さなくなった。新聞各紙も、「空気」の変わりを察しているのであろう。たった半年で、こうも「空気」が変わるものであろうかと思う。
 ところで、次の一文は、どこに書かれているものであろうか。 
 たしかに、米国の大手金融機関が破綻(はたん)したり、ドルが暴落したりする可能性はごく小さいだろう。しかしサブプライム問題の拡大ぶりをみれば、米国経済の変調は想像以上に根深いのではないか。景気がかなり悪化すると厳しめに考えておいた方がいいだろう。今年前半はマイナス成長に陥るとの予測も出ている。
 日本はそれにどう備えるか。好調な中国やインドなど新興経済圏への輸出が支えてくれる面はあるものの、新しい成長の道を切り開く必要がある。
 ひとつは、国政の停滞感を打開することだ。株安には福田首相の受け身の政治姿勢が少なからず影響している。与野党は、国会のねじれ状態を乗り越えスピード感をもって改革を進めていく、という信頼を取り戻す必要があろう。
 
 これは、「朝日」社説の一節である。「新しい成長の道を切り開く」とか「スピード感をもって改革進めていく」という言辞は、「構造改革」路線支持の文脈からは当然のように出てきていたものである。「えぅ、『朝日』は改革支持だったのか…」と反応してみるわけであるけれども、これもイデオロギー上の「保守」や「革新」がどうでもよくなってきたことの証左であろう。もっとも、「産経」には、「保守の試練」云々といった原稿が載っていて、そこだけは違う時間が流れているように見受けられる。
 道理で、雪斎の議論が「朝日と近似してくるわけである。
 というわけで、雪斎の「朝日新書」執筆作業も最終段階である。来週29日の誕生日までには、落着させたいものである。拙ブログのエントリー更新も、一週間、中断する。次のエントリーは、二年越しのマラソン・レースが終った後の所感になるはずである。

|

« 「官製不況」、否、「永田町不況」か。 | Main | 復活の日 »

「学者生活」カテゴリの記事

Comments

朝日新聞の論調は、構造改革的な部分と弱者救済的な部分がパッチワークのようになっていて、その矛盾が解消されていないように思えます。
もっとも歴史的に日本の「左翼」には両方の考え方が含まれていたようです。改革や革命のためには経済や社会の悪化も許容するという、初期の小泉政権のような考え方も戦前からあったので、そのような流れが現在の構造改革に通じているのでしょう。
あと、左翼的な経済統制による弱者救済の流れもあり、こっちは現在の民主党の政策に通じているのでしょうね。
僕はリフレ派の立場であり、どっちの流れにも違和感を持つので、朝日新聞の論調は支持できないのですが。w

Posted by: Baatarism | January 21, 2008 at 12:43 PM

雪斎さん

こんばんは

ゆれ戻しなのでしょうが、福田総理の「言葉」には、あまり覇気が感じられないですね。「情熱」という部分では、疑問符です。

「言葉」は力です。もう少し、ワード・ポリティクスを上手く使ってもよいような気がしますが・・・。

執筆活動、頑張ってください。

Posted by: forrestal | January 22, 2008 at 01:58 AM

人類史は中期で言うと400年、短期では80年周期で
似たような事を行う「フラクタル構造」をしているという説があります。
およそ80年前、アメリカ発の世界恐慌が始まり、ソ連では第一次5ヵ年計画が大量の餓死者を生み、 蒋介石と毛沢東による泥沼の内戦が発生した大陸から日本は足抜けできず、 治安維持法が施行された・・・と記憶しております。
まぁ、「平成の治安維持法」と呼称されている「人権擁護法案」を強力に推し進めている 勢力もいるようですが。
日本社会に共通する「何かおかしい」と言う「気分」を考慮すれば現在は「今が午前四時の暗さだ」でなく「午前一時」なのかもしれません。
そして、これからの二十年間「丑三つ時と明け方の暗さと冷え込み」を経なければ「明日」が見えない可能性もある。
市井の一庶民として日々をおくっていると、そんな絶望を感じることがあります。

Posted by: TOR | January 26, 2008 at 09:02 PM

雪斎さま

 ご無沙汰しております。
 先日はコメントをいただきありがとうございました。一番嬉しい言葉であり、強い励みになりました。提出まであと少しですが、最後まで気を抜かないようにします。
 「きっかけ」としての高坂先生を、修士論文の対象にするという無謀な試みであり、レポートと学術論文の間のような中途半端なものになってしまいました。引用も多く、単なる「高坂サマリー」の危険も否めません。しかし、それでも、一人の人間が戦後日本と向き合いながら、真剣に考え書いたものを、時間に余裕のある学生生活の中で真剣に読む機会を得たことは、自分にとって大切な経験となりました。
 もし、ご迷惑でなければ、またお時間のあるときに目を通していただければうれしく思います。(お送りすることはできますでしょうか?)

 寒い日が続きますが、どうぞご自愛ください。新書を心待ちにしております。

Posted by: もんだ | January 28, 2008 at 12:52 AM

 単純に言えば、朝日は「反政府」(あるいは反自民)と思えばわかりやすい。
 政権が新自由主義的な政策を進めれば、「格差」を掲げてリベラル側から政府を批判する。政府がケインズ的な公共事業総需要型政策を強めれば「構造改革」を掲げて政府を批判する。
 もっとも80年代は自民党と社会党という二大政党が、前者は公共事業、後者は社会保障という看板の「大きな政府」を是としていて。後者や左派は伝統的に「公共事業を削って福祉に回せ」という単純な思想を持っている。
 朝日が言う「改革」も、80年代左翼の思想を引きずっていて、構造改革で歳出削減をして、その予算で社会保障を充実させるという含みがあって、新自由主義とは入口で共闘はできても出口は別のことろにあると考えたほうがいいと思います。

Posted by: kechack | February 06, 2008 at 03:10 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71618/17762976

Listed below are links to weblogs that reference 冬の「不安」:

» ワード・ポリティクス:言葉は力である  [forrestal@回顧録]
■以前のエントリ(福田総理の政治手法)で、管理人は、福田総理の政治手法を「受け身 [Read More]

Tracked on January 22, 2008 at 02:48 AM

« 「官製不況」、否、「永田町不況」か。 | Main | 復活の日 »