「自民党戦国史」
■ 政治学入門の意味合いで間違いなく取り上げられるのは、伊藤昌哉著『自民党戦国史』(朝日文庫)である。伊藤昌哉は、池田勇人の秘書官を務め、宏池会のインサイダーだった人物である。テレビ朝日系の深夜番組『トゥナイト』に随時、政治向きのコメンテーターとして出演していたと記憶する。
この書のことを思い出したのには、理由ががある。
■ 政治学入門の意味合いで間違いなく取り上げられるのは、伊藤昌哉著『自民党戦国史』(朝日文庫)である。伊藤昌哉は、池田勇人の秘書官を務め、宏池会のインサイダーだった人物である。テレビ朝日系の深夜番組『トゥナイト』に随時、政治向きのコメンテーターとして出演していたと記憶する。
この書のことを思い出したのには、理由ががある。
■ 昨日昼刻、米国大統領一般教書演説の模様を観る。
この演説からは、二〇〇二年には「悪の枢軸」を構成していた北朝鮮の名前は消えている。
代わりに、下記のような文言があるだけである。
America opposes genocide in Sudan. (Applause.) We support freedom in countries from Cuba and Zimbabwe to Belarus and Burma. (Applause.)
「アメリカは、スーダンにおけるジェノサイドに反対する。われわれは、キューバやジンバブエから、ベラルーシやビルマに至る国々における自由を支持する」。
アジアでは、「自由」が達成されていないとして言及されているのは、ミャンマーである。「北朝鮮は、どこにいった…」と反応するのは、自然なことである。
■ 「厄年」明けの誕生日のエントリーである。
日曜の朝日新書「」執筆作業完了後、昨日も今日も、「燃え尽き症候群」状態になっているので、どうも気合が入らない。この分だと、あと一週間くらいは、「何もしたくない」状態が続きそうである。
徒然に、「幕末人物診断」なるものをやってみる。
雪斎がやってみた結果は…
■ 日曜昼過ぎ、「朝日新書」原稿の総てが書き上がる。一昨年春に始まった執筆作業も、遂に片付く。
400字詰原稿用紙350枚ぐらいにはなったであろうか。
残るのは、文献一覧の整理である。これも、向こう、一、二週間の間に終ることになるであろう。。
かくして、一つの区切りがついた。
ヨハネス・ブラームスの「交響曲第一番」は、ブラームスが43歳のときに完成した作品であった。
雪斎の「43歳のときの作品」は、どのように迎えられるであろうか。
次は、二十年、温めてきた仕事を起動させることにしよう。
■ 過去一週間は、色々と「大荒れ」の状態であったようである。
■ 前のエントリーは、雪斎らしくもないペシミスティックな雰囲気のものであった。かの手塚治虫の漫画も、一時期はえらく陰鬱なものがあったはずである。
今、雪斎は、「後厄の年」の最後の一週間を迎えている。来週には、三年続いた「厄年」明けである。
「今が午前四時の暗さだ」と思い切るより他はない。
ところで、政治の話に戻る。
雪斎が不安に思っていたことは、実は雪斎だけがそう思っていたわけではなかったようである。
■ 何故か、一週間もエントリー更新を怠ってしまった。
一昨日、楽しみにいていた「リッカルド・シャイー指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団」来日公演が、指揮者であるシャイーが急病により中止になったと伝えられた。雪斎は椅子から転げ落ちるほどの衝撃を受けた。このショックは大きい。サントリー・ホールでの公演を二日連続でS席で聴くはずだったのだが…。
ところで、「小泉純一郎の遺産」と考えられたものは、次の三つである。
① 自民党の議会内優位
② 磐石な日米関係
③ 好調な経済情勢
小泉元総理が退任した折、これだけの条件が安倍晋三前総理に引き継がれた。1988年に中曽根康弘元総理が竹下登に引き渡したのも、同じ条件である。
■ 「日本人は追い込まれなければ何もしない国民なのであろう。だが、それは日本人が二流の国民であることを自ら認めることである」。
高坂正堯先生が、このようなことを書いていたと記憶する。
昨日のNHKニュースでも伝えられたけれども、新型インフルエンザの「感染爆発」に対する予防態勢は、日本では全然、出来上がっていないのだそうである。
米国では、「有事」には、歯科医のように凡そ畑違いの分野の医師も動員して対応しようという動きが始まっているのに対して、日本では、そういう「有事」の協力を考えている医師は全体の三割だそうである。
また、米国では、三億人分のワクチンの用意が始まり半年後には大体、確保が完了という段階であるのに対して、日本では、そういう用意は緒に着いていないのだそうである。
録画して確認したわけではないけれども、こうした説明であった。
国家の存在意義は、「必要なときに必要なことができる}ということである。こういう「感染爆発」への対応にも、国家の存在意義が問われている。中国では、鳥インフルエンザの人間間感染が確認されたようである。
これは、年金云々と同じ厚生労働省マターになるけれども、こうした防疫行政は、戦前には内務省マターであった。これは、本来は内務省マターであるが故に、軍事や外交と並んで、国家の第一の仕事なのである。年金などよりは、こちらのほうが最優先に取り組むべきものではないであろうか。
■ 色々な可能性を考えておく必要がある。
□ 北の緊急時、軍派遣 中国、核の安全維持計画 米シンクタンク
1月9日8時1分配信 産経新聞
【ワシントン=有元隆志】中国人民解放軍などの北朝鮮専門家が米研究者に対し、北朝鮮で不測の事態がおきた場合の対応として、人民解放軍が北朝鮮に入り、核兵器などを管理する可能性を語っていたことが、8日まで
に米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)のまとめた報告書で明らかになった。
報告書によると、中国の北朝鮮専門家らは、北朝鮮の状況について、安定しており、金正日総書記の急死などの事態がない限り、今の状態が数年以上は続くとみている。ただ、不安定化の可能性が増すことを懸念している。
北朝鮮が不安定化した場合の中国の優先課題は、国境から難民が押し寄せてくることを防ぐことで、軍を北朝鮮国内に派遣することもあるという。その場合、国連と緊密に連携し、承認を得たほうが望ましいものの、北朝鮮の急激な崩壊に対して、国際社会の対応が適切でないと判断したときは、中国単独で軍を北朝鮮国内に展開し、安定回復を図ることを優先するとしている。
軍を北朝鮮に派遣する際の目的としては、(1)難民支援などの人道的な役割(2)平和維持など治安の安定(3)中国国境沿いにある核施設から核汚染がおきた場合の環境保護、核兵器や核物質の安全確保-の3つの可能性があると指摘した。
中国の専門家からは、核兵器や核物質の安全確保という「共通の目的」のため、北朝鮮の安定に関し米側と公式ルートで議論を行いたいとの意見もあった。一方で、そのような議論は「時期尚早」という研究者もいたと、報告書は記した。
報告書はCSISの研究員らが昨年6月、中国を訪れ、中国の研究機関や人民解放軍の北朝鮮専門家らとの討議をもとにまとめた。
■ 「朝日新書」原稿の執筆作業が最終段階に入っている。「右」も「左」も頭に来る中身であろう。
ところで、懇意にしている編集者T氏から、次の記事を教えてもらった。
□ ニューヨーク・タイムズ、ネオコン論客をコラムニスト起用
【ワシントン=大塚隆一】30日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、新保守主義(ネオコン)を代表する論客のウィリアム・クリストル氏をコラムニストに起用すると報じた。7日付の紙面から週1回、コラムを執筆するという。
クリストル氏はイラク戦争を一貫して支持し、リベラル色の強い同紙の論調と真っ向から対立。同紙が2年前、米政府による国際金融取引の極秘監視活動を暴いた際も、国益を損なうとして訴追を求めるなど、批判の急先鋒(せんぽう)だった。
クリストル氏の起用にリベラル派の一部は猛反発しているが、同紙のコラム欄担当編集者は「異論を聞きたがらない人は大きな間違いを犯す」と主張。一方、敵陣に乗り込む形になるクリストル氏は「同紙の多様性を高めることは、やりがいのある目標」と述べ、リベラル派の反発には「光栄で愉快だ」と応じている。
(2007年12月31日22時0分 読売新聞)
■ そろそろ、雪斎も動き出さなければならない。
年末年始に読み進めていたのが、下の書である。
〇 John Lukacs, "George Kennan: A Study of Character", Yale University Press, 2007
ケナンが世を去って三年の時間が経とうとしている現時点で、既にケナンの評伝が出された。ケナンに関して0は、生前から様々な研究書が出されたけれども、この書は、逝去後に出された評伝としては嚆矢として位置付けられるものであろう。
■ 昨日、昨年正月に続いて東京銀座・歌舞伎座で歌舞伎を観る。
松本幸四郎さんと市川染五郎さんの父子競演による「連獅子」、市川團十郎さんの「助六」というのは、かなり貴重なプログラムであったような気がする。プログラムとしては、昨年よりも満足度は高かった。
ところで、歌舞伎座は、エレベーターを設置しないのであろうか。建物自体が古いという事情は承知するにせよ、海外にも知られる日本の伝統文化の殿堂としては、あまりにも「しょぼい」気がする。
■ あけましておめでとうございます。
■ 只今、平成二十年元日未明である。
「歳替わりの瞬間」は寝ていた。起床午前二時である。
四十数年生きていて、こういう新年の迎え方をしたのは、過去には例はない。
というのも、「歳替わりの瞬間」に何かをしているのは、当たり前であったからである。
学生の時分には、「勉強」をし、社会に出てからは、「作業」をしていた。
今年は何やら「激変」が起こるであろうことを予感させる一つの個人的な話である。
■ 新書執筆作業が余り進捗しない.。
脱稿まで残すところ、あと四百字詰原稿用紙二十数枚分である。
スタジアムに入ってから、ヘロへロの状態になりながらゴールに向かっているマラソン・ランナーの風情である。
本日も、この作業を続けることになる。
■ 新年最初に聴いたのは、下の一枚である。
○ 「ブラームス 交響曲第一番 ハ短調 作品68」
クルト・ザンデルリンク
シュターツカペレ・ドレスデン
1971年録音
数ある「ブラ1」の中でも、、このザンデルリンク&SKD版が最も世評高いものの一つである。雪斎は、「ロイヤル・コンセルトへボウ」の音色が好きなので、リッカルド・シャイーやエドゥアルト・ファン・ベイヌムの振ったものを長らく聴いていたのであるけれども、この東ドイツ時代のSKDのサウンドには、誠に心惹かれるものがある。当分、曲云々よりもSKDの音色を堪能する時間が続く。
SKDでいえば、昨年、聴いた下の一枚は、気に入った演奏である。
○ 「ブルックナー 交響曲第六番イ長調 ハース版」
ベルナルト・ハイティンク
シュターツカペレ・ドレスデン
2003年録音
こうした音楽を先刻、購入したヘッドフォン「ゼンハイザー HD-650」で聴いた。えらく値の張る買い物であったけれども、確かに「逸品」を手にしたと思う。