二十年後の自己イメージ
■ 二十年前、雪斎は、北海道大学の学生であった。
「今の自分は、二十年前に『二十年後は、かくありたい』と思った自分と、どれだけ重なっているのか」。
このようなことを、ふと考える。昨日夕刻は、学生と銀座を飯を食いながら、人生を説いた、
二十年前の流行語は、「梵天丸」は、かくありたい」であった。
それならば、二十年後にどういう自分でいたいのか。そのイメージを持つことは、特に二十歳過ぎの学生には大事であろうと思う。
因みに、雪斎の場合、「二十年前に思い描いた二十年後の自分」と「現在の自分」を比較すれば、概ね重なっている。
たとえば、次のような按配である。
① 大学で教えている。
② 新聞や雑誌で自説を披露している。
③ 少しは資産を蓄えている。
④ 芸術に包まれた生活をしている。
因みに、重なっていないのは、次のことである。
① 海外生活を経ている。
② 自家用ヘリで通勤している。
③ 結婚している。
実現したことの④でいえば、一昨日の夕刻、ゲルハルト・オピッツのコンサートに出掛けた、ウィルヘルム・ケンプの弟子筋に当たるドドイツ・ピアニズムの正統」に位置するピアニストである。「いいもの」を」聴いた。こういう時間が雪斎には何よりも貴重である。
「学者生活」カテゴリの記事
- 「バブル」の夢、「世界第二の経済大国」への追憶(2011.01.06)
- 対韓同盟という「迷い」(2011.01.03)
- 日本の「手の文明」(2010.10.27)
- 「資源のない国」の神話(2010.10.08)
- 真夏の「仕事」(2010.08.06)
The comments to this entry are closed.














Comments