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December 23, 2007

「雪斎の随想録」の三年

■ 拙ブログ「雪斎の随想録」を開設したのは、2004年12月23日であったから、本日を以って三年を経過したことになる。三年間の累計アクセス数は、350万くらいである。政治だの思想だのといった面白くもないネタを扱ったブログである故に、多くの人々に読んでもらっているのは、ブロ開設時には余り期待していなかった。よく続いたものであると思う。

 富士を眺めても、違う方向から眺めれば違う富士が見えてくる。同様に、同じ日本や世界の社会やを政治事象であっても、違う人間が眺めれば、違うものに見えてくるのは、当然である。しかし、世の中には、「自分の眺めた富士が本当の富士だ、それ以外は誤りだ」といいたげな御仁が、あちらこちらにいる。
 こういう御仁に限って、「私は○○の意見には異論がある」と書けば済むものを、「○○の意見は支離滅裂だ」とか「○○の意見は大したことない」などと余計なことを書いて、自ら勝ち誇ったような気になっている。こういう御仁の観た富士も、所詮は「一面」に過ぎないのだが…。
 ホセ・オルテガ・イ・ガゼットは、「私は私と私の環境である」と語った。今の「私」とは、私が生きてきた「環境」とその中で様々な選択をした「私」とが、止揚されたものである。それ故にこそ、言論家にとって大事なのは、「私はこのように考える」という主張を提示することも然ることながら、「そもそも私とは誰なのか」を説明することである。
つまり、それは、「どのポイントから自分は富士を眺めているのか」を説明することである。それを怠っているから、「私はこのように考える」という主張同士が衝突して、論壇が閉塞するのである。
 雪斎は、たとえば自分が障害者であることを前提とした議論を活字メディアでは、もはや行なうことはない。ただし、このブログでは、そうしたことを隠さないで書いている。「雪斎とは誰なのか」を説明するためには、それも大事なファクターであるからである。無論、趣味や日常の風景にも言及したりするのも、そうした説明の一環である。雪斎がこのブログに与えているのは、「そもそも雪斎とは誰fか」を説明する場としての役割である。世には、雪斎に関して、「左翼か保守かが判らない」と評する向きがあるようであるけれども、そうした評が無意味であることは、このブログを少しばかり気をつけて読んだ人々には判るであろう。
 また、このブログでは、その性格上、精緻な議論を展開することはない。時々の思い付きであるけれども、それが後々の論稿の下敷きになることがある。別段、カネをもらって書いているわけでもないのだから、そうした「利己心」は容認してもらえると思う。
 それにしても、このブログを書いた三年は、面白い三年であった。
 「私は、このように考える。さあ、諸君、考えよう」。レイモン・アロンにおける「自由」の精神は、このようなものであったと聞いたのは、パリ滞在中の収穫であった。このブログの趣旨も、結局、そういうことでしかない。

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「学者生活」カテゴリの記事

Comments

3周年ですかおめでとございます 昨日上野の国立科学博物館に行き大ロボット博&富士山展を見る機会がありました。
GOODでしたのでまだいかれていけなければお勧めします。
ちなみにこちらの富士山展は国立科学博物館創立130周年記念富士山展宝永噴火300年です。

Posted by: 星の王子様 | December 23, 2007 at 06:37 AM

雪斎さん

おはようございます。

ブログ3周年、おめでとうございます。なかなか現象学的問いでおもしろいですね。私は、物事・事象は、多面的立方体のように考えています。ですので、多角的な視野、アプローチが必要です。

あまり期待されていませんが、私もなかなかうまく出来ないのですが、日常のエピソードをもっと増やしてみようと思います。問いかける言葉は常に自分にも向き、自分とは誰かという問いを思考しながら書いているのですが・・・。

とにかく、3周年、お疲れ様でした。、そして改めて、おめでとうございます。

Posted by: forrestal | December 23, 2007 at 06:48 AM

3周年 おめでとうございます。
 米国の姿も眺める向きによって姿を変えますね。
 某大河ドラマの影響でしょうが、こちらの雪斎殿も大酒飲みではなかろうかと邪推しておりますので、くれぐれも飲みすぎぬよう、本ブログをお続けください。
 それにしても・・メガバンクの対応はちょっと残念でしたね。一方でミニ株主の立場としては、出資を決めた奴らの顔を見れば当然ですが・・ウチの行だけは「手を出すなよ」と念じていた次第です。
 おそらく、大部分の株主さんのお考えがそうだったのかなぁと想像します。 節操がなく申し訳ありません(笑)

Posted by: SAKAKI | December 23, 2007 at 02:37 PM

3周年おめでとうございます。

この記事を読んで、さて僕のブログはいつ書き始めたんだったっけ?と思って調べてみたところ、2005年の1月29日でした。こっちも来月は3周年です。
最初の頃の記事を見返してみると、今よりもネタ色が強かったですね。最近、真面目すぎるのかなあ?w

常に自分の物の見方を意識することは大事ですね。僕も忘れないようにしたいと思います。

Posted by: Baatarism | December 23, 2007 at 06:14 PM

こんばんは。3周年おめでとうございます。

>ホセ・オルテガ・イ・ガゼットは、「私は私と私の環境である」と語った。

その後、「私がもし私の環境を救わなければ私自身を救わないことになる」と続きます。
『ドン・キホーテをめぐる省察』の一節ですね。
内容はすっかり忘れていたのですが、改めて読み返してみたら、なかなか面白かったです(^^

雪斎さんの富士山の比喩ですが、オルテガは森に喩えていますね。
「森は、そのいずれの場所から見ても、厳密な意味では一つの可能性である」と書いています。

また別の箇所で、「人間は自分を取り巻く環境についての充分な認識を得たとき、その能力の最大限を発揮する。それらの環境を通して世界と交わるのである」「英雄とは自分自身であろうと希求する者である」とも述べています。

そして読者に向けてこう語りかけています。
「心の中から憎しみという習性をすべて追放していただきたい」
「そして愛がふたたび天地を支配するように強く願望していただきたい」
「私の手に残されている方法はただ一つ、理解したいという強烈な熱望にゆさぶられている一人の人間の姿を、誠意をもってその方々に示すことだけなのだ」

オルテガ先生って『大衆の反逆』を書いたくらいだからシニカルな人なのかなあと思っていたのですが、意外や意外、「熱い」人だったんですねえ・・・。

Posted by: 板倉丈浩 | December 24, 2007 at 01:22 AM

祝・3周年。
昔、給料泥棒をやってたころ、上司に「3分で信頼は失う。それを挽回するのには3年かかる。」と言われた事があります。それ以来、3年、という単位をすごく重視した生き方をしてきました。

雪斎師が3年で積み上げた蓄積は高く、仰ぎ見るばかりですが、いつの日かまた、鮎の腸(はらわた)の塩漬けを肴に日本酒を御相伴に預かれるよう、少しずつではありますが当方も何かを積み上げていこうと思います。

Posted by: 桜新町長五郎 | December 24, 2007 at 08:10 AM

 3周年おめでとうございます。戦乱の地で、オルテガの故郷の地でずっと拝読してきました。
 雪斎さんの識見にははるかに及びませんが、自分は雪斎さんとものの見方がかなり似ているのではないかと思っています。本ブログで同様の考え方が繰り返されている今日のエントリーなどもそうです。
 
 物事を相対的に見る、他人の立場にも立って考えてみるということは、知的な営為においては不可欠と思いますが、最近「こういう御仁」のような人が少し増えてきているのではないか、ということが気になります。

Posted by: 蒼龍 | December 25, 2007 at 01:05 AM

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