忘年会モード
■ 師走に入り、世は「忘年会モード」である。
昨日は、文藝春秋忘年会に出掛けた。日本経済新聞出版社の会長になったS氏から、岩波書店社長のY氏を紹介して頂いた。「ぜひ、『世界』に書かせてください…」と思わず売り込んでしまった。ほどなくして、青山学院大学名誉教授のT先生と歓談する。「大学の先生の給料は、安いよね…。ただし、一年の半分は休みだから・・・」と仰せのT先生に、「仰せの通りです」…と反応するしかない。旧知の文藝春秋のM氏やK氏と話をする。文藝春秋は、様々な意味で「イデオロギーなど、どうでもいい」出版社である。イデオロギー過剰の論客は、そうした老獪な出版社の手にかかれば、「猿回しの猿」のように使われるだけであろう。
それにしても、市川團十郎さんが居た空間は、独特の雰囲気が漂っていた。確かに、普通の人々にとっては、イデオロギーなどは、「どうでもいいこと」である。
ところで、政治の世界の動きも、色々な動きが出ている。
□ 「初心に戻って国造り」=首相再登板は否定-安倍氏
12月7日21時1分配信 時事通信
…前略。安倍氏は、自らが掲げた「戦後レジームからのあs却」を目指す中川昭一自民党元政調会長らが勉強会を発足させたことについて「わたしの基本方針に賛同する方々もいるので、一緒に活動していきたい」と連携を表明。一方、自民、民主両党の「大連立」構想に関しては、「(自身の首相在任中は)具体的な話はなかった」と明かした上で、「福田康夫首相が政権を預かる責任を負う中で、さまざまな選択肢を考慮しながら決断するのは当然のことだ」と述べた。
安倍晋三前総理は、「大連立」を否定的には観ていないのであろう。雪斎が、安倍前総理の再起動に何かを献策するとすれば、「今後は意識的に『自分と毛色の違う人々』と交流を深めるようにすべきだ」ということである。安倍総理の周辺の人々は、「ブレーン」と目された人々を含めて、余りにも「幅」が狭すぎた。
安倍前総理は、「長州閥」の後継者という意識を強烈に持っているのであろう。明治の世は、薩長両藩出身者が幅を利かせたというのが、一般常識である。しかし、大久保利通内務卿時代の内務省には、「有能であれば出身は問わない」という方針で人材が集められた。それが、「近代日本を創ったリアリスト」である大久保の姿であった。大久保の孫娘を妻に迎えた吉田茂も、そうしたリアリストとしての「型」を受け継いでいたのである。吉田が農相として起用した和田博雄は、後に左派社会党書記長になった人物である。吉田は、和田の農業経済の知識を用いようとしたのである。同じようなことを出来るだけの感性を安倍前総理には披露してもらいたいものだと思う。
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Comments
雪斎さん
こんばんは。
T先生ですか。豪華な顔ぶれですね。早いものでもう年の瀬、私の方は、29日まで仕事ですね。忘年会どころではないようです。
イデオロギーなどフリーで本当に良いと思いますね。
Posted by: forrestal | December 09, 2007 01:42 AM
ちゃんと反論して下さいよ。「一年の半分は休み」の大学なんて今時日本のどこにあるんですか…。
Posted by: nkym | December 10, 2007 05:21 AM