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December 17, 2007

「軍師」の生涯

■ NHK大河ドラマ『風林火山』は、昨日、最終話放映である。
 「生きるために、武田の『軍師』になった男」の生涯を描いた作品である。
 雪斎は、このドラマにおける「勘助」を自分自身の人生の断片に重ね合わせて観ていた。
 ① 幼少時、隻眼萎脚の身の上の故、武士になるのは無理だといわれ、寺に入れられよようとしたのを拒んだ。
  / 雪斎も、幼少期はは「障害児施設」暮らしであった。絶対、外の世界で生きてやるのだと思っていた。
 ② 長い間、世jに容れられず「浪人」だった。
  / 雪斎も30歳直前までは、実質、「浪人」であった。
 ③ 武田信玄の「軍師」になったお陰で、活躍の場所を得た。
  / 雪斎も愛知和男代議士使えることができたお陰で、世に出ることができた。
 ④ 結局、「智謀」勝負の仕事であった。
  / 雪斎の活動も、そうである。
 確かに、過去の大河ドラマの主人公では、山本勘助は、「余りにも近すぎる存在」であった。
 そういえば、雪斎の授業を聴いている学生が、何時か、こう言った。
 「先生は山本勘助みたいなひとですね…」。

■ 一つの「波」は越えた。その後がある。
 □ [東京 14日 ロイター] 額賀福志郎財務相は14日の閣議後の会見で、米連邦準備理事会(FRB)による利下げや、欧米の5中央銀行が短期金融市場への流動性供給など市場安定化対策を発表したことについて「的確に政策が展開されている。
 市場安定につながることを期待したい」と歓迎した。こうした一連の対策を含め、米サブプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅ローン)問題に関して、米実体経済への影響や欧州への波及を注意深く見ていかなければいけないとした。また「日本(経済)に深刻な影響を与えるものではない」と語った。
 …後略
 (ロイター日本語ニュース 伊藤 純夫記者)
 
 日本の打つ手は、「期待する」ことしかないのであろうか。日本銀行に絡む記事を見ていると、「日銀は、とにかく利上げをしたい」というニュアンスしか伝わってこないし、市場安定化のための「国際協調」の枠組からは日本は見事に蚊帳の外に置かれたようである。日本の対外影響力の根拠は、「経済」にあるはずであるけれども、そのことは、今、どれだけの人々が真面目に顧慮しているのか。
 臨時国会再延長も決まり、越年国会突入である、だが、実態としては、これにて、「新テロ特措法案」の衆議院再可決による成立は、確定である。あとは、自民党も民主党も、それぞれの対応の「言い訳」を考えることになるのであろう。民主党が問責決議を出そうとも、そのようなもので総理の座が左右される根拠は、憲法にはない。それとも、憲法にも根拠を持たない「問責決議」が、かくも重大なものであるかのように議論されているのは、何故であろうか。民主党は、堂々と「問責決議」を出せばよろしい。政府・与党は、「遺憾である」と口にしながら粛々と黙殺すればよろしい。
 景気失速の足音が大きくなっているようである。「実感なき景気回復」が「実感なき」であった所以は、「バブル崩壊」のダメージが余りにも大き過ぎて、「借金返済」で此度の景気拡大のリターンが消えたからではないかと想像する。今後、自民党と民主党との「党争」が収拾されなければ、また一九九〇年代の「失われた十年」の風景が繰り返されるのであろう。そうであるならば、現在、「党争」の収拾に尽力しなかった政治家は、「失われた十年をを再び招いた「戦犯」と記憶されるであろう。少なくとも、雪斎は、そのように覚えておく。
 もう一度、水面下で「大連立」をやる動きが始まってもいいであろう。『ウォールストリート・ジャーナル』は、「権力分担の取り決め」という言葉を使っているそうである。要するに、自民党と民主党で、どの政策分野で責任を負うかという話である。同じ船に乗っているのであれば、民主党も「船橋」にいる人々の足を引っ張っていて悦に入っているわけにもいかない。
 具体的には、「福祉・環境・地方分権」などの内治案件では民主党の方針を優先するので、「外交・安全保障・財務・産業振興」などの案件では、自民党の意向を優先させるといった手打ちが行なわれてもいい。こうした手打ちが行なわれれば、民主党も、財政を無視した内治を展開するわけにもいかなくなる。そうした「権力分担」の議論を、そろそろ本格的に始める必要がある。

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Comments

ここ10年ほどの日銀を見ていても、この中央銀行は利上げを「勝利」、利下げを「敗北」と考えているのではないかと、疑ってしまいますね。
本来、中央銀行の目的は物価の安定や景気対策(これは国にもよりますが)、金融の安定のはずなのですが、日銀はそのための手段でしかないはずの名目金利の数字を、中央銀行の目的だと勘違いしているように思えます。
こういう日銀の姿勢については、これまでデフレ対策の視点からの批判が強かったのですが、今回は国際金融の安定の視点からも批判されているようですね。

まあ、今の総裁にはもう期待できないから、来年決まる新総裁に期待するしかないのでしょうが、自民党と民主党との「党争」のあおりで、また変な人物が選出されないかと心配です。そのような選出がなされれば、正に「失われた十年を再び招いた「戦犯」」となりますね。

Posted by: Baatarism | December 17, 2007 at 12:28 PM

>市場安定化のための「国際協調」の枠組からは日本は見事に蚊帳の外に置かれたようである。

日本があんな「国際協調」に協力する筋合いはないというだけのことだと思いますがね。
日本の短期金融市場の状況が危機的だというなら話は別でしょうが。

Posted by: AnonymousCoward | December 20, 2007 at 11:18 AM

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