« 老荘の世界と「統治」 | Main | 子供にカネを掛けない国家 »

October 23, 2007

校庭の芝生

■ 「校庭」を芝生張りにする学校が増えているのだそうである。昨日のNHKニュースでも繰り返し報じられていた。こういう記事も、見つかった。
 □ 長野・南牧村の小学校が全面芝生に。運動会を裸足で(長野)
 南牧村の村立南牧北小学校の校庭が2学期から芝生に変わった。砂を敷いたトラックとフィールドの走路・着地部を除き、鮮やかな緑が約0・5ヘクタール広がる。遊具があるコーナーも含め、隅々まで芝が生えそろう。村によると、全面芝生の校庭は県内初という。93人の児童は、はだしで校庭に出て、心地よい素足の感触を楽しんでいる。(新開収)
 全面の芝生は村が2200万円をかけて整備した。今春、4種類の洋芝の種を混ぜてまき、1学期中かけて成長させた。スプリンクラー6基も備えており、芝の管理は業者の担当だが、児童らも草取り手伝うなどして校庭の手入れを行う。
 冬の気温が氷点下20度を下回ることもあるが、この芝は枯れることなく、冬も緑色を保つという。「雨で泥んこにならず、風が吹いても砂ぼこりが立たない。緑もきれいで、実に快適」と浦野紀和校長。5年生の江川史織さんも「フカフカしていて好き。はだしだと動きやすい」と気に入っている。
 22日には、保護者らへのお披露目を兼ね、秋の運動会を「はだしの運動会」と銘打って開いた。
 希望により運動靴を履いた子もいたが、基本的には、地面がむき出しになったトラックを走る「かけっこ」も含め、組み体操や棒倒しなど21種目すべて、はだしで行った。地面と違い表面がやわらかいので、児童たちは転倒によるケガの心配も忘れ、思い切り体を動かしていた。
            (2007年9月26日 読売新聞)

 ワーテルロー会戦にてナポレオンに打ち勝ったウェリントンは、「ウォータールーの戦勝はイートン校の校庭において獲得された」と語った。イートンをはじめとする英国のパブリック・スクールの「校庭」は、大体、芝生である。芝生の上だからこそ、ラグビーのような激しいスポーツもできる。否、野球もテニスも、はたまたサッカーも、本来は、芝生の上で行うスポーツである。だから、できるだけ子供たちに身体を動かしてもっらうためjには、芝生は大事な要件なのであろう。
 因みに、高校時代、雪斎は、体育の時間には、芝生を張った中庭で「クロッケー」をやっていた。「何だ、ゲート・ボールやないけ」と笑ってはいけない。「クロッケー」は、英国貴族の嗜みとして高名なスポーツである。もっとも、昔も、雪斎は、「これは、ゲート・ボールではない。クロッケーだ」言い張っていたのである。芝生の上ならば、雪斎のように普通の「体育」ができない生徒ですらも、それらしいことができたのである。
 無論、校庭を芝生張りにするにも、カネが掛かりそうである。しかし、何故、日本では、こういうところにカネをかけてこなかったのであろうか。年金に関する議論に比べれば、「幾ら教育にカネを掛けるか」という議論には、世間の熱気は乏しい。安倍晋三前内閣下の「教育再生」論議にしても、妙なイデオロギー論議に堕したところがあったと思う。
 ちょっと「暴論」を吐いて見よう。今の年金に関する議論は、「若い世代の負担の上に老齢世代の生計を維持する」という構造をそのままにしている意味において、「娘を遊郭に売って糊口を凌いだ往時の東北の農民」と大差ない人々の姿を前提としているのではないであろうか。もうすこし、どれだけ老齢世代にカネを回すかという議論よりも、どれだけ子供にカネを使うかという議論を熱心にやったほうがよいと思う。日本の総ののの小学校の校庭を芝生張りにするところから始めたら、どうであろうか。「灰色のアスファルト」や「赤茶けた地面」よりも「芝生の緑」を見ていたほうが、教育上の効果も覿面のような気がする。


|

« 老荘の世界と「統治」 | Main | 子供にカネを掛けない国家 »

「学者生活」カテゴリの記事

Comments

高低芝生張りは何かのきっかけがあればすぐに予算が付いて普及すると思いますよ。選挙向けにもいいですし。

問題は維持管理です。これは最低限10年単位で考えて予算を付けないといけないが、あんまり世間にアピールしない。様々なハコモノ公共施設で言われていることですが、この作ったあとの維持管理に予算を割くところが非常に少ない。だから結果として「赤字垂れ流し」の批判を受けてしまう。学校の芝生なんてそれ自体は一銭の利益も生まないんだから、まんま「赤字垂れ流し」です。そこにちゃんと毎年予算を付ける事ができるか、そこが問題だと思います。

Posted by: 中山 | October 23, 2007 at 06:17 AM

ヒートアイランド対策にもなりそうですし、効果が無かったとしても都市景観的に良いですよね。
JFAが、http://www.j-league.or.jp/100year/lawn/
で活動してますね。
管理はロボット芝刈り機を普及させるとか、失業対策になるのでは。

Posted by: aaa | October 23, 2007 at 05:03 PM

同感です。
これだけ、教育危機が叫ばれているのに予算や人材を大きく投入しようと言う意見は政界・官界を見ても見当たらないか極少数派のようです。
子供が減って、校舎が余り廃校・併校が相次いでいるのですから、いっそ20人学級とか複数担任制とか専門知識を有する教科担任制とか、それらを踏まえたうえでの飛び級の導入を考えれば良いのです。
現在の学校制度は明治維新の「国民の教化」と「人材の大量育成・篩い分け」を基盤としていますが、日本を近代国家として大急ぎで普請しなければならなかった20世紀と、あちこち手直しと大規模リフォームしながら存続していく今世紀では求められる人材群が異なると私は考えます。

Posted by: TOR | October 23, 2007 at 10:30 PM

純粋に将来を慮ってこのような意見を発表されたことに
敬意を表します。現在の公的義務教育の劣化は目を覆うばかりです。
年金問題はまさにご指摘の通りだとおもいます。

Posted by: gemba | October 24, 2007 at 12:08 AM

 校庭を芝生にせよと言うのは、まったく、同感。年金については、雪斎さんにも、亀の甲より、年の功と申し上げざるをえません。
 年金は、受給者ばかりでなく、支払っているものにも恩恵をもたらすのですよ。50歳代になると、子供が大学生であることが多く、さらに、両親は、入院、あるいは介護施設に入るということが起こるものです。
 私の場合、一時、三人の大学生に送金をしていました。その頃、両親は介護施設と入院。二人の支払いが月18万円。(健康保険、介護保険のため、これぐらいで済む)
 この18万円を兄と折半すれば、月9万円の負担です。幸いにも、両親は、それぞれの年金で、支払いができたのです。もし、年金制度がなければ、両親の、こういう費用は、全部、子供が負担するものです。
 子供の学費がピークの頃に、両親の入院費などが負担になれば、とても、耐えられませんよ。
 年金制度は、受給者ばかりでなく、40代後半からの子供世代にも、大きな恩恵をもたらしていることを、お忘れなく。

Posted by: はかたのさとう | October 24, 2007 at 06:02 AM

先月奥多摩をドライブしたら地元の小学校の校庭が芝生で、あら珍しいと思いました。校庭の芝生化は良いかもしれないですね。
年金制度については、はかたのさとうさんと同意見です。
年金があるから、高齢者は子ども達から経済的精神的に独立していられるのです。

Posted by: うみおくれクラブ・ゆみ | October 28, 2007 at 11:14 PM

ご議論には大賛成です。小職も両親が他界しましたが、母親が同様介護施設と病院を往復しました。月の経費は約8万くらいでしたが・・。
ところで、私の会社でロボット芝刈機をテスト中です。まだ正式販売していませんが、来年かな・。興味があれば、site へどうぞ。

Posted by: HIT-O | October 31, 2008 at 11:21 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71618/16845691

Listed below are links to weblogs that reference 校庭の芝生:

« 老荘の世界と「統治」 | Main | 子供にカネを掛けない国家 »