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October 01, 2007

秋の三題噺

■ 今週一杯、エントリー更新を停止するので、その前に二言、三言を書く。
 ① 「モノ」語りである。過日、下記の「モノ」を入手した。
  ● フレェイ 骨伝導ヘッドホン Filltune BCHS-FT001  
  「鼓膜」を使わないで聴くための骨伝導ヘッドホンである。
  これは、中々の「モノ」である。耳栓をしたままで聴くと、音の広がりがかなり感じられれる。
  クラシック系はともかく、ハード・ロック系を聴くような人々には、「鼓膜」を傷めないためにも、有用なものであろう。クラシック系だとピアノやバイオリンのような「器楽曲」だと、すっきりと聴ける。「交響曲」は、ちょっと苦しいような気がする。。
 それにしても、耳栓をしたままで音楽を聴くという感覚の奇妙なことよ。これで理屈上、年を取って聴力が衰えても音楽を楽しめるわけである。「技術」は、確かに人間の生活を変えるものである。いい「モノ」を手に入れたと思う。
  

 ② かんべえ殿の話に寄せて考えたことがある。現在、東京都内は、高級ホテル建設ラッシュだけれども、雪斎は、「そんなとところに誰が泊まるのかね…」と思っていた。故に、「不倫カップル」,,,「要するに富裕なおじさんと若いお姉さんのカップル」が泊まるというのも、「まあ、そうであろうな…」という気がする。「若い男」には、マンダリン・オリエンタルだのペニンシュラだのに行くにも、「カネ」がない。東京の中にも、確かに「格差」はある。
 ところで、「富裕層」というのも定義が色々とあるけれども、七月終わりに一瞬だけ「富裕層」の域に達し、八月初めのサブ・プライム・ショックによって「富裕層」の座から陥落した雪斎の感想からすると、「富裕層」として振る舞うには、ただ単にカネを持っていることだけでは不十分で、「カネを持っている時間」の蓄積のほうが重要であるのは、間違いない。雪斎は、さしずめ、「前頭十数枚目で幕内入りし、一日相撲を取っただけで十両を通り越して幕下まで落ちた」という風情なので、「富裕層になるのは、『邯鄲の夢』のようなもの」というのが、やはりただしいような気がする。
それにしても、ものの試しにペニンシュラには、とまってみたい気がするが…。
 ③ 福田康夫新内閣支持率は、50台半ばで始まった。上々と視るべきであろう。これから支持率が上がりもしないが下がりもしない「統治」を続けてくれれば、それでいい。
 たとえば、「べト7」をカルロス・クライバーで聴くのではなく、オイゲン・ヨッフムやギュンター・ヴァントで聴く風情である。中庸、堅実、地味…。長期政権になるとは目下、誰も思っていないであろうけれども、福田総理が奇妙な色気さえ出さなければ、案外、長く続きそうな予感がある。
 その意味では、今日の所信表明演説は、注目に値する。安倍晋三前総理が発したような「抽象的な言辞」をどれだけ消してくれるかを視たい気がする。小泉純一郎総理がそうであったように、「I will do」の言葉だけを聞かせてもらえれば、それで充分である。
 尚、福田総理の最初の外遊先は、米国のようである。だとすれば、それから東回りに辿って、欧州、中東、
インドと続けてもらいたい気がする。

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