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October 16, 2007

五つの「交響曲第5番」

■ この一週間に聞いた「交響曲第五番」である。
 ① ベートーヴェン   交響曲第五番
    ベルナルト・ハイティンク
    ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団
 ② チャイコフスキー 交響曲第五番
ヘルベルト・フォン・カラヤン
     ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ③ ブルックナー   交響曲第五番
    ギュンター・ヴァント
     ⅰ ケルン放送交響楽団
     ⅱ ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
     ⅲ ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
 ④ マーラー     交響曲第五番
     レナード・バ-ンスタイン
    ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ⑤ ショスタコーヴィッチ 交響曲第五番
     キリル・コンドラシン
     モスクワ・フィルハーモニー交響楽団
 それぞれの「交響曲第五番」は、それぞれの作曲家にとっての傑作と位置付けられることが多い。

 ①は、コンセルトへボウ創設百周年を記念して出された「全集」からの一枚である。日本では入手できないので、アマゾン・ドット・コム経由で米国から送付してもらった。世の批評家は、ハイティンクの演奏を「面白くない」と評しているようであるけれども、雪斎は、ハイティンクの演奏は、「安心できる」ものだと思っている。大体、これを何時もウィルヘルム・フルトヴェングラーやカルロス・クライバーで聴いていたら、疲れてしまうような気がする。
 ②は、カラヤンの1971年版である。カラヤンが振った「チャイコフスキー 5番」は、数種類あるようだが、雪斎は、カラヤンとは疎遠なので、この「1971年版」しか聴いたことがない。もっとも。、この「1971年版」がカラヤンの最高傑作の一つとされていいるようなので、セレクションは誤っていなかったようである。
 ③は、ギュンター・ヴァントの三種の「ブルックナー 5番」である。同じ指揮者の演奏でも、漂う雰囲気がだいぶ異なる。演奏の年代は、古いほうから、ケルン、ミュンヘン、ベルリンの順に並ぶ。ケルンは「春色」の演奏、ミュンヘンとベルリンは「秋色」の演奏といううべきであろうか。
 ④は、第4楽章・アダージェットが映画『ヴェニスに死す』で使われたことでも有名な一作である。このバーンスタインの演奏は、女性の吐息を耳もとで感じているような風情である。聴いていて、「ぞくっ」とさせられる。
 ⑤は、コンドラシンの全集からの一枚である。ショスタコーヴィッチの作品には、雪斎は精しくないので、今後、意識的に聴くことになるであろう。とりあえず。「コンドラシン&モスクワ」と「ハイティンク&コンセルトへボウ」による二つの「全集」を聴く必要があるけれども、CDで二十数枚分を聴くのも、一苦労っである。
 ということで、かなりの「豊かな時間」が流れている。芸術・学術の世界に身を置く者は、須く、自分にとっての「交響曲第5番」を世に送り出せるように精進しなければならない。

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Comments

ベートーベンの5番の存在で、あとの作曲家が意識したということがあるのでは。名曲が多いですね。
私は、シューベルトとドボルザークも好きですが。(昔は新世界を5番と言っていたがそれとは違う5番です)

Posted by: M.N.生 | October 16, 2007 at 09:41 AM

ここで、昨日のかんべえさんのように、雪斎先生に
オタク系音楽の名曲を推奨する訳にはいかんしなぁ・・・
とりあえず、ラノベの世界を入り口から覗き込んでいただけた
だけで良しとしましょうか。
最も、現代日本歌謡曲で日本人以外が聞いている歌は
ぶっちぎりでアニソン・ゲーム主題歌なのですが。
後世に、そのうちどれかが「クラシック」として残るでしょうか。

Posted by: TOR | October 17, 2007 at 01:00 AM

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