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October 15, 2007

「現実」と「常識」に根差した思考

■ この記事は、何を意味しているのか。
 □ 新テロ法案、賛成44%=反対は28%-時事世論調査
             10月13日15時0分配信 時事通信
 時事通信社が13日まとめた世論調査結果によると、インド洋での海上自衛隊による給油活動継続のための新テロ対策特別措置法案について、「賛成」と答えた人は43.7%で、「反対」の28.0%を大きく上回った。「分からない・その他」は28.4%だった。同法案は17日に閣議決定される予定。同法案に対し民主党は強く反対しているが、政府は世論の支持が広がるよう「最大限の努力を行う」(町村信孝官房長官)としている。 

 「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまる例しなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」。
 『方丈記』の冒頭の一節である。これは、日本人の「無常観」を最も典型的に表わす一節であるとされる。「新テロ特措法案」賛成の声が多いという現実は、たとえば20年前には考えられなかったはずであるけれども、過去十数年の自衛隊の海外活動の実績は、そうした現実を可能にしたのである。「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」とは、過去十数年の日本国民の安全保障認識の様相も反映している。
 雪斎は、日本の保守主義の「統治」が依拠すべきものは、「常識」なのであろうと思う。ただし、その「常識」というのも、時代によって変遷する。その「常識」の中身の移り変わりに、適切に対応できる「統治」を行うことが、大事であろうと思う。現在、日本国民の安全保障認識における「常識」は、「自衛隊が海外で各国から歓迎される活動をするのは、結構なことだけれども、くれぐれも安全は確保されなければならない」というものであろう。こうした「常識」からすれば、「新テロ特措法案」は受け容れられるものであるかもしれないけれども、アフガニスタンにおける治安支援活動参加は、「危ない」という点で受け容れられる範囲を越えているであろう。集団安全保障、集団的自衛権云々といった法理論上の議論よりも、そうした「常識」に立脚した議論が有意義である。
 こうして考えると、日本の「進歩派」論壇も保守論壇も、「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」という人々の意識の様相に適応しようとせずに、自らが考える「素晴らしい世界」のイメージに固執している点では、同じ趣きを持っている。一切の軍事関与が罷りならぬという素朴な平和主義者の議論が化石の類になっているのは、、あらためて指摘するまでもない。方や、安倍晋三総理が標榜した「戦後レジームからの脱却」に賛同した保守論客にしても、戦後の息吹をたっぷりと吸って生きてきたはずの保守論客が「戦後」を攻撃するような言辞を吐くのは、確かに世に奇妙な印象を以て受け止められたとしても、仕方ないであろう。戦後・日本の歩みは、それ自体が偉大な成功物語であろうけれども、保守論客は、その戦後日本の成功物語には何故jか冷淡な眼差しを向けている。三島由紀夫や福田恒存のように戦前の空気の中で成長した保守論客が戦後の空気に違和感を表明するのは、肯けるけれども、三島や福田の後の「実質、戦後しか知らない世代」の論客が戦後批判に走るのは、地に足の着いていない印象が拭えなかった。
 無論、雪斎も戦後批判の議論を展開したことがあある。ただし、それは、戦後の「果実」を手にし続けたければ、戦後に培われた制度や思考を検証しなければならないという趣旨であった。とある保守論客が「日本は貧しいが品のある国だ」という戦前期のフランス外交官の言葉を引用したことがあるけれども、そのような日本は、今はどこにもないのである。今、あるのは、「豊かであるけれども、どこか不安な日本」である。
 どこにもない固定した「ユートピア」を夢想することに意味はない。相手にしなければならないのは、絶えず変転する人間の「現実」でああり、尊重されるべきは、これもまた絶えず移り変わる人々の「常識」である。
 そして、日本における保守主義の精神は、人間の「現実」と人々の「常識」に根差した思考の積み重ねを意味するものではなかったのか。

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Comments

素晴らしい文章に感服いたしました。

Posted by: 妖怪 | October 16, 2007 at 03:18 PM

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 総合誌などで「保守の敗北」だの「保守の復権」だのといったことが特集されている。保守イデオロギーの確立を訴えるものまである。しかし、保守とは元来「無思想性」を特質としている。世界宗教や共産主義のように「教典」「教祖」「教義」に依存できないからこそ、不断の漸進と倦むことのない公論が必要なのである。 安倍内閣の功績をめぐっても、「戦後レジームからの脱却」ばかりが注目されているが、はっきり言って同床異夢だったと思う。安倍内閣の実績を見ればわかるように、「戦後レジームからの脱却」とは、「(戦後の)成功体験に... [Read More]

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