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October 28, 2007

秋の夜の二題

■ 雪斎にとっては、ブログも活字メディアに寄せる原稿も、世人に「思考の材料」を提供するためにあるのである。だから、読む人々が雪斎の言論を受け容れるかは、二の次である、雪斎は、「新興宗教の教祖」ではない。雪斎の言論に簡単に同意するとか賛成するとかと反応してもらうのは、雪斎の本意ではない。
 故に、一番、寂しいのは、次の二つの種類のコメントを眼にすることである。
 ① 明らかに文章をきちんと読んでいないと思われるコメント
 ② 捨て台詞の類で終わるコメント
 ①に関しては、コメントを付すのであれば、きちんと読むのが礼儀であろうといいたくなる。活字メディアの原稿ものブログも、書く時間と労力に比べれば、読むために費やされる時間と労力は、はるかに少ない。何をけちっているのかと思うわけである。②は、「自らの『質』『の悪さをわざわざアピールするような振る舞いに及んで恥ずかしくないか」と書けば充分であろう。人間の世界では、「仮想世界」と「現実世界」が完全に峻別できるという考えは、率直に甘い。「仮想世界」での態度などは「現実世界」での態度の反映でしかない。どちらも「同じ人間」のやることであるからである。
 雪斎は、幾度も書くけれども、読む人々に「思考の材料」を提供しているのであって、「感情の満足」を提供しようとしているのではない。雪斎の言論には、近年、「右」の方からの批判が多いけれども、その理由は、要するに彼らに「感情の満足」を提供しないからに他ならない。「自分が賛成しない言論」に「論理破綻」だとか「妄論」という言葉を投げつけるのは、無礼の極みであることを指摘しておく。こういう無礼を働く御仁が、日本の「美風」を唱導するのであるから、お笑いと呼ぶ他はない。
 ということで、このブログも再来月には開設四年目に突入である。活字メディアでの言論活動を始めてからも、十数年の歳月が経とうとしている。何時まで続くのかなと思う。

■ 最近、矢鱈にグスタフ・マーラーの作品を聴くようになっている。取りあえず次の六つを紹介しておこう。
 ① 交響曲第三番
リッカルド・シャイー
ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団
   2003年録音
 ② 交響曲第三番
   デーヴィッド・ジンマン
   チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団
2006年録音
 ③ 交響曲第四番
    ベルナルト・ハイティンク
   ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団
    2006年録音
 ④ 交響曲第一番
    マリス・ヤンソンス
   ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団
    2006年録音
 ⑤ 交響曲第六番
    マリス・ヤンソンス
   ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団
    2005年録音
 ⑥ 交響曲第八番
    ベルナルト・ハイティンク
   ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団
    1971年録音

 クラッシック趣味に火が点いたのは、十代半ばのころであるけれども、二十歳代、三十歳代の頃は、マーラーにもブルックナーにも食指が動かなかった。「長いし難解だ」と思って敬遠していたのである。マーラーは、多分、四十歳を過ぎてからでなければ、入り込めないものであるような気がする。マーラーには、結婚、娘の夭折、自身の心臓病、死の影への恐怖、あるいは作曲家としての名声といった出来事が四十歳を過ぎて齢五十一で世を去るまでの十年間に集中している。こうした人生の断片に想いを馳せながら、マーラーの世界に浸っている。
 ところで、この六つは、総てSACDに収録されたものである。マーラーの交響曲のようなものは、SACDで聴けば、音の「拡がり」や「深さ」を実感することができる。③の「ハイティンク&コンセルトへボウ」による第四番は結構、気に入った。因みに、来月には、レナード・バーンスタイン指揮ののマーラー交響曲の第一次録音の全曲がSACDで出されるようである。思わず全曲を予約で発注した。
 こういう時間を可能にすることができた「投資」の収益は、やはり有り難い。「投資は+αの生活を実現させるためのものである」けれども、それまでCDで聴いていたものをSACDで聴くのも、「+α」の意味である。
 そういえば、九月中旬から十月初頭にかけての時期に気合を入れて買い漁った非鉄金属会社株が、既に20パーセント近い含み益を生んでいる。少なくとも、あと20パーセントは上昇すると思うので、楽しみに待っていることにしよう。この分野では「世界シェア第一位」の企業である。去年の年末は、ウハウハ状態で過ごした。サブプライム・ショックの影響もあるけれども、今年も、かくありたいものである。

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Comments

こんにちは、はじめまして。
いつも楽しく拝読させていただいております。

ブログへのコメントということで、ちょっと話が逸れるようですが、よくヤフー等の掲示板への書き込みで、名も名乗らない批判(にも値しないと思いますが)等の「捨て台詞」的なものをよく見かけます。

これらのものは思想・言論とはとても言い難い類のものだと感じておりますが、このような「感情の垂れ流し」のような現象にはネット上に限らず本当に困ったものですね。

先生が仰るようにテレビにしろ、活字メディアにしろ、中身以前にまず感情論ではない、もう少しまともな「議論の体裁」を整えてほしいものです。

日本の場合、「経済一流、政治は二流」とはよく言われますが、その後に「三・四がなくてマスコミ五流」と続くのが実態ではないでしょうか。

ついいろいろと書いてしまいましたが、先生の仰っている内容には共感します。

今後ともご活躍を願っております。

Posted by: hira | October 28, 2007 at 03:11 PM

コメントを書かなくとも、このブログをおもしろいと思ってる人はたくさんいると思います。
日本人は冷静な議論は苦手のようですが(人間とは元々そういうものなのかもしれないが日本人は教育の過程でそういう訓練を積んでいないし)、感情が人をつき動かす根本的なものですから、感情的な人はコメントを残すし冷静に読んでる人はあまりコメントを残さないのかもしれまぬ。

Posted by: こぺてん | October 28, 2007 at 09:51 PM

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