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October 22, 2007

老荘の世界と「統治」

■ 最近、『老子』に関する書を読む機会があった。
 今、『朝日新書』から出す書を執筆中であるけれども、この執筆の都合上、『老子』を含む道家の書を二、三、読んでいるのである。大体、兵法書『孫子』も、道家思想の影響を色濃く反映した書であるとされているから、これを理解しようと思えば、本来、『老子』を読んでいなければ話にならないのである。

 ともあれ、たとえば、次のような記述を、どのように考えるべきであろうか。

 ○ 無爲第二十九

將欲取天下而爲之、吾見不得已。天下神器。不可爲也。爲者敗之、執者失之。故物或行或隨、或呴或吹。或強或羸、或載或隳。是以聖人、去甚、去奢、去泰。

まさに天下を取らんと欲してこれをなせば、われその得ざるを見るのみ。天下は神器なり。なすべからず。なす者はこれを敗り、執(と)る者はこれを失う。故に物あるいは行きあるいは随(したが)う。あるいは呴(く)しあるいは吹(ふ)く。あるいは強めあるいは羸(よわ)む。あるいは載せあるいは隳(おと)す。ここをもって聖人は、甚(じん)を去り、奢(しゃ)を去り、泰(たい)を去る。

 何を語ろうとしているのかが判りにくいかもしれない。今時は便利になっていて、現代日本語訳を紹介したサイトがある。それによれば、次のような趣旨である。

天下を支配し,自分が望む領土としよう,
などと野望を抱く者がいるが,
 それらの者が成功するはずはない,と私は思う。
というのは,天下は“神の器”であって,
人間どもの出しゃばりくらいで,こしらえられるものではないからだ。
 それを為そうとする者は,結局駄目にしてしまう。
 また,それを維持しようとして,それを失う。
すなわち,あるものは前に進み,
 あるものは後に従う。
 あるものは炎を燃え上がらせ,
 あるものは炎を吹き消す。
 あるものは強大となり,
 あるものは弱者となる。
 あるものは突進し,
 あるものはへたばる。
そうだから,聖人は過剰を慎み,奢侈(しゃし)を遠ざけ,
 慢心を絶つのだ。

 要するに、天下を自分の考えで云々できるなどと自惚れてはいけないということである。「共産主義社会」も「すばらしい新世界」も、はたまた「美しい国」も、人間が頭の中だけで考えたものに過ぎない。天下が「神器」ならば、人間が手を掛けることができる余地など広いはずがない。
 雪斎は、「地の世界」の住人であるけれども、結局、人間の「知」で何ができるかといえば、それは、もろもろの社会の不備を正すという程度のことなのであろう。
 もうひとつ、こういう記述もある。

 ○ 貪損第七十五
民之飢、以其上食税之多。是以飢。民之難治、以其上之有爲。是以難治。民之輕死、以其上求生之厚。是以輕死。夫唯無以生爲者、是賢於貴生。

民の飢(う)うるは、その上(かみ)の税を食(は)むことの多きをもってなり。ここをもって飢(う)う。民の治め難きは、その上(かみ)のなすことあるをもってなり。ここをもって治め難し。民の死を軽(かろ)んずるは、その上の生を求むることの厚(あつ)きをもってなり。ここをもって死を軽(かろ)んず。それただ生をもってなすことなき者は、これ生を貴ぶより賢(まさ)る。

人民が飢えているのは,
為政者達が税の穀物を収奪しすぎるからである。
 それだから,飢えた人民の無法な行為は,
 為政者達が干渉しすぎる結果なのだ。
 これが人民の無法の理由なのだ。
人民が死を恐れないというのは,
彼らがその生活を維持するのが苦しいからなのだ。
これが人民が死を恐れない理由なのだ。
 人民の生活に干渉しないということこそが,
 生活を活気づける賢明なやり方なのである。

 雪斎は、そのとおりだと思う。政府が民衆から税を吸い上げて、「頼んでもいないこと」にカネを使う事例が、今までも多かった。「税」に関していえば、政府が「あれもこれも」と手を広げた故に重くなるのは、迷惑なことのような気がする。古来、「佳き統治」の基本は、「税」が少ないということであって、政府が「あれもこれも」と世話焼き婆さんのごとく振る舞うことではない。
 消費税上げ、証券優遇税制廃止…。本当に、それでいいのかと率直に思う。それにしても、こういう漢籍の世界は、まことに楽しい。
 今時は、こういうサイトもある。「知恵の宝庫」であろう。

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Comments

Posted by: 笛吹働爺 | October 22, 2007 at 10:28 AM

リフレ派である僕の視点から見ると、最近の増税論議は、諸外国並みのマイルドなインフレ率すら達成できない金融政策の失敗を、増税という形で国民に押しつけているとしか思えないんですよね。
しかもその失敗はただの失敗ではなく、「インフレ政策は悪魔的政策(by前官房長官)」という、経済学的に見てナンセンスな信念に基づいているだけに、なおたちが悪いんですよねえ。
今の政権は「インフレなき美しい国」でも目指そうとしているのでしょうか?そんな国は停滞・没落への一直線をたどるだけなのですが。

Posted by: Baatarism | October 22, 2007 at 12:20 PM

こんばんは。
老荘思想ですが、「徳の高い聖人が天子として統治すれば全てうまくいく」という考えでして、個々の政治家や役人がいい政治をしようと努力したりするのは所詮無駄なんだと言っているわけです。
古代中国の史書を見ると、老荘思想の持主として「処士」だとか「逸民」と呼ばれる人たちが良く出てきます。もちろん現実世界には聖人なんていないわけですから、彼らは宮仕えを忌避し仙人になりたがり、奇行を繰り返すのですが、何故か世間からは尊敬される、という不思議な連中です(^^;
正直、現代日本においてはあまり参考にならない思想じゃないでしょうか(身も蓋もない話ですが・・・)。

あと、政府があれもこれも手を広げる必要はないというのはその通りなのですが、「そうは言っても、何かあったら責任追及されるじゃないか」というわけで、権限委譲も規制緩和も事業の縮小廃止もほとんどできない、というのが実状だと思います。
つまり、日本政府が世話焼き婆さんなのは、国民がそうさせているのであって、日本の政治風土が変わらない限り、どうにもならないような気がします。

Posted by: 板倉丈浩 | October 23, 2007 at 12:51 AM

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