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September 18, 2007

「米飯と紫葉漬け」の統治

■ 大学のほうも今週から後期授業開始である。
 自民党総裁選挙は、福田康夫氏優位の流れは、変わっていない。とはいえ、麻生太郎氏の演説には、「陽性」の魅力がある。「福田総理―麻生外相」、もしくは「麻生総理―福田官房長官」という内閣の布陣を見てみたい気がする。とすれば、「福田総理」の下での官房長官が誰になるかが非常に気になるけれども…。
 来週明けには、雪斎も、内閣発足に際して、論稿を用意しなければならない。
 それにしても、次の安倍内閣総括記事には、驚倒した。こういう言説が安倍内閣の失速を招いたことは、間違いない。順境の時期に「運が良かった」と振り返るのは、思慮の証明であるけれども、逆境の時期に「運が悪かった」と語るのは、退嬰の極みである。安倍総理は、「コアな支持層」の質が誠に劣悪であったような気がする。もし、安倍総理が政治家として再起を目指すのであれば、こういう層を排除しなければなるまい。

 雪斎は、特定の政治家を殊更に称揚し、あるいは貶すという政治評論は、有害であると思っている。前に紹介した記事には、「安倍総理に勝手に期待し、勝手に落胆している」風情が漂っている。
 雪斎は前のエントリーで「福田総理誕生を歓迎する」と書いたけれども、「麻生総理誕生を歓迎しない」とは一言も書いてない。、
 要するに、必要なことが必要な時期に行われる「統治」さえできていれば、それが誰の手で行われるかなどは、二の次、三の次である。そして、自ら政治の営みに手を染めているわけでもない学者やジャーナリストに出来るのは、その「必要なこと」を説くことでしかない。「保守」、「革新」などという粗雑な仕分けからは、そうした「必要なこと」に関する議論が抜け落ちる。安倍総理が標榜した「戦後レジーム」見直しにしても、それは中長期的のスパンでは「必要なこと」であったとしても、当座のスパンでも「必要なこと」であったとは限らない。
 その点、小泉純一郎という政治指導者は、二十一世紀最初の五年という時代の要請には見事に合致した政治指導者であった。「構造改革」路線を批判する人々は、金融機関の不良債権処理も進まず景気低迷が続いた1990年代のほうが良かったなどと唱えるのであろうか。
 雪斎は、昨年、「安倍総理には『燻し銀』の統治を期待する」と書いた。小泉前総理の「華麗、激越な統治」の後に来るものは、そうした「濃厚にして強烈な一皿」の後の「米飯と紫葉漬け」に類するものでなければならないと考えたからである。安倍総理は、もしかしたら、一部の人々だけには受けの良い「激辛料理」を出したのかもしれない。だとすれば、もう一度、同じことを唱えなければならない。世人に「米飯と紫葉漬け」を出してやってください。「米飯と紫葉漬け」は、「濃厚な一皿」と違って滋養になるとは思われないけれども、物事には時宜というものがある。今は、「米飯と紫葉漬け」 を出してくれる政治指導者が、「佳い政治指導者」なのであろう。やはり、その役回りは、「福田総理」に期待するのが順当なのではなかろうか。

■ 追記である。山崎拓氏が講演したらしい。
 □ 給油継続、国連要請の明確化を-山崎氏
         9月18日18時38分配信 時事通信
 内外情勢調査会で講演する自民党の山崎拓前副総裁。海上自衛隊のインド洋での給油活動について、国連に対し、継続を求める立場を明確にするよう働き掛けるべきだとの認識を明らかにした(18日、東京都)

 山崎氏の発言の趣旨は、雪斎が以前、書いたとおりである。「テロ特措法」延長d論議で民主党が「国連の承認がない」とごねるようならば、国連に「お墨付き」を出してもらえれば良い。それで民主党の反対の根拠は一挙に崩れる。こうした対国連工作には、民主党は容喙できない。
 それにしても、この考えを有力政治家の誰が示してくれるであろうかと期待していたら、山崎氏であったのは、結構、嬉しい。

■ 今夜の一枚
 ● リムスキー・コルサコフ 『交響組曲 シェエラザード』
    キリル・コンドラシン&ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団

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Comments

こんばんは
 街頭演説では麻生人気がスゴイですね。
 一方で福田さんも意外によく喋りますし、安倍首相より届く言葉は多いように思えます。福田さんは、個性が薄く、つかみ所が無いように思えますが、それが却って、就任後の方向性を束縛しないので、メリットがあるかもしれませんね。
 
  サルコジ大統領から書簡が安倍首相にあったそうですが、なんと書かれていたのか・・ 再チャレンジを国民にだけやらせて、自分は引っ込むなんて、許しません。きっと長州の方たちもそう思っているでしょう。

Posted by: SAKAKI | September 18, 2007 at 11:51 PM

勝手ながら、トラックバックを送信させていただきました。送信させて頂いた記事の中でも触れた「他人の褌」ですが、ブッシュ政権の運営に関する次の叙述は、厳しいですが、考えさせられました。

「一枚岩の政権はメッセージのコントロールに強く、予想外の内乱にも足を掬われ難い。その意味で選挙に臨むには適している。しかし、行政運営という観点ではマイナスの要素もある。第一に、ともすれば『悪い情報』が上に上がりにくくなり、グループ思考の罠に陥りやすい。第二に、能力よりも忠誠が重視されると、適材適所の人材配置が難しくなる。第三に、特にブッシュ政権では、忠誠心が共和党の政治的な勝利を目指す方向に向いており、これが党派対立を激化させる要因になった」。

「党派性の時代」が統治者のパーソナリティによるのか、社会構成の変化によるのかはわかりませんが、まだまだ、「混迷」が続く可能性が高い。そんな感覚をもっております。

Posted by: Hache | September 19, 2007 at 04:31 AM

山崎氏は、政治家としての業績もパッとしないし、
何より「女に優しく無い」と言うところが”個人的に”
気に食わない男であります。
小泉前総理にもそんなイメージがありましたが、
あのヒトは業績を上げたのでチャラかな、と。
安部総理はどうなのでしょうか?
さて、今回の辞任騒ぎでシラクだったかミッテランだったかが
「面の皮が厚いのは政治家に不可欠な神の恩寵」と
言ってたことを思い出しました。
人気商売であることと、何を言われても柳に風であることは
相反すように思えますが、しかし、殺されなかった独裁者は
自己神格化の泥濘に功績を沈めることを思えば、
「政治家は悪口を言われてなんぼの商売」のほうが
何ぼかマシかもしれないですね。

Posted by: TOR | September 19, 2007 at 06:37 AM

「福田総理―麻生外相」は見てみたいですね。ただ、この2人の考えが一番違うのが外交政策なんですよねえ。

あと、雪斎さんが提言していた国連決議の件は、「謝意」決議という形で実現するようです。外務省もちゃんと仕事してたわけですね。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070919it01.htm

Posted by: Baatarism | September 19, 2007 at 12:45 PM

 私も山崎拓氏には期待しています。けれども隠密行動が多いようなので今のように誤解されているくらいでいいのかな、とも思っています。

 心配なのは地元の人が世評に動かされて落選してしまうことくらいですかね。まあ選挙に出るとしても多くてあと二回でしょうけれども。

Posted by: べっちゃん | September 19, 2007 at 09:09 PM

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一枚岩の政権はメッセージのコントロールに強く、予想外の内乱にも足を掬われ難い。その意味で選挙に臨むには適している。しかし、行政運営という観点ではマイナスの要素もある。 [Read More]

Tracked on September 19, 2007 at 04:23 AM

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