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August 06, 2007

核のない世界

■ 昨日、NHKのドキュメンタリー番組「核クライシス」を観る。
 この番組の中で、ヘンリー・A・キッシンジャーが登場していた。
 「核兵器のない世界」( A World Free of Nuclear Weapons: By George P. Shultz, William J. Perry, Henry A. Kissinger and Sam Nunn. The Wall Street Journal January 4, 2007; Page A15)という記事が紹介されていた。キッシンジャーに加え、ジョージ・シュルツ、ウィリアム・ペリー、サム・ナンが連名で発表した原稿である。

 この記事は既に反響を呼んでいて、「朝日新聞」(五月三日付)が社説に併せて、「キッシンジャー元米国務長官らが示した核廃絶への提案」として紹介している。「あのキシンジャーが核廃絶を口にしたのか」という驚きが反映されているのかもしれないけれども、提案の主な中身は下の通りである。
  ・核保有国の核戦力の規模を大幅に縮小させる。             
  ・同盟国、友好国への配備を想定した米ロの戦術核兵器を廃絶する。    
  ・米国での包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を達成するため、議会上院において超党派の議論を開始する。他の主要国の批准も促す。    
  ・兵器用核分裂物質の生産を世界で全面的に停止する。          
  ・新たな核保有国の誕生の要因となりかねない地域的な対立や紛争の解決に もっと力を入れる。        ・敵の核ミサイル発射の警報が鳴れば、数分のうちに報復発射できる冷戦時代の態勢が米ロで続いている。これを変更し、核兵器の偶発的な使用、政治指導者の指示によらない使用の危険性を減らす。       
 ただし、こうした提案は、決して珍奇なものではない。キッシンジャー、シュルツ、ペリー、ナンという米国の安全保障畑の伝統的「現実主義者」の思考が反映されていて、誠に真っ当なものである。これは、「先制攻撃」論を出した「ネオコン」的思考への強烈な異論である。キッシンジャーらは、「核のない世界」という究極の将来像を提案したけれども、それに至る実践的なプロセスを提示したことのほうが重要である。
 さて、日本は、どうするのか。「核の管理の徹底」、「核への依存の回避」という方向で、どこまで具体的な提案を出していけるのか。今日は、「原爆忌」である。

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Comments

著書共々、拝読しております。 再度のリストラ失業、職業訓練受講を経て再起を期し、一日も早く教授の著書を、新刊で購入したいものです。
さて、反核言論に存在価値があるのでしょうか? 被爆者への同情は限りなしであれ、核使用の恐れがある中朝、波及の可能性として印パ・イスラエル・アラブ諸国、米英仏ロという保有国。秋葉市長は、日本にとっての危機を考えずに、市民や活動家に媚を売るべく、式典を日米批判の場に用いている様に感じました。毎年のことながら。 核に対する抑止の方法を示さず、外患誘致に走る醜さ、と感じるのは、私の"斜め上"の偏見でしょうが。

Posted by: アル中やもめ | August 06, 2007 at 10:46 PM

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