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July 03, 2007

久間発言と「核」の自閉意識

■ 五月中旬にフランスを訪問中にピエール・ガロワ将軍と面談した折、将軍が雪斎に次のように問い掛けて来た。「犠牲者の数からすれば、東京空襲のほうが、広島・長崎jよりも被害は多いはずだ。それなのに、何故、日本人は核を特別なものと認識するのか」。一瞬、「ぎくっ」としたものである。
 雪斎が言論家として最初期の題材としていたのは、「唯一の被爆国」感情によりかかって「核」を語る姿勢への批判であった。もし、「核の惨禍」を再現させないという意志が本物であるならば、日本こそが、近年の「核の拡散」を防止するための知恵を持っていてしかるべきである。実際には、そのような知恵が過去において大々的に蓄積された形跡はない。だから、北朝鮮核を巡る「六ヵ国協議」の議論を主導できない。過去半世紀、日本は、「反核」の念仏を唱えていたのか。
 そこに伝ええられたのが、久間章生防衛大臣の「核」発言である。もう「永田町」の外にいる身分になったのだから、あえていわせてもらおう。
 「この発言の何が問題なのか…」。 
 もっとも、雪斎がワシントンポスト意見広告を批判した論理からすると、これは、政治家としての発言としては不用意な発言である。政治の世界では、「事実が、どうであるか」ということは然程、重要ではない。重要なのは、「どのように受け止められるか」である。安倍晋三内閣の失速傾向が顕著な情勢下では、この発言それ自体は、政権批判の材料として使われる。それが「現実」なのである。「事実がどうであるか」は、アカデミズムの世界の地道な検証の対象である。それは、政治活動家を含め政治の世界の住人が請け負うべきものではないのである。

 その一方で、 「おいおい…」と唖然としたのが次の記事である。こちらのほうが久間発言以上に「問題」だろうと思う。
 

□ 防衛相発言「誤解与えた」と安倍首相=小沢民主代表、原爆投下で米に謝罪要求を
                 7月1日19時2分配信 時事通信
 安倍晋三首相(自民党総裁)と小沢一郎民主党代表による党首討論が1日午後、21世紀臨調の主催で都内のホテルで開かれた。首相は、広島と長崎への米国による原爆投下を「しょうがない」とした久間章生防衛相の発言について「国民に誤解を与える発言は厳に慎まないといけない」と述べ、不適切だったとの認識を表明した。
 また、小沢氏は原爆投下に関し米国に謝罪を求めるよう迫ったが、首相は「(日本が)米国の核の抑止力を必要としている現実もある」と突っぱね、激しい応酬となった。
 小沢氏は冒頭、久間氏の発言を取り上げ、「米国の主張を代弁するような発言だ。大臣として非常に不見識、不適当だ」と厳しく批判。さらに「米国に謝罪を求める考えで話し合うべきだ」と首相に要求した。
 「小沢さんは、本当に米国に謝罪要求をするつもりであろうか…」と思う。小沢氏が本当に民主党の政策として謝罪要求をしようとするならば、雪斎は、やはり民主党に政権を委ねるわけにはいかないと思う。小沢氏の発言は、慰安婦決議案採択で激しているらしい「民族主義者」層の快哉を得るであろうけれども、誠に不毛なものであろう。
 一昨日、放送分の大河ドラマ『風林火山』で描かれた武田信玄の信州・志賀城攻めの故事に引き付ければ、信州人は甲州人に謝罪を要求しろということであろうか(それにしても、信玄を演ずる市川亀治郎さんというのは、凄い役者ですな。見事という他はない)。戊辰戦争jの折の官軍の「暴虐」ぶりを前にすれば、奥州人は薩摩人と長州人に謝罪を要求できるはずであるけれも、それでいいのであろうか。だが、こういう謝罪要求をしようという動きが福島辺りで起こったら妙だと思うであろう。雪斎も、奥州人であるので、「日本の近代は長州人脈が作った」云々という議論は率直に下らないと思っているども、それでも、このような要求が奥州人の方から出ることはないと思っている。それは、不毛であるからである。
 小沢氏は、そのような「不毛」を日米関係に持ち込もjうとするのであろうか。加えて、広島では民主党の有力支持母体が抗議活動をやっていたようである。
 故に、久間発言は、教条的な「平和主義者」と観念的な「民族主義者」の醜悪な野合の光景を出現させた。誠に気色悪いものを見せられた想いがする。
 阿呆らしい。
 ロンドンでテロが起きて、テロリズム制圧という全人類的課題に取り組むことの必要を再び感じるべき時節に、「過去」の議論に忙しいとは…。「平和主義者」も「民族主義者」も、所詮は「暇な人々」なのであろう。
 話は換わる。
 ニコロ・マキアヴェッリの『君主論』に曰く、「人間は父親の殺されたのはじきに忘れてしまっても、自分の財産の損失はなかなか忘れないものであるから、他人の持ち物には手を出さないようにしなくてはならない」 。父親が殺されたことですら直に忘れてしまう人間が、過去の見知らぬ同国人の被害によって他国を恨み骨髄に思うというのは、どのように考えても自然ではない。被爆者に直接の「縁」のない人々が、「久間発言を許さない」と語るのは、「原爆を許さない」という建前を語っているだけのように聞こえて仕方がない、また、『君主論』には次のような記述もある。「恐れられる事と恨みを買わない事とは立派に両立し得るのである。これは、君主が自分の市民と領民の財産や、彼らの婦女子にさえ手を出さなければ必ずできることである…」。要するに、人間が恨み骨髄に思うのは、自分の「財産」と「婦女子」に手を出されたときである。今、現在ある自分や家族の生活や安全を、どのように護っていくか。結局のところは、雪斎は、これしか考えるつもりはない。「観念の遊戯」に付き合っている暇はない。

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Comments

御説に概ね同意です。先生がおっしゃるように、「どのように受けとめられるか」が大事ですね。
しかし、よりによってこの時期とは…。

Posted by: talleyrand | July 03, 2007 at 01:24 PM

核の特別視ですが、やはり放射能による死に方が直観的に人間に理解しにくいからではないでしょうか。やや宗教的な不吉な感覚を人間に与えるのでしょう。
欧州人も、全体の犠牲者数から見れば少ないとはいえ、第一次世界大戦以降、化学兵器による犠牲者をやや特別視している傾向もあります。その延長線上で拡大されたものだと言えば理解してくれるかもしれませんね。

Posted by: カワセミ | July 03, 2007 at 08:17 PM

雪斎さん

こんばんは、私は、大臣の発言内容事態よりも、この原爆投下をひとつの、材料にして、日米間の意味解釈の違いについて、エントリしました。

ただ、やはり、大臣職にある人が、この時期、発言するのは、政治家としては、不用意、不適切であったのかと思います。

過去(歴史)から学ぶことは、大切です。ただ、過去・歴史に囚われているように思いますね。本当に、ナショナリストと空想的平和主義者の異様な反応を目にしました。

では、具体的にどうするのか、そこが見えないのです。

Posted by: forrestal | July 03, 2007 at 11:02 PM

そもそも久間さんは日本の情報収集能力・分析力のなさが結局、原爆投下させてしまったというのが趣旨と理解したんですけど、なぜか新聞は「原爆投下しょうがなかった」ですね。つまり、「軍部がどうしようもなく体たらくだったかららしょうがなかった」と理解してるんですけど。

Posted by: 佐藤秀 | July 04, 2007 at 02:10 AM

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