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June 28, 2007

日米関係の「最良の日々」は去ったのか。

■ 来月初頭までエントリー更新を放って置くつもりであったけれども、書いておく必要のあることが出来た。
 宮澤喜一総理が逝去した。
 宮澤総理のことを考えると、真っ先に思いつくのは、「日米関係」との縁の深さである。
 宮澤総理は、戦前、日米学生会議に参加して渡米したのに始まり、戦後には、サンフランシス講和会議に全権団の一員として渡米した。今では、日米関係を支えている人々は多いけれども、宮澤総理は、その「最古参」の人物であった。
 ところで、日本にせよ英国にせよヴェネツィアにせよ、海洋国家と呼ばれる国家に特徴的なのは、「カネと貿易」に対する関心の強さである。確かに、そうした国々は、国力の源泉である土地を持たないのであるから、その弱さをカネによって埋め合わせるしかない。大蔵官僚出身であった宮澤総理にとって、「カネと貿易」で国家の再興を図ろうとした吉田茂以来の路線は、受け容れやすいものであったろう。宮澤総理が「保守本流」と呼ばれたのは、そうした海洋国家型の隆盛の仕方を継いだからである。それは、「カネや貿易」による隆盛よりも、「威信や誇り」の実現を強調した昔日の中曽根康弘総理とは、対照的であったのである。宮澤総理は、本質的に「理財の人」であったのである。
 今、「普通の国」への動きが加速している情勢の中では、宮澤総理の「ハト派」傾向には批判が多かったであろう。だが、「普通の国」への議論ですら、「カネと貿易」による国家の隆盛の上に成り立っていることを想起しなければなるまい。安倍晋三総理は、「戦後レジームからの脱却」を標榜しているけれども、それもまた、「カネと貿易」による国家の権勢を前提としている。故に、宮澤喜一という政治家は、戦後の隆盛の伴奏者として、その功績が語られるべきであろう。
 謹んでご冥福をお祈りする。

 それにしても、確かに、「昭和は遠くなりにけり」である。

■ 下院での慰安婦決議案採択に関して、米国連邦議会専門紙『ザ・ヒル』(6月27日付)には次のような記事が載っている。『ザ・ヒル』には、最晩年のジョージ・F・ケナンが、ブッシュ第一期政権の対イラク政策に対して発した批判を載せたことがある。ワシントンの雰囲気を知る上では、結構、有益なメディアである。
 この記事で驚くのは、次の一節である。原文と雪斎の訳を列記する。

 Japan’s case in trying to convince lawmakers not to take up the resolution
was hampered by a recent Washington Post ad paid for by a group of
politicians and academics saying that there was no proof that women were
forced into sexual enslavement. The group published the ad despite
opposition from others in the Japanese government and the Japanese Embassy
in Washington. The embassy stressed during the past couple of weeks that the
Japanese government had nothing to do with the ad.
 The group is not part of the Japanese political mainstream, according to a
source close to Japan. The politicians, considered a fringe mix of
ultra-nationalists and ultra-conservatives, want to see the resolution
passed to “drive a wedge between Japan and the United States — they think
that Japan has been too friendly and compliant with the U.S,” the source
said.

 決議案を取り上げないようにと連邦議会議員たちを納得させようと試みた日本の申し立ては、女性たちが性的苦役を強制された証拠は皆無であると主張した政治家・学者グループの最近のワシントン・ポスト意見広告によって、妨害された。このグループは、日本政府や在ワシントン日本大使館における他の日本人の反対にもかかわらず意見広告を発表した。大使館は、この広告には日本政府は一切の関係を持たないと過去数週間の間、力説してきた。
 日本に近い筋によれば、このグループは、日本の政治的な主流を成していない。(このグループに名を連ねた)政治家は、極端な民族主義者と保守主義者の混成分派と考えられているけれども、その筋によれば、「決議案が通過するのを視て、日米を離間させようとしている。彼らは日本が米国に余りにも友好的にして卑屈であり続けてきたと考えている」のである。

 要するに、日本政府や在ワシントン日本大使館その他が決議案上程を思いとどまらせるべく努力していたのであるけれども、その努力は、一部の「攘夷」(極端な民族主義者・保守主義者)派が発表した意見広告によって邪魔されたという趣旨である。その「攘夷」派は、、「日米離間を画策している」と位置付けられているのである。
 この記事は、ワシントンにおける対日認識の一つである。この記事の意味を、どのように解釈すべきであろうか。この記事は、ワシントンにおける対日理解を、どういう方向に導こうとしているのか。
 確実にいえることは、ワシントンポスト意見広告は、日米関係の「現場」にいる人々にとっては迷惑な代物でしかなかったと米国が認識しているということである。「このグループは、日本政府や在ワシントン日本大使館における他の日本人の反対にもかかわらず意見広告を発表した。大使館は、この広告には日本政府は一切の関係を持たないと過去数週間の間、力説してきた」という記述は、日本では知られていない。この記述が正しいならば、あの意見広告は、外交上の配慮を欠落させた自己満足の文書でしかなかったことになる。雪斎は、「一言が余計だった」という趣旨で意見広告を批判したけれども、『ザ・ヒル』の記事を前にすれば、「意見広告を出すこと自体が愚劣であった」という結論に近づいてくる。
 それにしても、、この記事に言及されている「日本に近い筋」とは、誰のことであろうか。少なくとも、ワシントンでは「知日派」」の人物なのであろう。この「日本に近い筋」は、ワシントン・ポスト意見広告に関わった層を「主流ではなく分派でしかない」とか「日米離間を画策している」と断じることによって、、この層それ自体が取るに足らないものであると印象付けようとしているのかもしれない。この「日本に近い筋」にとっては、日本の「攘夷」派は、もはや日米関係に害を及ぼす層でしかないのであろう。「日米を離間させようしている」という物の言い方には、尋常でないものを感じる。その怒りの凄まじさもまた…。
 戦前から日米関係を見つめていたであろう宮澤喜一総理が世を去った。過日は椎名素夫氏も鬼籍に入った。多分、日米関係を結ぶ絆は、昔日よりも太くなっているはずである。しかし、試練は去っていない。小泉純一郎総理が、メンフィスでエルヴィス・プレスリーよろしくエア・ギターの真似をして、「日米関係の最良の日々」を演出したのは、丁度一年前のことである。何という変化かと思う。

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Comments

雪斎さん

おはようございます。ブログ再開(?)心待ちにしておりました。

宮澤元総理に関しては、総理としては、日本が困難な時期でしたから、その手腕の発揮は、限定されてしまいましたが、日本の高度経済成長を支えた、まさに、参謀であったと思います。海洋国家たる日本の現実をしっかりと認識し、政党内や、世論に対して、バランスを取ろうとする姿勢は、まさに、知性派そのものです。

心からのご冥福をお祈りいたします。

尚、TBが二ついったようで、本当に申し訳ございません。

Posted by: forrestal | June 29, 2007 at 07:26 AM

更新・・たのしみにしておりました。
ザヒル誌について、引用させていただきます。

更新・・たのしみにしておりました。
ザヒル誌について、引用させていただきます。
宮澤氏はあまり好きではありません。首相時代にバブルの鎮火をうまくやって欲しかった。頭が良すぎて、経済界の話を聞かなかったそうです。「日本経済を潰す気か!」ど怒鳴られていたのを覚えています。エリート官僚としての意識が強かったのでしょう。デフレ経済を語った教科書はありませんので、宮澤氏は既存のマクロ理論を日本に適用してしまったと思います。
とはいえ・・ご冥福をお祈りします。

Posted by: SAKAKI | June 29, 2007 at 09:04 PM

正直なところ安倍総理とブッシュ大統領との会談の時点で日米の「蜜月」は終わっていたように見えました。ブッシュは本心が顔に出るタイプですからねぇ。
シーファー大使が安倍総理を悪く報告していた、なんてことはないと信じたいですが。

Posted by: 妖怪 | June 30, 2007 at 03:23 PM

あ。失礼。ベトナムでの初会談の時点で、ということです。

Posted by: 妖怪 | June 30, 2007 at 03:27 PM

アメリカのパワーエリートの日本観が、どういうプロセスで形成されているか、その状況を知らなければ、アメリカの中枢にいる人たちが一様に先の大戦において日本に多大な責任があるとみなしている理由が理解できないのではないかと。
今や、日本を本当に理解していると言えるのは一部の経済人と在日米軍を経験した軍人くらいでは。

Posted by: ■□ Neon / himorogi □■ | July 02, 2007 at 10:00 PM

民間人による広告より、議員による決議案の方がよほど「外交上の配慮を欠落させた自己満足」の行為と思います。
例え決議案の内容が完全に正しくても、60年前の自国には直接関係の無い事案に関して友好国を教育してやらんばかりの一方的で傲慢な態度は、日米双方にとって害悪そのものではありませんか。

この件を日本人の一部は侮辱ととらえたはずです。
日本人はこうした侮辱を非常に嫌い、共存する意志が無い(交渉する意志が無い)から侮辱するのだと見做すように思います。
あの広告の最後の一項は(たしかに余計な一項ではありますが)、相手に同じ侮辱を与えることで、自分達が傷ついていることに気づいて欲しい、意図した侮辱ではないと信じたい、という心理が作用したようにも見えます。

Posted by: motton | July 04, 2007 at 05:10 PM

日本の外交関係者が言い訳のためにこう言う情報を流していそうですが。
外圧を装って日本の改造を進めようとする日本人というヨタ話は有名ですよね。

Posted by: kuni | July 07, 2007 at 08:24 PM

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