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June 05, 2007

「八幡馬」の話

■ 雪斎のフランス旅行の折、日本での窓口であった在日フランス大使館のR・P書記官に対するお礼の意味も込めて進呈したのが、青森県南地域の伝統民具「八幡馬」である。
 ところで、最近、拙ブログは、日曜夜にアクセス数が増える傾向がある。何故かといえば、NHK大河ドラマ『風林火山』に伊武雅刀さん演じる「大原雪斎」が登場するからであろう。一昨日放送分は、伊武さん演じる「雪斎」の策略家ふりが強烈に伝わってきて、観ていて心地よかった。もっとも、雪斎は、このドラマは、騎馬武者を前面に押し出したオープニング・タイトル・ロールが気に入っている。騎馬武者が駆け抜ける「躍動感」に満ちた映像は、本当に爽快である。そういえば、歴代大河ドラマのオープニング・タイトル・ロールの中では、雪斎の印象に残っているのは、『風と雲と虹と』、『独眼竜政宗』、『武田信玄』、『太平記』、『真田太平記』といったものであるけれども、それらには、軒並み「馬」が登場する。日本人と「馬」の関わりは、本来は身近であったのではないか。
 日本の「武士道」の伝統とヨーロッパの「騎士道」の伝統は、おそらくは重なり合っている。日本に「平家物語」があるように、フランスには古叙事詩「ラ・シャンソン・ド・ローラン」がある。この「縁」の意味を判ってもらえれば、日本とフランス、そしてとヨーロッパの距離は、近くなる。
 こういう意味合いで「八幡馬」を使えたのは、良かったと思う。

 下掲は、青森県内紙『東奥日報』に四月以降、毎月一度の頻度で寄せている原稿の三回目である。青森県外の人々には読まれることのない原稿かもしれないけれども、雪斎は、この仕事を大事にしている。宮城県北に生まれ、高校までを青森県南地域で過ごした雪斎の「恩返し」の原稿である。そういえば、一昨日の青森県知事選挙は、三村伸吾知事の再選と相成った。三村知事も、雪斎の高校九期先輩に当たる、齢を重ねれば、自らの来し方を色々と振り返ることも多くなるということであろうか。

  □ 憲法典論議の前提
 去る五月十四日午前、国民投票法案が参議院本会議で賛成一二二、反対九九の賛成多数で可決、成立した。国民投票法案は、現行憲法典第九十六条に規定される改正に必要な手続きを定めたものである。故に、国民投票法の制定それ自体は、現行憲法典の改訂云々といった議論はともかくとして、憲法典第九十六条の規定の実質性を担保するものであり、憲法典の「骨抜き」状態を正す意味からも、大事なものであったといえるであろう。そして、安倍晋三総理は、七月の参議院議員選挙に際して憲法典改訂を争点として打ち出すことを表明している。国民投票法の施行は三年後のことであるので、当面、憲法典改訂に向けた具体的な動きが政治日程に上ることはないであろうけれども、それでも、そうした動きが水面下で加速するのは、疑いを容れない.
 もっとも、現行憲法典の改訂は、日本の永い歴史の中では「通過点」であったとしても、決して「終着点」ではない。現行憲法典改訂が成ったとしても、国民生活の様相が劇的に変わるわけでもない。従って、現行憲法典の改訂によって、途方もない災厄への道が開かれるかのように唱える「進歩・左翼」層の言説は、誠に愚かなものであるけれども、それによって戦後の日本が抱え込んだ矛盾が一挙に解けると想定する「保守・右翼」層の姿勢もまた、軽薄なものである。
 そもそも、現行憲法典は国連憲章と類似の思潮の下に書かれた文書である。故に、現行憲法典改訂が成ったとしても、日本が国連加盟国としての義務を負い続ける限りは、昔日の「侵略」の風景を再現させることにならないのは、当然のことであろう。「進歩・左翼」層の言説が愚かであるのは、そうした日本の置かれた現実を直視しないが故である。彼らは、余りにも過去の「幻影」に囚われすぎているのである。しかし、憲法典改訂が成った後の日本に期待されているのは、国連加盟国としての許容される程度までの権利を適切に行使し、その義務を着実に履行することでしかない。「保守・右翼」層の言説が軽薄であるのは、彼らにあっては、国家の「独立」や「威信」といった事柄に対する関心が過剰であるからである。どのように国際協調の枠組の中で日本が正しく身を処せるかが、事の本質なのである。
 「自由と秩序を守護するにはどうしても暴力の存在が必要なのである」。
 一九五〇年代半ばのフランスにおいて、第二次世界大戦後に続いた第四共和制に引導を渡し、第五共和制を樹立させたシャルル・ド・ゴールは、その著『剣の刃』にこのような記述を残している。ド・ゴールの言葉にある「暴力」を体現する制度が、軍隊や警察であるのは、あらためて指摘するまでもない。そして、戦後六十年の東アジア国際環境の下で日本の安全保障を主に担保したのが、日米安保体制という枠組を介した米国の「暴力」であった事実を踏まえただだけでも、このド・ゴールの言葉は、政治における普遍の真理を示している。現行憲法典改訂が成った後の日本が問われることになるのは、どのように、自らの持つ「暴力」の枠組を日本だけではなく世界の人々の「自由と秩序」のために生かすかということである。故に、特に現行憲法典第九条の改訂が成り、日本が「普通の国」として振る舞う根拠の最たるものを手にした暁にこそ、日本の民主主義体制にとっての試練の日々が始まるのである。この事実に粛然とした想いを示さない議論は、「進歩・左翼」層のものであれ「保守・右翼」層のものであれ、日本が「普通の国」になった後の要請には応えられないであろう。憲法典に関する実質的な論議が要請されている今であればこそ、予断と惰性に囚われた議論ほど、忌むべきものはないのである。
   『東奥日報』(2007年6月2日)掲載

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Comments

 はじめまして、津軽在住の東奥日報の読者です。今回の記事も考えさせながら読みました。いかにして他国やテロ組織からの暴力から身を守るのかは、議論の多い、難しい問題ではあります。サッカー日本代表監督のオシム氏の「新聞は戦争を起こせる」との言葉を頭に、メディアや偏った団体(右も左も)に煽られないワクチンを脳に、日々勉強しております(笑)。
 小坂観音院の故中島住職が、私の中学校の担任教師であり、人生の師でもあったことから、「風林火山」は毎回見ております。あの騎馬のタイトルロールや千住明氏の曲は最高です。
 当方の記憶違いでしたらまことに失礼とは存じますが、「大原 雪斎」は「太原 雪斎」ではなかったかと。

Posted by: 村長 | June 18, 2007 at 03:48 PM

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