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May 26, 2007

「食」と国際政治

■ パリ滞在中、三度ほど正式のランチに招かれた。その内の二度、前菜として「ポマティア」(ブルゴーニュ・エスカルゴ)を注文した。環境変化と乱獲が祟ってフランス国内では絶滅寸前まで行っている「ポマティア」であるけれども、これを世界で最初に養殖に成功したのは、日本人である。「日本には、エスカルゴを食する文化はないので、この人物は、全然、儲かっていないようであるけれども、日本には、儲けにならないことでも頑張ってしまうオタク的な人々が至る所にいるのですな…」。こうしたことをフランス外交官との会話で伝えるネタとして使うだけのために、二度も「ポマティア」を食した。もっと色々なもの食えたのに、もったいなかったというべきであろうか。聞いていた中国赴任歴のあるフランス外交官は、「中国人は、当面の儲けになることしかしませんわね…」と水を向けてきた。「そう、だから、日本の経済力は、まだまだ強い。長期で観れば、アジアにおけるフランスのパートナーは、中国ではなく日本だ」と伝えておいた。
 そういえば、帰路のエールフランス機内で外国人客がほおばっていたのは、安藤百福の偉大な発明である「カップ・ヌードル」であった。内心、ニヤリとした。
 ということで、「食」絡みで次のような原稿を書いてみた。「ジャパン・プランド」の「食材」が世界を席巻する日が来れば、それは、日本の「国力」になる。小泉純一郎前総理も、その関係で政治活動を始動させたそうである。

 □ 「俵物三品」と日中間系の今昔
 去る五月一日付で『河北新報』が配信した記事は、「東北でナマコの密漁が増えている」の一文で始まっている。この記事によれば、青森、岩手、宮城の東北三県と北海道で横行する密漁は、近年、その摘発件数が急激に増加し、二〇〇五年は二〇〇二年の七倍に当たる三十五件を数えるまでになったとのことである。
 「俵物三品」という言葉がある。それは、中華料理の高級食材である干海鼠(煎海鼠)、干鮑、鱶鰭を指している。江戸期、鎖国をしていた日本が対蘭貿易と並び例外として行っていた対清「唐船貿易」の文脈では、特に元禄年間前後以降、重要な輸出品として位置付けられたのが、この「俵物三品」なのである。
 時は下って二十一世紀に入り、中国では「俵物三品」に対する需要が急増している。一九九〇年代以降、鄧小平執政期に始まった「改革・開放」路線の展開に伴う劇的な経済成長の波に乗って続々と登場した中国の富裕層は、自らの「成功」の証しとして、この「俵物三品」を食卓に所望するようになったのである。昔日の皇帝や大官の「豪奢な生活」の後追いを望むのならば、「食」から入ろうとするのは、人間の心理からして何ら不思議なことではない。このように、「俵物三品」を介した日中関係の風景が元禄年間以降の「伝統」を持っているというのは、誠に興味深い事実である。「俵物三品」に燕巣を加えた「珍味四品」は、『満漢全席』を成す料理で使われる点では、「中国文化」の一端を支えるものであろうけれども、それを実際に提供しているのは、日本なのである。
故に、「俵物三品」の日本国内価格は、近年では高騰の一途を辿っている。『河北新報』の前掲記事が伝えた東北三県・北海道におけるナマコ密漁の頻発には、こうした事情が反映されている。
 ところで、豊かさを謳歌し始めた中国社会の事情を考えれば、「俵物三品」を初めとして中国国民の所望に応える品物を日本が適切に用意できることは、日中関係、そして東アジア情勢の安定に寄与する一つの条件になるであろう。個人であれ国家であれ、安定した関係を担保するのは、思考や理念の一致ではなく、「互いに互いを必要とする」という意味での利害の一致である。中国が日本の「資本」だけではなく、「食材」という人々の日々の生活実感に根差したものまでも必要とするようになれば、中国政府にとっては、対日摩擦を無用に煽る振る舞いは、決して賢明なものではなくなる。大概の人々にとっては、一旦は上げた生活水準を再び下げ、一度は食した「珍味」の味を忘れることほど、不愉快なことはない。現下の中国共産党政府は、国内の社会格差の拡大にもかかわらず、こうした富裕層に負担を担わせることによって、その格差を是正するという選択を採るわけにはいかないであろう。中国国内の富裕層が、どのように扱われるかは、中国に対する海外からの投資の動向に密接な影響を及ぼす。中国政府は、二〇〇八年の北京五輪、二〇一〇年の上海万博という国際催事の開催を通じて中国の隆盛を誇示したいと願っているかもしれないけれども、そうした隆盛の前提が海外からの投資であるという状態は、今後も継続するであろう。中国共産党政府は、少なくとも平等の実現を志向する共産主義の建前から乖離した政策を続けざるを得ないのである。文化大革命の時期、「走資派」として批判の憂き目に遭った鄧小平の執政は、実態としては、その共産主義体制を骨抜きにしたのである。
 このように考えれば、日本が「俵物三品」のような中国国民垂涎の品物を適切に調達できるということは、既に触れた対中関係における「安定」だけではなく、「優位」をも担保するものになるかもしれない。兎角、国際政治における優勢と劣勢を語る折には、軍事や経済における権勢の差が問われるものであるけれども、「他国を惹き付ける条件」をどれだけ備えているかということもまた、そうした広い意味での権勢に関わっているのである。元禄年間前後以降、「俵物三品」は、日本にとっては、「中国を惹き付ける条件」の一つであった。日本は、「俵物三品」に類する条件を今後、どれだけ多彩に用意できるのであろうか。安定した対中関係を構築し、無理の少ない対中戦略を展開するためにも、こうした考慮は大事なものになるであろう。
 『月刊自由民主』(2007年6月号)掲載

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「学者生活」カテゴリの記事

Comments

僕がコメントに書いたポマティア養殖の話が、雪斎さんのフランスでの食事にまで影響を与えてしまったんですか。
あの記事を書いた日経BPの記者も、この展開は予想できなかったでしょうね。これもネットの醍醐味でしょう。(笑)

中国と食と言えば、最近中国から輸出された食品や医薬品による被害が相次いで報道されていますね。こうなると、中国の富裕層の中には、中国産の食品を信用せずに、食品は安全な日本から輸入する人も出てくるのかもしれません。その傾向が広がっていくと、俵物三品だけではなく、中国人富裕層の食全体を日本が支えることになります。日本の商社にとっては、これは一大チャンスかも。(笑)

Posted by: Baatarism | May 26, 2007 at 07:35 PM

・baatarism殿
 この傾向で行くと、中国では「食」における国内格差が深刻化する。そのうち中国共産党高官か富裕層の奥方が、口を滑らせる。「パンがなければ、ケーキを食べればいいのに・・」。中国共産党体制崩壊の始まりであった…。
 冗談です。だけど、「食い物の恨みは恐ろしい」のは、普遍でしょう。「食」の格差が中国社会に与える影響のことは注視しておく必要があると思います。

Posted by: 雪斎 | May 26, 2007 at 08:07 PM

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2006&d=0702&f=column_0702_006.shtml

日本のブランド食材ですが、本物が輸入されるよりも先に偽物の方が既に出回っているようです。これを考えると、中国の、高級食材の潜在的な需要はトンでもない規模になりそうですね。中国向け食材のブランディングなども、今後盛んになったりするのでしょうか。

Posted by: Yt | May 26, 2007 at 08:37 PM

雪斎さん

こんばんは

某貿易会社の社長から聞いたのですが、香港をはじめ、中国の富裕層は、無農薬の値段も高い野菜などを、日本から取り寄せて、もう食しているそうです。食の格差もスピード・アップするのでしょうか。

あと、ドゴールの本や、現代の古典と呼ばれる本を、ネット検索したりして、探してはいるのですが、ないですね。それか、異常に高いかです。。。涙

名著は、復刻してもらいたいものです。

時差ボケは、もう大丈夫ですか?

Posted by: forrestal | May 26, 2007 at 10:17 PM

世界に流通している物のほとんどはアフリカマイマイ、
と聞き、
http://www.pref.aichi.jp/eiseiken/5f/kanton.html
が気になった次第です。

本物のエスカルゴの場合はどうなのかは分かりませんが。

まあ、流通している物は缶詰になった物がほとんどだそうですし、ちゃんと加熱されているなら問題ないのでしょう。

Posted by: MUTI | May 27, 2007 at 10:23 AM

「食」における国内格差というと、以前にも紹介したフランスの「平等パン」の話を思い出します。フランス革命はパン革命でもあったわけです。
やはり、食い物の恨みは恐ろしいのでしょう。(笑)

前に紹介したリンクは切れていたので、こちらをどうぞ。
http://togami.at.webry.info/200503/article_11.html

Posted by: Baatarism | May 28, 2007 at 10:03 AM

雪斎殿
お帰りなさいませ。
ポマティア養殖成功のお話が、あちらに伝わりましたようで、本当に嬉しく思います。
Baatarismさまの粋な情報提供をすかさず貴重な「オタク」の存在と日本の魅力というお話にしてしまわれるとは・・・

本物のエスカルゴは料理法が忘れ去られつつあるとか。ついでに、わが国の醤油との融合でより美味しくなればと夢想しています。

Posted by: SAKAKI | May 28, 2007 at 11:05 AM

今日発売の週刊プレーボーイに、三重のエスカルゴオヤジこと高瀬俊英さんの記事が載ってました。本人のインタビューもありましたが、フランスではポマティア流通を牛耳っているマフィアと交渉したり、日本では、ポマティアを有害動物と指定していた農水省と交渉して指定を取り消させたりと、ものすごい交渉力も持っているようです。
ここまでものすごいオヤジなら、是非一度麻生外相と対談して欲しいものです。麻生さんの講演のネタも増えるでしょう。(笑)

その週刊プレーボーイの記事の最後に、最近フランスの有力紙に日本のエスカルゴ養殖の記事が載ったという話があったのですが、これは雪斎さんの話がフランスで広がった結果なんでしょうか?(笑)

Posted by: Baatarism | June 04, 2007 at 12:29 PM

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Tracked on May 26, 2007 at 11:51 AM

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