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May 19, 2007

フランスから帰国

■ パリから帰朝した。実に濃密な十日間であった。
 これから、訪仏で得たことを自分なりに咀嚼する必要がある。
 とりあえず、印象深いことを一つだけ記しておく。
 とあるフランスの雑誌のテレビ・コマーシャルには眼を向いた。
 それは、次のような按配である。
 「一人の男が、路地を歩いている。突然、男の眼の前に群衆が現われ、男に向かって走り寄っていく。男は、群集に恐れを為し、引き返して一目散に逃げていく…」。
 これは、昔、ビートたけしさんが出ていたお笑い系番組での演出そのままである。
 北野武という才能の持つ名声を痛感する一瞬であった。

■ 下掲は、『毎日新聞』文化面に寄せた原稿である。パリに着いて最初にしたことは、この原稿のゲラをチェックすることであった。その意味でも、思い出深い原稿になるであろう。
  □ 「善意」と「独断」の今昔―ハルバースタム逝去
 デーヴィッド・ハルバースタムが逝去した。ハルバースタムが題材として採ったのは、一九五〇年代から二〇〇〇年代に至る米国の様々な断面である。『ザ・フィフティーズ』、『ベスト・アンド・ブライテスト』、『メディアの権力』、『覇者の驕り』、『静かな戦争』といった著作は、日本の人々に対しては、「最も身近な異国」としての米国の素顔を伝えた。ハルバースタムは、日本では最も高名な米国人ジャーナリストであった。
 就中、マクジョージ・バンディやロバート・S・マクナマラに代表されるように、ジョン・F・ケネディとリンドン・B・ジョンソンの二代の政権に参集した「最も優秀にして最も聡明な人々」の軌跡を扱った『ベスト・アンド・ブライテスト』は、ハルバースタムの代表作であるだけではなく、往時の米国政府部内の雰囲気を知る基本文献でもある。ヴェトナム戦争は、「米国が敗北した戦争」と評される。その「敗北した戦争」に米国を追い遣ったのは、「愚劣にして無知蒙昧な人々」ではなく、「最も優秀にして最も聡明な人々」であった。このヴェトナム戦争という悲劇の裏に潜む「逆説」に焦点を当てたことにこそ、『ベスト・アンド・ブライテスト』が名著とされる所以がある。
 ハルバースタムが描いた「最も優秀にして最も聡明な人々」の挫折の理由は、その「善意」と「独断」にある。第一次世界大戦を経て第二次世界大戦を機に国際政治の舞台に本格的に登場した米国にとっては、「自由と民主主義」の理念の正しさは疑うべくもなかったし、それを広める政治、経済、軍事上の権勢も担保されていた。そして、二十世紀の米国の歩みとともに人格を形成した「最も優秀にして最も聡明な人々」にとっても、そうした祖国の歩みに関わることの意義は明白であったし、それを裏付ける自らの才覚への確信もあった。しかし、そうした「善意」や「確信」は、ヴェトナムでは通用しなかった。米国における合理性の粋を集めた機関銃がヴェトナムの戦場では使えなかったという挿話は、その「善意」と「確信」の限界を象徴的に示している。その意味では、「最も優秀にして最も聡明な人々」は、個人の資質の上でも彼らが導いた米国の国家としての性格の上でも、「善意」と「独断」を体現した人々であったのである。
 そして、この「善意」と「独断」の織り成す風景は、ジョージ・W・ブッシュ麾下の米国政府がイラク戦争に踏み込んだ折にも再現され、米国をヴェトナム戦争時にも似た苦境に追い込んだ。冷戦下の米ソ対立が頂点に達したケネディ政権期ならばともかくとして、「冷戦の終結」を経て「ハイパー・パワー」(hyper power)と呼ばれる程の権勢を誇るブッシュ政権期に至っても、米国の足を掬っているのは、自らの「善意」と「独断」である。米国における「冷戦終結前」と「冷戦終結後」は、確かに連続しているのである。
 「米国は、外に出掛けて怪物を退治するようなことはしない」。一八二〇年代後葉、ブッシュと同様に二世大統領として米国の執政を担ったジョン・Q・アダムズは、このように語った。アダムズは、若き日に米国草創期の外交官として欧州諸国に赴任し、国際政治の現実を知った。このアダムズの言葉に反映されているのは、人間の世界では「非合理」が支配するとともに国際政治の世界には国々の数だけ「正義」があるという現実を前にして、素朴な「善意」や稚拙な「独断」で相対するのは危ういことであり、それ故にこそ米国は能力の及ぶ以上のことをしないという「知恵」への認識である。ケネディ・ジョンソン両政権期の「最も優秀にして最も聡明な人々」には、この「知恵」への認識が欠落していたし、その事情は、「ウルカヌス」と呼ばれたブッシュ政権期の幕僚においても、然程、変わってはいない。米国は、今後、二十世紀以降には忘れられた草創期の「知恵」の一端を思い起こすことができるのであろうか。
   『毎日新聞』(2007年5月16日)文化面掲載

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Comments

雪斎さん

おかえりなさい。無事帰られて何よりです。新大統領下のフランス、パリは、賑やかだったのでないでしょうか。

サルコジ大統領は、これまでとは、違う、何か意表をつくような、そんな新しいことをやってくれそうな気がします。もうすでに、これまでの大統領とは、キャリアも異なりますし。

ぜひ、お勧めしたいパリのカフェがあったのですが、サルトルや、ボーヴォーワール、カミュなどが、熱く議論した有名なカフェなんですが。

私の方は、風邪で、完全にダウンしておりました。情けないです。。。

ハルバースタム氏の事故死は、ショックでした。次回作は、朝鮮戦争ものだったらしいので、楽しみにしていただけに。

Posted by: forrestal | May 20, 2007 at 05:37 PM

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