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May 22, 2007

騎士と武士

■ 城山三郎氏の「お別れの会」が開催されたそうである。辻井喬氏の弔辞が印象に残った。曰く、「(城山氏は…)、人を主義主張ではなくサムライかどうかで判断した…」。

 パリ滞在中、実質最終日の日程に組まれていたのが、シャルル・ド・ゴールの隠居先と墓所の訪問であった。ド・ゴールの隠居先は、パリから東に260キロ離れた小村、コロンベ・レ・ドゥ・ゼグリーズにある。パリを午前7時に出発して、高速道路を最大時速170キロぐらいで飛ばして、午前9時半近くに着いた。雨が降っていた。
 ド・ゴールの隠居先は、一階に24畳くらいの部屋が二つくらいあるだけである。一番奥には、12畳くらいのド・ゴールの書斎があった。ド・ゴールの生前には、自身と夫人しか入れなかったところである。世界史に名を残した指導者の隠居先としては、余りにも小さな空間であった。普通、日本人は、このようなところにまで足を運ぶことはないであろうと思った。
 隠居後のド・ゴールの生活を支えたのは、陸軍准将としての年金だけである。ド・ゴールは、首相・大統領を務めた人物として当然に受け取るべき恩給も、辞退していた,。遺言には、「位階、勲章の類は、内外のものを問わす一切無用」と記されていた。「国葬もやるな」がド・ゴールの意向であった。ド・ゴールには、著作による印税収入があったけれども、その収入ですら、重度身体障害者として生まれ夭折した次女を記念して創設した財団に寄付していた。
 「命もいらず名もいらず。官位も金も望まざる者は御し難きものなり。然れどもこの御し難き人にあらざれば艱難をともにし国家の大業は計るべからず」。
 『西郷南州遺訓』の有名な一説である。この西郷の言葉は、ド・ゴールの足跡とも重なり合う。日本の「最後のサムライ」とヨーロッパ騎士道の伝統に連なる「救国の英雄」には、誠に芳しき共鳴関係がある。城山氏も、冥界で西郷やド・ゴールに取材しているのではないかなと想像する。

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Comments

でも空港に名前がついています(ミッテランは図書館でしたっけ?)。あれだけでかい空港に名前がつけば、他は遠慮してもいいや、というのは庶民の感覚ですか。

在任中に大きい公共事業をひとつこなして、それに自分の名前をつける代わりに、引退後は我慢するのが暗黙の了解、なんていう文化でもあるのかもしれません。「俺の名前がつくからには実用的なものを」と励む効果も期待できますし。

それとは別に、向こうの人たちは、なんでも自分の名前をつけるのが大好きですよね。科学系なんかは特に。

Posted by: とおりすがり | May 22, 2007 at 09:59 AM

>在任中に大きい公共事業をひとつこなして、それに自分の名前をつける代わりに、引退後は我慢するのが暗黙の了解、なんていう文化

古代ローマがそうでしたね。フランスのことだから、そんなところでもローマを継承しているのかも。

Posted by: Baatarism | May 22, 2007 at 10:18 AM

>在任中に大きい公共事業をひとつこなして

 ド・ゴールの没年が1970年、空港の開港が1974年であることから、むしろ没後に彼を偲んで名づけられたものではないかと思います。

>古代ローマがそうでしたね。

 古代ローマでは、あれを自費で行っていたそうですね。憧れます。

Posted by: 別のとおりすがり | May 22, 2007 at 12:38 PM

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