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May 07, 2007

パリ出発前日

■ パリまでの道中には、正味16時間かかる。日本時間明日午前に出発して、現地到着が夕刻である。
 このエ-ル・フランス機中の時間は長い。何をしようかと思う。
 SDプレーヤーにブルックナーの交響曲全集を入れて、それを機内でぶっ通しで聞くことにした。
 「「ふらんすへ行きたしと思へども、ふらんすはあまりに遠し」と詠んだ萩原朔太郎が生きた時代は、確かに遠い。

■ パリ出発前に載せた最後の原稿である。パリ旅行中に雪斎が客死するようなことがあれば、これは、雪斎の生前最後の原稿になる。「遺稿」になるものも。二、三ある。
 些か時代がかった物事の言い方になったかもしれないけれども、昔日の日本人は、それほどの緊張感を以って、海外に出ようとしたはずである。そういう意識の「古層」を思い出してみる。
 □ 日米関係と「剣」 
 安倍晋三総理が標榜する「戦後レジームの見直し」に向けた政策上の一里程と目されているのが、集団的自衛権に関して、「保有すれども行使できない」という従来の政府解釈を見直すことである。「戦後レジームの見直し」という言辞が与える印象とは裏腹に、そこで問われているのは、結局のところは、どのように米国との同盟を軸にして歩んだ戦後の所産を継承し、生かすかということでしかない。集団的自衛権行使の許容という日米同盟の実質性を高める議論は、そうした文脈で行われるべきものである。折しも、四月下旬、有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が政府部内に設置され、集団的自衛権行使の事例研究が始まろうとしている。
 集団的自衛権行使に関しては、一つの誤解がある。それは、「集団的自衛権の行使を認めれば、同盟国である米国の都合で始められた戦争に否応なく巻き込まれてしまう」という誤解である。確かに、イラク戦争の際の経緯が世に与えた印象からすれば、そうした懸念を抱く人々が少なくないのは、決して不思議なことではない。小泉純一郎前総理麾下の日本政府は、開戦直後に対米支持を表明し、終戦後には自衛隊部隊をイラクに派遣する決定を下した。こうした経緯は、政府の対応に「対米追随」として批判的な眼差を向けていた人々をして、「集団的自衛権行使の制約がなければ、自衛隊も米英両軍と戦闘に加わっていたであろう」という感慨を抱かせるのである。
 しかし、小泉内閣の対応は、当時の日本の置かれた環境を踏まえれば、止むを得ざるものであった。イラク戦争に至る過程では、ジョージ・W・ブッシュ大統領麾下の米国政府の対応には、米国内外から様々な異論が示された。こうした異論に与する選択が日本政府にとって考えられなかったのは、集団的自衛権行使の制約を外せない故に同盟国としての義務の履行に支障を来たしている一方で、北朝鮮の「核」の脅威に直面していた日本にとっては、対米支持を鮮明に打ち出すことが同盟国としての最低限の信義の表明であったからである。小泉前総理の宰相としての卓越性は、その「止むを得ざる選択」を「果敢な決断」として演出し、日米関係における未曾有の「蜜月」の時節を招来させたことであった。
 もっとも、もしイラク戦争開戦の時点で日本が「普通の国」として集団的自衛権を行使できる立場を手にしていたならば、たとえば独仏両国のように、米国政府の対イラク政策に異論を差し挟む選択を考慮することは、充分に可能であったはずである。集団的自衛権を行使できるということが意味するのは、自衛官が危険に曝される蓋然性が高まるということであり、その故にこそ、日本は米国に対して軍事行動の際の「慎慮」を強く要求できるようになるのである。集団的自衛権行使の許容が、「戦争への動きを止める条件」にもなり得るということの意味は、真面目に留意されるべきであろう。
 「柳生の剣は、人を殺すための剣に非ず、人を活かすための剣なり」。家康、秀忠、家光の徳川将軍家三代に仕えた柳生宗炬が後世に伝えた剣の心得は、この『兵法家伝書』中の言葉に集約される。「剣」が天下泰平を支えるためのものであるという事情は、実は平成の御代に至っても何ら変わらない。米国は、ヴェトナム戦争でもイラク戦争でも、「邪悪」を放逐し「正義」を実現するという善意と独断の入り混じった動機に依って「剣」を抜き、そして自らを苦境に追い込んだ。日米同盟が国際社会における「公共財」のようなものになっている以上、米国がそのような愚策を繰り返さないように制止するのは、同盟国としての日本の責任である。集団的自衛権行使の制約を外すという選択は、その際の「対米説得力」を担保する条件の一つなのである、
  『東奥日報』(2007年5月6日)掲載

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