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April 09, 2007

「明治ナショナリスト」の柔軟さ

■ 昨日、石原慎太郎氏が東京都知事三選決定である。石原さんの選挙キャッチ・フレーズの一つは、「少しは反省してよね。だけど、やっぱり石原さん」というものであったけれども、これは、確かに上手いものであったといえよう。かなり原理主義的な「石原嫌い」層は別として、大方の平均的な都民の意識もまた、、「少しは反省してよね。だけど、やっぱり石原さん」というものであったに違いないからである。
 石原さんは、巷間、「ナショナリスト」としての相貌が強調されるけれども、その反面、かなりの柔軟性を持つ人物である。こうした「自虐的」な意味合いを持つフレーズを使えるところに、その柔軟性が示されている。
 それにしても、石原選対の本部長が佐々淳行さんであったというのも、最初知ったときは驚いた。「佐々さんが指揮官ならば、『選対』というよりも『戦隊』という風情だな」と思ったのである。

■ ところで、「ナショナリスト」の柔軟性でいえば、次の記述は参考になる。 
 
 「すなわち自由主義は吾輩の単一なる神にあらざるなり、吾輩は或る点について自由主義を取るものなり、ゆえに吾輩は自由主義もとよりこれに味方すべし、然れども吾輩の眼中には、干渉主義もあり、また進歩主義もあり保守主義もあり、平民主義もあり貴族主義もあり、おのおの適当の点に据え置きて吾輩は社交および政治の問題を裁断すべし。かのスタール氏は吾輩に最良の説を供出せり。『歴史ありて今日に至るまで種々の主義は世に起これり、この諸主義はみな人間の同一なる動機より生じたるものなればいずれも人間の真理を包有せざるはなし、ただその一個を主張するものは極点までこれを主張す、ゆえに他の一と相容れざるに至り、しかして誤謬を犯して自ら知らざるなり』と。吾輩は不敏といえども請うこの説を服膺しもって日本国民の隆昌を謀らん」。
   ―陸羯南『近時政論考』―

 明治期の政治評論といえば、誰でも福沢諭吉のことを思い浮かべる。しかし、雪斎は、陸羯南の言論にも、共感を抱いてきた。陸は、明治政府主導の性急な西洋化に疑義を唱える一方で、日本の「伝統」を擁護した故に、現在では「明治ナショナリストの典型」として位置付けられている。
 前に引用した陸の言葉は、「社会主義」であろうが「共産主義」であろうが「保守主義」であろうが、そのような諸々の主義は相対的なものだという意味に解することができる。
 加えて、「ただその一個を主張するものは極点までこれを主張す、ゆえに他の一と相容れざるに至り、しかして誤謬を犯して自ら知らざるなり」という件を読めば、陸に代表される「明治ナショナリスト」と現在、雑誌「諸君」「正論」辺りに盤居する「平成ナショナリスト」の途方もない落差が実感される。「一個を主張するものは極点までこれを主張す、ゆえに他の一と相容れざるに至り」というのは、「平成ナショナリスト」のことを指しているようなものであるからである。雪斎は、「平成ナショナリスト」の実態は、その思考態度において、「裏返しの共産主義者」なのではないかと思っている。「平成ナショナリスト」の言論の底が浅いのも、当然であろう。
 「日本国民の隆昌を謀る」。この一事を外しさえしなければ、どのような思考を組み立てても、何ら恥じることはない。陸は、そうした柔軟な言論の意義を伝えている。それ故にこそ、陸が主宰した新聞「日本』には、三宅雪嶺、志賀重昂、正岡子規、長谷川如是閑、古島一雄といった人材が集ったのである。陸は、「ナショナリズム」と「リベラリズム」の融合を目指したと評されているけれども、雪斎も、陸の想いには大いに心惹かれる。実際、「『昭和のナショナリスト』は愚昧だったが、『明治』は…」という意味合いで陸を評価したのは、丸山真男だったのである。
 下掲は、昨日付青森県紙「東奥日報」に載せたコラムである。青森との「縁」を確認するためにこそ、「郷土の偉才」である陸羯南の言論を題材にした。青森県で高校までの雪斎のことを覚えている人々がいれば、「雪斎は元気です」と挨拶代わりの意味を込めた一編である。「故郷は遠きにありて思ふもの…」か。

  □ 陸羯南の言論を振り返る
 「すなわち自由主義は吾輩の単一なる神にあらざるなり、吾輩は或る点について自由主義を取るものなり、ゆえに吾輩は自由主義もとよりこれに味方すべし、然れども吾輩の眼中には、干渉主義もあり、また進歩主義もあり保守主義もあり、平民主義もあり貴族主義もあり、おのおの適当の点に据え置きて吾輩は社交および政治の問題を裁断すべし」。
 明治言論界の巨峰であった陸羯南が著した『近時政論考』の最終部には、このような記述がある。陸は、明治前期の藩閥政治や官僚制度に激しい批判を加えつつ、明治政府主導の性急な西洋化に疑義を唱える一方で、日本の「伝統」を擁護した。故に、陸の論調は「国民主義」と呼ばれ、陸自身は現在では「明治ナショナリストの典型」として位置付けられている。しかし、陸の「国民主義」それ自体は、ナショナリズムとリベラリズムの融合を目指すものであった。実際、陸が主宰した新聞「日本』には、三宅雪嶺、志賀重昂、長谷川如是閑、古島一雄といった人材が集ったけれども、陸の「国民主義」におけるナショナリズムの側面を継いだのが三宅や志賀であり、そのリベラリズムの側面を継いだのが長谷川あったということになる。こうした陸の相貌は、現代の人々の眼には、無定見、無節操と映るものであるかもしれない。しかし、陸は、人間の諸々の主義主張には、どのようなものであれ真理を含まないものはないが故に、「一つの主義主張を極点まで追うことによって他と相容れない状態に至り、自ら錯誤を犯しても気付かない」愚昧を認識していた。陸にとって大事であったのは、「日本国民の隆昌を謀る」ことであった。前に引用した『近時政論考』の記述は、そうした単一の主義主張に耽溺しない陸の姿勢を示しているのである。
 幕末・安政年間に弘前藩医の家に生まれた陸は、日本が帝国主義の渦の中に巻き込まれた明治前半の時代の空気を吸いながら、言論活動を続けた。陸が生きた時代の雰囲気は、「冷戦の終結」以後、「グローバリゼーション」の流れが世界を席巻している平成の御代の雰囲気とは何と似通っていることであろうか。振り返れば、「ベルリンの壁の崩壊」という世界史上の一大変動から既に十八年、日本の政界の構図を規定してきた「五十五年体制」の崩壊からも十四年近くの歳月を経た今、「グローバリゼーション」の奔流の中にある日本の今後を展望する上でも、柔軟にして多様な「公論」が要請されているはずである。にもかかわらず、現在の日本では、冷戦期の保革二項対立の図式に囚われた議論が、依然として何の衒いもなく展開されている。陸にしてみれば、こうした硬直した議論こそが、「一つの主義主張を極点まで追うことによって他と相容れない状態に至り、自ら錯誤を犯しても気付かない」議論に他ならなかったのであろう。
 陸は、薩長土肥四藩出身者が幅を利かせた明治期の社会体制の中では、明らかに傍流の存在であった。しかし、その傍流の存在が、後の時代の言論界への種を蒔いた。戦後を代表する碩学・言論家であった丸山真男も、陸の言論を評価した。冷戦終結以後の「グローバリゼーション」の進展への適応は、小泉純一郎前内閣期に「構造改革」の名の下に劇的に進められたけれども、その劇的な適応の帰結として、様々な「格差」の浮上が指摘されている。十九世紀後半の帝国主義潮流に適応するために明治政府が断行した「富国強兵」路線もまた、日本の諸々の制度を根底から築き直す「構造改革」の趣きを持っていたけれども、陸は、その明治期の「構造改革」を前にして誠に豊饒な言論を展開したのである。とすれば、平成の御代においても、陸が「日本国民の隆昌を謀る」という一点に拠って展開した言論の意義は、再び確認されるべきものかもしれない。奥州の地は、再び陸に類する人材を輩出できるのであろうか。
『東奥日報』「きょうを読む あすを考える」欄(2007.04.08)

■ 今夜の一枚
  グスタフ・マーラー  交響曲《大地の歌》
   ナン・メリマン(メッゾ・ソプラノ)、エルンスト・ヘフリガー(テノール)
   ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、指揮:オイゲン・ヨッフム

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Comments

雪斎さん

毎日の記事で知ったのですが、石原慎太郎氏が、100票差でもいいから、勝ちたいと、選対本部長を、佐々淳行さんに頼まれたそうです。又、最近は、いろいろな仕事があるなあ感じたのですが、選挙プランナーを雇っていたそうです。

この度のこのキャッチ・フレーズや、政見放送、その他、メディアでの対応も、そのプランナーが考えたのかもしれませんね。

陸羯南(くが かつなん)の『近時政論考』は、ページ数的には、それ程、多くないですが、じっくり読み込める本ですね。

岩波文庫版を学生の頃、古本屋で、買いました。

Posted by: forrestal | April 09, 2007 at 10:15 AM

う~ん、私は浅野さんの政策はよかったと思います。
ただ・・・やはり応援団が問題でしたね。本来なら石原さんの土台となる部分を切り崩すべきところを石原さんを否定するだけの層に食い込んだところが失敗でしたね。

この圧勝はまさにブッシュ以外なら誰でもよいというあの教訓が生かされなかった。雪斎さんの慧眼、感服するばかりです。

その応援団は様子見てるとまた反省の色なしで創価学会だの佼成会だのの組織票頼みのせいで自分たちの不徳という事を考えてない。浅野氏を押すことにしたのは悪くなかったものの、共産党の応援団とのどろどろの構想や自らの憎悪に敗れた事をどう考えるのか。これは大きな課題です。

正直次は浅野さん、自民党から出れば石原さんの後始末で当選確実です。次回はもっと腹をくくって出馬すべきでしょう。

さて、当選した石原さんですが、一言「前途多難」ですね。
オリンピックの招聘など、正直途上国からの反発を招いて、カネは儲かっても、その他の面ではマイナスになりかねない。インドやアフリカに票をゆずってその代わり・・・・というカードに使おうというのなら大賛成ですが、ニュースではなんとアメリカともぶつかりそうとか。正直安部さんの失敗を繰り返すのではないかと嫌な予感がします。

王になるより王として何をなすか。

石原さんがフセインのように倒れたら東京大混乱というのではしゃれになりません。あくまで日本の国益にそったもので合って欲しいと思います。
どこまで柔軟になれるか。勝負ですね。

Posted by: ペルゼウス | April 09, 2007 at 11:26 AM

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