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April 27, 2007

卜部日記

■ こういう史料が出る瞬間というのは、本当にわくわくさせられる。
 □ A級戦犯合祀が御意に召さず、侍従日記に昭和天皇の不快感
                   4月26日14時33分配信 読売新聞
 昭和天皇に仕えた故・卜部(うらべ)亮吾元侍従の日記に、昭和天皇が靖国神社への参拝を取りやめた理由について「直接的にはA級戦犯合祀(ごうし)が御意に召さず」と記されていることがわかった。
 昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示していたことは富田朝彦・元宮内庁長官の日記で明らかになったが、その事実が改めて確認された形だ。
 卜部日記は、1969年に侍従となってから32年間に及び、横書きの日記帳33冊に記されていた。日記は卜部元侍従の生前に朝日新聞社に託され、出版を予定している同社が26日に一部を公開した。
 靖国神社に関する記述は、88年4月28日の「お召しがあったので吹上へ 長官拝謁のあと出たら靖国の戦犯合祀と中国の批判・奥野発言のこと」と、2001年7月31日の「靖国神社の御参拝をお取り止めになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さず」の2か所。4月28日の「靖国」以降の記述には赤い下線が引かれていた。

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April 24, 2007

「北」の三題

■ 来年の主要国首脳会議首脳会合は、北海道洞爺湖町で開催されることが決まった。「リゾート地開催」という近年の潮流に乗った結果である。
 安倍晋三総理が決めたことらしいけれども、雪斎は、この決定を大いに歓迎する。
 因みに、北海道大学関係者だと必ずお世話になっているのが、「大滝セミナーハウス」である。それは、洞爺湖に隣接している。北海道は、冬場の厳しささえ凌げれば、六月、七月は、本当に「いい時節」であるけれども、大学に入りたての頃に、こういうセミナーハウスで時間を過ごせば、物事の見方は確かに変わる。
 「リゾート」というのは、人間の精神活動には、大事な環境であろう。特に、究極の精神活動である「政治」においておや…。

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April 22, 2007

安倍総理のインタビュー

■ 訪米への準備は、出来ているといったところであろうか。
 

□ 訪米で日米同盟のさらなる強化に意欲-安倍首相=官邸筋
                    4月21日15時23分配信 ロイター
 [東京 21日 ロイター] 官邸筋によると、安倍晋三首相は、26、27日の訪米を控えて17日に米メディアとのインタビューに応じ、訪米で日米同盟をさらに強固なものにする意欲を示すとともに、ブッシュ大統領との会談では北朝鮮政策について突っ込んだ話し合いをしたいと語った。また、日本経済を力強く成長させ、世界に貢献したいとも述べた。 
 インタビューで安倍首相は、訪米の狙いについて「今回の訪米を機に、さらに信頼関係を強め、日米の同盟関係を揺るぎないものにしたい。より幅広く、深いものにしていきたい」とし、大量破壊兵器の拡散や地域紛争の頻発など安全保障環境が変化するなかで「日米同盟をより強化していくことが、日本や地域、世界の平和と安定に資する」との認識を示した。
 また、安倍首相は従軍慰安婦問題について「当時の慰安婦の方々に対し、人間として心から同情する。そういう状態に置かれたことに対し、日本の総理として大変、申し訳ない」と謝罪。その上で「われわれは、歴史に対して常に謙虚でなければならないし、常に私たち自身の責任に思いをいたさなければならない」と日本の責任に言及した。     
    …中略
 経済政策については「私は日本経済を力強く成長させていくことを約束している」とし、そのためにはイノベーションやFTA(自由貿易協定)、EPA(経済連携協定)の拡大などオープンな姿勢が不可欠と強調。5年間で対日投資を倍増させたいと述べるとともに、5月からの三角合併の確実な実行を強調した。
 その上で「幸い景気は回復基調にある。力強く経済を成長させていくことによって、さらに世界に貢献していきたい」と述べた。 
   …後略

 この『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙とのインタビューは、「慰安婦案件での責任を認めた」という点がクローズ・アップされて紹介されている。
 振り返れば、シャルル・ド・ゴールは、アルジェリア独立問題に際して、往時のフランス政府と「保守・右翼」層の矛盾する期待が交錯する中で政界に復帰した。フランス政府は、「ド・ゴールならば、うるさい右の連中を懐柔してくれるであろう」と読んだし、「保守・右翼」層は、「ド・ゴールならば、アルジェリア独立への動きをを止めてくれるはずだ」と期待したのである。ド・ゴールは、実際には、そうした「保守・右翼」層の期待を裏切る選択をして、アルジェリア独立への道筋を付けた。戦後のアジア・アフリカにおける植民地独立の流れの中で、フランスがアルジェリア植民地をを維持することの根拠は、薄弱であったからである。ド・ゴールは、その政治選択の故に、「保守・右翼」層の過激派からは命を狙われ続けたのである。映画『ジャッカルの日』は、そうしたフランス社会の緊張を題材にしている。
 この伝でいくと、雪斎は、此度のインタビューで安倍総理が訪米に際しての懸念材料を潰したことは、評価できると思っている。日本の「保守・右翼」層は、この対応に失望するであろうけれども、そうした層の満足を得るのが、執政の目的ではない。こういう対応をきちんと取り続ける限りは、雪斎は安倍総理の執政を支持できるというものである。

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April 20, 2007

「したかったこと」と「したこと」

■ フランス行きの件のエントリーに付き、色々とコメントその他を頂いている。ありがとうございます。
 ということで、色々な準備を始めている。
 今度の渡仏は、十日近くの長丁場なので、色々なことを考えている。
 ただし、フランスで、どこに引き回されるかは判らないので、ほとんど「闇鍋」を突っつく状態で十日を過ごすことになるのであろう。
 

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April 18, 2007

不愉快な二題

■ 昨日のニュースは、米国での銃乱射事件がトップ項目で伝えられる。容疑者が韓国人留学生であったと特定されたそうである。米国史でも、最悪の部類に属する事件であるらしい。
 韓国ドラマ・フリークである雪斎の母親によれば、「登場人物は、韓国国内で辛いことがあると、逃げるようにして米国に留学名目で旅立つ」というパターンが矢鱈に多いそうである。凶行に及んだ韓国人留学生には、どのような「志」があったというのであろうか。
 この事件が米韓関係に与える影響は、どのようなものか。韓国メディアは、そのことを憂慮しているようである。日本に先んじて米国とのFTA合意に達したことを「快挙」とした論調が目立った故に、この事件は、そうした高揚感に冷水を浴びせるものであるのは、間違いないと認識されているのであろう。米国国民が、「一個人の凶行」を「だから韓国人は…」という議論に転化させないとは思うけれども、それにしても、米国国民の「感情」どのように変化するかはわからない。
 「他国に赴くときは、『客』として赴くのであるから、『客』に相応しい振る舞いをしなければならない」。外国が身近になればなるほど、こうした感性は大事なものになるであろう。

■ 昨日夜、帰宅したら伊藤・長崎市長狙撃の報を聞いた。本日未明、市長は息を引き取ったそうである。誠に残念な結果になったと思う。近代以降、政治家の「暗殺」の事例は、枚挙に暇がない。
 大村益次郎、大久保利通、森有礼、伊藤博文、原敬、犬養毅、濱口雄幸、高橋是清、井上準之助、浅沼稲次郎…。政治家は、本当に「命がけの仕事」だと思う。今の日本人は、そうした「命掛けの仕事」をきちんとと評価しているであろうか。
 しかし、それにしても、伊藤市長暗殺の容疑者が山口組関係者であったというのは、ちょっとした驚きである。日本の「極道の世界」には、こういう「政治テロ」に手を染めないという不文律があったと思うのであるけれども…。日本の「極道の世界」は、変質し始めているのであろうか。それとも、高倉健さんの「任侠ワールド」を観て育った雪斎の感覚が古いのか。

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April 17, 2007

維新一四〇年

■ 少しネタは古いが、「ほお」と思った話である。東北人の微妙な神経には、配慮したということであろうか。
 

□ 「先輩が迷惑掛けた」=長州と会津、140年目の和解-参院補欠選で安倍首相
                            4月14日23時2分配信 時事通信
 参院補欠選応援のため福島県入りした安倍晋三首相は14日、会津藩の居城・鶴ケ城のある会津若松市でも街頭演説。戊辰(ぼしん)戦争(1868年)で長州藩などの政府軍が会津藩を降伏させたとあって、首相はマイクを握ると「わたしは山口県の出身。先輩がご迷惑をお掛けしたことをおわびしなければいけない」とまずは陳謝した。
 さらに「安倍という姓の由来は、(平安時代に源頼義・義家親子と戦った)岩手、青森の安倍一族。元は仲間だと思っていただきたい」と強調し、「これからは一緒に素晴らしい会津をつくっていこう」と呼び掛けた。これには集まった聴衆から笑いと拍手が起こっていた。

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April 16, 2007

フランスとの「縁」

■ 前のエントリーでフランス行きの件について書いた。
 ただし、この件に関しては、「何故、雪斎が招かれることになったのか」は、依然として「謎」である。
 雪斎は、フランス語を話せない。特にフランスを強調して何かを語ったということもない。
 つまり、雪斎にとっては、フランスは、まったく「思潮・嗜好、感情などで色の付いていない国」なのである。
 最初に招聘の打診を受けたとき、雪斎の「人物月旦」が詳しく出来上がっていることを知った。。
 「ああ、フランス政府も結構、調べ上げていたのね…」と思った。

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April 14, 2007

春の週末

■ 静かな夜である。
 「永田町」から撤退した後、時間の流れが緩やかになっている。

■ フランス行きの準備を本格的に始める。
 来月連休明けにフランスに行くことになった。
 フランス共和国政府の招聘によって、十日近くフランスを見聞することになる。
 どこに連れて行かれるのかは、フランス政府が決めることなので、まだ判らない。
 駐日フランス大使館から「どこか往きたいところがあるか」と問われたので、「シャルル・ド・ゴールの墓所」と応えておいた。ド・ゴールの逝去時、国葬に半ば強引に参列したヘンリー・キッシンジャーと同じ感覚である。「二十世紀を代表する偉大な外政家」、「政治の芸術家」には、敬意を表しておきたい。そういう想いが先に立った。
 このフランス行きには、雪斎の母親も同行する。
 フランス政府も、重度障害を持つ雪斎のような「手間のかかる男」をよくぞ招く気になったものだと思う。
 ところで、雪斎の母親にとっても、フランスは、「憧れの土地」である。
 雪斎に妻がいれば、当然に妻を帯同することになるけれども、雪斎は独身なので母親に付いてもらうことになる。期せずして「親孝行」である。
 フランス行きで、雪斎の何に変化が現れるのか。そうしたことを楽しみにしたいと思う。

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April 13, 2007

春の四題

■ 昨日午前、レッドソックス―マリナーズの試合を観戦する。マツザカはイチローを気にし過ぎて、気を抜いた所を痛打された。そうした風情の漂う試合展開であった。
 そういえば、マツザカが投げているとバック・ネット下方の日本語の文字が矢鱈に目に付く。「ようこそ、フェンウェイパークへ」。メジャー最古のスタジアムに銘打たれ平仮名と片仮名の文字である。
 かくして、日米関係の進化は進む。泉下の新渡戸稲造や清沢洌が、こうした光景を眼にしたら、さぞかし泣いて喜んだであろうと想像する。日本の大相撲の世界でも、モンゴル勢が席巻ているけれども、誰もモンゴルという国に反感を抱いていないであろう。日本人といえば、「JAPS」と表記された時代から、「ようこそ、フェンウェイパークへ」のメッセージが掲げられる時代に移った。日米関係百五十年の歩みは、「伊達」ではない。

■ 温家宝中国国務院総理が訪日中である。外国要人の国会演説などは、もはや特別な事例ではない。
 中国に期待することは、「拙者がひと財産を築くまでは、経済を失速させるなよな…」ということでしかない(苦笑)。上海万博の頃までは、儲けさせてもらいましょう。
 そういえば、日本産の「なまこ」、「あわび」、「ふかひれ」が中国の富裕層の間では、高級食材として垂涎の的だそうである。

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April 11, 2007

春の三題

■ 昨日、授業開始である。
 三年生のゼミでは、『孫子』、『君主論』を読むのが、約束事項である。
 今年は、「楽」である。
 NHK大河ドラマ「風林火山」のお陰で、結構、『孫子』を身近に感じてもらえる。
 「風林火山」は、『孫子』の次の一節から抜いたものである。
「疾きこと風のごとく、その徐かなること林のごとく、侵掠すること火のごとく、動かざること山のごとく、知り難きこと陰のごとく、動くこと雷震のごとし」
 ところで、この一節に関しては、株式投資の心得にも相通ずるという説がある。
 要するに…
 其疾如風 投資に関する情報は迅速に収集する、
 其徐如林 投資銘柄分析は冷静に行う。
 侵掠如火 「買い時」が来たら確信を持って買う。
 不動如山 一旦、買ったら右往左往しない。
 難知如陰 売るタイミングは周囲の雰囲気に呑まれず自分で判断する。
 動如雷震 売るときは一斉に売る。
 …だそうである。
 「をを」と思う。「こじつけだろう」とも…。
 しかし、「風・林・火・山」は簡単だが、「陰・雷震」は実際には難しい。
 ウォーレン・バフェットは、そのことを判っていた…のかな。

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April 09, 2007

「明治ナショナリスト」の柔軟さ

■ 昨日、石原慎太郎氏が東京都知事三選決定である。石原さんの選挙キャッチ・フレーズの一つは、「少しは反省してよね。だけど、やっぱり石原さん」というものであったけれども、これは、確かに上手いものであったといえよう。かなり原理主義的な「石原嫌い」層は別として、大方の平均的な都民の意識もまた、、「少しは反省してよね。だけど、やっぱり石原さん」というものであったに違いないからである。
 石原さんは、巷間、「ナショナリスト」としての相貌が強調されるけれども、その反面、かなりの柔軟性を持つ人物である。こうした「自虐的」な意味合いを持つフレーズを使えるところに、その柔軟性が示されている。
 それにしても、石原選対の本部長が佐々淳行さんであったというのも、最初知ったときは驚いた。「佐々さんが指揮官ならば、『選対』というよりも『戦隊』という風情だな」と思ったのである。

■ ところで、「ナショナリスト」の柔軟性でいえば、次の記述は参考になる。 
 
 「すなわち自由主義は吾輩の単一なる神にあらざるなり、吾輩は或る点について自由主義を取るものなり、ゆえに吾輩は自由主義もとよりこれに味方すべし、然れども吾輩の眼中には、干渉主義もあり、また進歩主義もあり保守主義もあり、平民主義もあり貴族主義もあり、おのおの適当の点に据え置きて吾輩は社交および政治の問題を裁断すべし。かのスタール氏は吾輩に最良の説を供出せり。『歴史ありて今日に至るまで種々の主義は世に起これり、この諸主義はみな人間の同一なる動機より生じたるものなればいずれも人間の真理を包有せざるはなし、ただその一個を主張するものは極点までこれを主張す、ゆえに他の一と相容れざるに至り、しかして誤謬を犯して自ら知らざるなり』と。吾輩は不敏といえども請うこの説を服膺しもって日本国民の隆昌を謀らん」。
   ―陸羯南『近時政論考』―

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April 06, 2007

「カネのない不幸」と「カネのある不幸」

■ 最近までNHKが放送していた土曜ドラマ『ハゲタカ』は、興味深いドラマであった。
 「カネのない不幸」と「カネのある不幸」の二つが問いかけられていたけれども、実に絶妙な問い掛けであったと思う。
 これに関して、雑誌「AERA」に載っていた「青森の品格」という記事は、興味深かった。
 『国家の品格』の著者、藤原正彦教授のコメントが付されている。。
 「拝金主義の中で、日本人は大事な道徳心をなくした。青森は数字上、貧しいかもしれないが、大事な『日本人の品格』を忘れていない。あっぱれですよ」。
 だが、それでも、「カネ」はあったほうがいいのではないか。最近の保守論壇人士の話を聞くと、彼らの理想が「清貧」にあるのではないかと錯覚する。「カネのない不幸」と「カネのある不幸」を比べれば、「カネのある不幸」のほうが好ましいと思うのであるけれども…。

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April 05, 2007

名残の霙

■ 昨日午後、愛知和男事務所に「准教授」着任の挨拶に出かける。
 外は雷雨の酷い状況であった。聞けば、東京の「四月の霙」は十九年ぶりだそうである。
 他に、小泉純一郎前総理の秘書官だった飯島勲氏に挨拶をして辞去する。
 今までは、中々、身動きの取れないところがあったけれども、これからは色々と動けそうである。
 現在、雑誌『論座』に載せている論稿は、「アカデミズム」に戻ることを見越していなければ、書けないものであった。
 夕刻以降は銀座で母親と天麩羅を食する。
 終わってみれば、何ということもない一日である。

■ 先刻、手に入れた「シャトー・クレール・ミロン2002」は気に入った。

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April 03, 2007

再始動の一日

■ 昨日午後、大学理事長から辞令をもらって、准教授としての活動が始動である。「出戻り」特有の複雑な感情が残る。
 そういえば、親しい人々には、「大学復帰」を報告していたのであるけれども、「今度は、何時になったら、(アカデミズムの)外に出るのですか…」と水を向けてきた人物が二、三、四人も居たたのには、驚いた。「おいおい。ぉぃぉぃ…」と思う。
 新年度に入って、原稿を書く都合が、またまた増えている。
 現在、執筆中のものは、青森県の県内紙『東奥日報』に寄せるコラムである。今後一年間、月一度のペースで書くことになる。高校を卒業して二十数年、青森という土地には、すっかり縁遠くなってしまった。この一年は、青森との「縁」を確認しながら、コラムを書くことになるのであろう。

■ 今夜の一枚
 ○ アントン・ブルックナー
   交響曲第4番 変ホ長調『ロマンティック』(1886年ノヴァーク版)
   リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

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