« 「終わり」の時節 | Main | 城山三郎作品と「戦後」 »

March 22, 2007

「米国が貧しかった時代」

■ 日本人は、「米国が貧しかった時代」」のことを、どれだけ知っているであろうか。たとえば次のような二つの書がある。
 ① 『アメリカがまだ貧しかったころ』(ジャック ラーキン、杉野目康子訳、青土社、二〇〇〇年)
 ② 『アメリカ太平記―歴史の転回点への旅1845』(佐伯泰樹、中公叢書、二〇〇一年)

 ①の著書、ジャック・ラーキンは、マサチューセッツ州にある歴史博物館の日本でいえば「学芸部長」の任にある人物である。①には、1830年代の米国の一断面として、次のような記述がある。
 「…オーガスタやヨークのような比較的小さな町でも、あるいは大きな都市でも、、貧しい女性たちが、邪悪で、酷薄な性を売る世界に引きずり込まれることは珍しくなかった。売春婦の多くは、貧しさや家庭に起こった不幸な出来事がもとでこの世界に入った」。

 日本人にとっての「米国認識」は、「黒船」と「戦争・占領」という二つの出来事に決定的な影響を受けている。それは、「圧倒的な物量」を誇示する米国というイメージと必ず結び付いている。
 しかし、「ハイパー・パワー」である米国にも、「貧しい時代」があった。このあたりの話を知っている日本人は、余り多くない。前に触れたラーキンの書には、他にも、伝染病が広がって一家が全滅した無残な光景が記されている。マラリアや結核が往時の米国では「脅威」だったというのである。
 実際、米国が「富裕な国」になったのは、南北戦争終結以降である。1870年には、ジョン・D・ロックフェラーが「スタンダード・オイル」を設立し、「鯨油から石油へ」の流れを加速させた。同じ時期に、アンドリュー・カーネギーが鉄鋼事業に乗り出した。米国が「豊か」であったのも、1620年のメイフラワー号のプリマス到着から数えて四百年の歴史のの中でも直近の百三十年ののことでしかないのである。
 雪斎は、「親米ポチ」の典型だそうである。雪斎は、昔日は「ウィリアム・スミス・クラークの百十年後の弟子」、「新渡戸稲造の魂の継承者」を自称し、現在は「清沢洌の言論の継承者」を目指しているところがあるので、どうみても対米関係重視という姿勢は、今後も変わらないであろうと思う。それを「ポチ」と呼ぼうが「タマ」と呼ぼうが、そんなものは、「他人の評価」に過ぎない。
 ただし、雪斎が米国に親近感を覚えるのは、「貧しい時代の刻苦勉励」という歴史的な記憶に共鳴すればこそである。新渡戸稲造や内村鑑三が札幌農学校でウィリアム・スミス・クラークを介して触れたのは、キリスト教そのものというよりも、殖民地時代以来の米国の「貧しい歳月」が育んだ「ニューイングランド的価値観」であった。旧佐幕藩士族出身であった新渡戸や内村にしてみれば、そうした「ニューイングランド的価値観」こそは、自分の価値観とも共鳴するものであったと思われる。
 明治以降の日米関係の基底には、こうした「武士道的価値観」と「ニューイングランド的価値観」の共鳴関係がある。国内では「武士道の精神」の意義を強調する「保守・右翼」系知識層が、このニューイングランド的価値観」を評価できずに「反米」に走っているのは、摩訶不思議な光景と呼ぶ他はない。そういえば、新渡戸にせよ内村にせよ、往時の日本では、リベラリストと呼ばれた人物であった。「他人の刻んだ時間に自分と似たような事柄を発見できる」というのが、おそらくはリベラリストと呼ばれるものの条件である。それにしても、「保守・右翼」系知識層の最近の「自閉性」は、いよいよ深まっているようである。生温かく見守るより他はないといったところであろうか。

|

« 「終わり」の時節 | Main | 城山三郎作品と「戦後」 »

「国際情勢」カテゴリの記事

Comments

いつも、興味深く貴ブログを拝見させて頂いています。本日の「米国が貧しかった時代」は、特に感銘を込めて読ませて頂きました。ミケ

Posted by: 屋根の上のミケ | March 22, 2007 at 07:45 AM

私は、ポール・ジョンソン「アメリカ人の歴史」全3巻を読んだだけですが、アメリカが19世紀に入るまでは貧しかったこととともに、日本の明治維新の少し前までは、欧米全体が近代的科学技術の時代に未だ入っていなかったことを改めて認識しました。アメリカは、失いものが少ない強みを最大限に生かしたと思います。

Posted by: 珈琲 | March 22, 2007 at 08:28 AM

親米ポチとかいう言葉は正直嫌です。
強国アメリカを相手に日本が戦えない現状を認識していない。これはリアリズムに欠けます。

しかしアメリカと日本の間に共通するものがあるというのはどうでしょうか。私は実際にアメリカへ行きましたが、やはり日本とは共通性の無い、異国の印象しかない。確かにスーパーパワーのアメリカを軽んじるのは「夜郎自大」以外の何物でもないですが、世界で侵略戦争をしても罰を受ける事の無い過激な国家に親近感を抱くのは危険ではないでしょうか。

彼らにしてみれば、日本など世界の一つの国でしかなく、下手をすればイラクのように捨てられるまでです。弱国が強国に逆らえないのは世の常ですが、追従には大きな限界があり、日本人がアメリカ人になる事はありません。中東問題一つ見てもやはり日本とアメリカの国益には大きな差があり、アメリカ中心の外交は、アメリカ以外の国との外交を悪くする部分があり、今の日韓関係や、日中関係の悪化も少なからずそこに原因があります。少なくとも向こうは日本はアメリカのイエスマンだという目で見るようになり、それはアメリカにとって見ればプラスでも日本には明らかにマイナスです。

アメリカにとって、今でも日本は戦争犯罪国家でしかないという事実一つをとっても反米も危険なら、新米も危険ではないでしょうか

Posted by: ペルゼウス | March 22, 2007 at 08:56 AM

私は、「オールド・イングランド『派』」なんですが、イギリスにいある間、嫌な思いをまったくしなかったですね。名所を回る暇がなくて、ちょっと不満でしたけど。「郷に入ったら、郷に従え」と思っていったせいでしょうかね。向こうで思ったのは、私が思っていた以上に日本の伝統や文化に興味をもたれて意外と細かいところまで質問されるので、自国の伝統や文化を勉強しなきゃということぐらいかな。親日家というほどの方でなくても、そうでした。

アメリカ人はちとテンションが高いときについてゆけない部分はあります。一時期、来日された方のお相手をしておりましたが、どこに行きたいですか?と尋ねると、"Hit shop! Hit shop!!"と興奮気味に叫ぶので、何であんなものを見て楽しいのかな、よくわからんなあという部分はあるんですが、デジカメで撮影してとっても嬉しそうにしていたので、まあ、いいかと。みんなが、みんな、あんなテンションじゃないだろうしなあというところでしょうか。

「親米ポチ」ねえ…。朝からフルトヴェングラーを聴く精力的な方に「ポチ」はないでしょと思うんですけど。どうしても動物に喩えたいなら、「親米土佐犬」とか「親米闘魚」とか。英米相手に力む方はどこかで自信がないんじゃないかなと。あと、「武士道」までゆかなくても、「思いやりと察し」は、相手がせわしない人とか例外はありますけど、相手を見ながら、味を薄めにしたり、濃い目にしたり匙加減で、けっこう感謝されます(空耳ですけど、「もめると僕のところに来るんだよ。もめる前に勝手になんとかしてほしいけどね」という声を聞いたような気がします)。

Posted by: Hache | March 22, 2007 at 12:08 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71618/14322063

Listed below are links to weblogs that reference 「米国が貧しかった時代」:

« 「終わり」の時節 | Main | 城山三郎作品と「戦後」 »