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March 27, 2007

日米関係の「花神」の逝去

■ 椎名素夫氏が逝去された。雪斎は金曜日の報道を見落としていた。

椎名素夫氏(しいな・もとお=元衆院・参院議員)16日、肺炎で死去。76歳。告別式は近親者で済ませた。後日、都内で「偲(しの)ぶ会」を開く。喪主は妻、秀子(ひでこ)さん。
 自民党副総裁を務めた父・悦三郎氏の後継者として、1979年に衆院旧岩手2区から初当選。4期務め、党国際局長などを歴任した。落選後、92年に参院に転出。93年に離党し、「無所属の会」代表などを務め、2004年に政界を引退した。[
 知米派で、83年の中曽根首相とレーガン米大統領の初の首脳会談の際は、黒子役として奔走し、「ロン・ヤス」関係の構築に貢献した。03年に日本人として初めて米国務長官特別功労賞を受賞した。
(2007年3月23日21時59分 読売新聞)

 城山三郎氏の小説に、『賢人たちの世』というものがある。椎名悦三郎、前尾繁三郎、灘尾弘吉の三政治家を題材に採った作品である。昭和四十年代から昭和五十年代にかけて活躍した官僚出身の政治家の姿が描かれていた。ひと昔前の官僚出身政治家が漂わせていた「教養」、「廉直」、「矜持」といったものを見事jに描いたものであった。戦前の政治家として濱口雄幸や広田弘毅を描いた城山氏は、戦後の政治家としては椎名、前尾、灘尾を描いた。「賢人が賢人として尊敬された時代」への追憶を込めて…。
 椎名素夫氏は、その「賢人」の子息であり、自身も「賢人」としての雰囲気を漂わせていた。椎名氏は、政治家としては、小沢一郎氏と地盤が重なったこともあり、次第に国内政治での影響力を侵食されていったようであるけれども、日米関係全体に果たした役割は大きい。
 雪斎は、十数年前に、岡崎久彦大使の研究会で椎名氏にお目にかかった。「日米関係コミュニティ」に迎え入れてもらった瞬間であった。その頃に、かんべえ殿や大阪大学の坂元一哉先生に初めて会ったと記憶する。雪斎はともかくとして、かんべえ殿や坂元先生が日米関係全体に果たしている役割を考ええれば、こうした「日米関係コミュニティ」の豊かさは、確かに果実を生みつつあるといえるであろう。
 司馬遼太郎の表現を借りれば、椎名氏は、戦後、特に昭和後期から平成期に至る日米関係の「花神」のような人物であった。そういえば、マイケル・グリーン氏は、若き日には椎名事務所の外国人スタッフであったはずである。日米関係絡みで椎名氏と「縁」を持った人物は、日米両国で数多いであろう。椎名氏は、そうした数多くの人物tに日米関係の後事を託して鬼籍に入った。椎名氏のご冥福を祈る。合掌。

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Comments

マイケル・グリーン氏は所属しているCSISのHPに追悼文を載せています。
http://www.csis.org/component/option,com_csis_pubs/task,view/id,3799/type,3/

Posted by: kazutaka525 | March 27, 2007 at 11:58 AM

雪斎さん

椎名さんが、マイケル・グリーン氏をスタッフにいれたように、日米の両議員の交流や、議員スタッフの招き入れが今後、活発になることを期待します。特に、日本の議員には、アメリカの優秀なスタッフを一時的でさえ、招いてほしいものです。

心からのご冥福をお祈りいたします。

Posted by: forrestal | March 27, 2007 at 03:05 PM

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