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March 31, 2007

永田町撤収・准教授着任のご挨拶

■ 拝啓、浅春の候、 「雪斎の随想録」をご覧頂いている各位におかれましては、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
 さて、私儀、雪斎は、昨日三月三十日付を以て愛知和男代議士付政策担当秘書の職務を離れ、明日四月一日付を以て東洋学園大学准教授(政治学・戦略思想概論担当)に復帰、新任することに相成りました。振り返れば、私の「永田町勤務」は、通算八年半に及ぶものになりましたけれども、これにて一応の落着と相成りました。
 今後は、基本的に「アカデミズム」の世界に逼塞(?)し、日本と世界の「政治」を観察していく所存です。
 拠って、このブログのサブタイトルも、「とある政治学徒の戯言 part.Ⅱ」に変更いたします。ブログの開設時点のサブタイトル「とある政治学徒の戯言」に戻るという意味合いを込めています。
 各位におかれましては、何卒、今後とも、より一層のご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。
 まずは略儀ながら書中をもちまして御礼方々ご挨拶申し上げます。
                           敬具
 平成十九年三月三十一日
                           雪斎

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March 30, 2007

500回目のエントリー

■ 本エントリーが通算500回目のエントリーである。累計アクセス数は、この土曜、日曜の頃に二百五十万を越える雰囲気である。色々な意味で「節目」が来ている。

■ その記念すべき500回目のエントリーには、何を書くのか。

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March 28, 2007

渡部さんの新著

■ 渡部恒雄さんが『今のアメリカ」がわかる本』(三笠書房 知的生きかた文庫)という新著を公刊した。
  「2008年」に向けたアメリカの動きを考える上では、便利な書になると思われる。
  書のトーンは、ジョージ・W・ブッシュには、かなり厳しい。
  印象深かったのは、渡部さんが知人の「ネオコン」評として、「バイアグラを飲んだウィルソン主義者」の言葉を紹介していたことである。自己の大義の正しさを疑わない理想主義を特色とするウッドロー・ウィルソン以来の対外姿勢が、「バイアグラ」のような即席的な体裁で補強されたのが、「ネオコン」の実像であったという趣旨である。
  それならば、ウィルソン流の理想主義が「クルセイディズム」(crusadism,十字軍主義)が呼ばれていたことを考えれば、「ネオコン」は、「十字軍の徒」であったといえるのであろう。
  渡部さんは、そうした「十字軍」的精神を反映した「ネオコン」に最も批判的であったのは、国内「リベラル」勢力というよりは、先代ジョージH・W・ブッシュを支えたブレント・スコウクロフトに代表される「中道・現実主義者」層であったことを指摘する。
 …とここまで書いて、雪斎は想像する。
 安倍晋三総理の執政が2006年ではなく2001年頃に始まっていたら、どうなっていたのか。第一期政権時のジョージ・W・ブッシュが、その「ネオコン」的論理の最初のターゲットにしたのが、イラクではなく北朝鮮であったならば、その後の世界はどうなっていたのか。時代の巡り合わせは、確かに「ネオコン」的論理の暴走に歯止めをかけてきたことであろうか。

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March 27, 2007

日米関係の「花神」の逝去

■ 椎名素夫氏が逝去された。雪斎は金曜日の報道を見落としていた。

椎名素夫氏(しいな・もとお=元衆院・参院議員)16日、肺炎で死去。76歳。告別式は近親者で済ませた。後日、都内で「偲(しの)ぶ会」を開く。喪主は妻、秀子(ひでこ)さん。
 自民党副総裁を務めた父・悦三郎氏の後継者として、1979年に衆院旧岩手2区から初当選。4期務め、党国際局長などを歴任した。落選後、92年に参院に転出。93年に離党し、「無所属の会」代表などを務め、2004年に政界を引退した。[
 知米派で、83年の中曽根首相とレーガン米大統領の初の首脳会談の際は、黒子役として奔走し、「ロン・ヤス」関係の構築に貢献した。03年に日本人として初めて米国務長官特別功労賞を受賞した。
(2007年3月23日21時59分 読売新聞)

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March 26, 2007

VISTA

■ 今朝、テレビ東京系「ニュース・モーニング・サテライト」を観ていたら、 「VISTA」という言葉が紹介されていた。「BRICs」に続く、新興国であり、具体的には、ヴェトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチンの五ヵ国だそうである。

 豊富な天然資源
 労働力人口の増加
 積極的な外資導入
 政治的な安定
 中間層の登場

 この五条件の中で、四条件に該当することが認定基準だそうである。もっとも、[BRICs」という言葉それ自体は、ゴールドマン・サックスによる造語であるから、「VISTA」も、それに近いものであるかもしれない。ヴェトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチンは、それぞれに国情が違うので、一くくりにはできないと思うけれども、それでも成長可能性が高いのは否定しようがない。
 雪斎の感覚からすれば、北朝鮮は、金正日体制の「統治のくびき」さえ脱することができれば、「VISTA」以上にかなりの成長を見込めるような気がする。ただし、その成長が何時、始まるのかは判らない。たとえ、現下の北朝鮮が「六ヵ国協議」のような場で諸国を手玉にとっているように見えたとしても、そうした振る舞いを続ける限りは、北朝鮮が「グローバリゼーション」の波に乗って経済成長に乗り出す機会は、確実に減っていく。北朝鮮にとっては、当面の「勝ち」は、長期的には「負け」を意味している。この逆説の意味を、北朝鮮政府指導層は、どれだけ判っているであろうか。そして、北朝鮮の当面の「勝ち」に憤って止まない日本国内の「対北朝鮮強硬論者」もまた…。

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March 25, 2007

日曜日、午後三時

■ 日曜の音楽である。
① 「ベートーヴェン  交響曲全集」から、「第三番」
   (リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)
② 「ブラームス 交響曲全集」から、「第一番」
   (リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)
③ 「ドヴォルザーク 交響曲第9番ホ短調 Op.95『新世界より』」
   (マリス・ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)
 数多あるオーケストラの中でも、「ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団」は、雪斎の好みに合ったオーケストラである。色々な表現の仕方があると思うけれども、コンセルトへボウの音色は、誠に「シルキー」 な印象がある。

■ 午前中、能登半島沖で地震発生のようである。石川・輪島で震度6強だそうである。雪斎は、「震度5」レベルの地震では驚かないけれども、「震度6強」と聞けば「おいおい…」と思う。「地震・雷・火事・親父」。この現実は、いまも変わらない。

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March 24, 2007

「北」の国の噺

■ 昭和三十年前後に歌われた歌に次のような一節があった。

 星影冴かに光れる北を 人の世の 清き国ぞとあこがれぬ

 なるほど、当時は、北朝鮮への帰還事業の最盛期であった。「地上の楽園」という宣伝に惑わされ、北朝鮮を「人の世の清き国ぞとあこがれた」人々が、続々と彼の地に渡った。そうした人々のその後の運命を考えれば、この歌の一節も、罪深い役割を果たしたといえるであろう。

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March 23, 2007

城山三郎作品と「戦後」

■ 誠に残念な訃報である。
 

□ 「落日燃ゆ」「男子の本懐」作家・城山三郎氏が死去
             3月22日20時4分配信 読売新聞
 経済小説のパイオニアで「落日燃ゆ」「男子の本懐」など、近代日本の指導者像を描いた作家の城山三郎(しろやま・さぶろう=本名・杉浦英一=すぎうら・えいいち)氏が22日午前6時50分、間質性肺炎のため、神奈川県茅ヶ崎市の病院で死去した。79歳。
 告別式は親族のみで行い後日、お別れの会を開く予定。喪主は長男、杉浦有一(ゆういち)氏。
 名古屋市生まれ。愛知学芸大(現・愛知教育大)講師の傍ら小説を書き始め、1959年「総会屋錦城」で直木賞を受賞。「官僚たちの夏」「小説日本銀行」など組織と個人の生き方を問う経済小説を開拓し、歴史小説「黄金の日日」や本紙連載「毎日が日曜日」などのサラリーマンものが次々にドラマ化され、流行語にもなった。吉川英治文学賞、菊池寛賞などを受賞。

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March 22, 2007

「米国が貧しかった時代」

■ 日本人は、「米国が貧しかった時代」」のことを、どれだけ知っているであろうか。たとえば次のような二つの書がある。
 ① 『アメリカがまだ貧しかったころ』(ジャック ラーキン、杉野目康子訳、青土社、二〇〇〇年)
 ② 『アメリカ太平記―歴史の転回点への旅1845』(佐伯泰樹、中公叢書、二〇〇一年)

 ①の著書、ジャック・ラーキンは、マサチューセッツ州にある歴史博物館の日本でいえば「学芸部長」の任にある人物である。①には、1830年代の米国の一断面として、次のような記述がある。
 「…オーガスタやヨークのような比較的小さな町でも、あるいは大きな都市でも、、貧しい女性たちが、邪悪で、酷薄な性を売る世界に引きずり込まれることは珍しくなかった。売春婦の多くは、貧しさや家庭に起こった不幸な出来事がもとでこの世界に入った」。

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March 21, 2007

「終わり」の時節

■ 昨日午前、大学で卒業式である。雪斎が担当した四年生は、一人の脱落もなく無事、卒業と相成る。雪斎が
在籍している大学はメジャーなところではないので、卒業のはなむけに、「君たちは『負けなければ勝ち』だ」と檄を飛ばしておいた。
 この檄の元ネタは、ヴェトナム戦争の時期にヘンリー・キッシンジャーが漏らした、「正規軍は勝たなければ負けだが、ゲリラは負けなければ勝ちである」という言葉である。東京大学を始めとするメジャー大学の学生は、社会的にステータスのある就職ができなければ、怪訝な眼差しを向けられる、それが、「勝たなければ負けだ」の意味である。方や、マイナー大学の学生は、無事に就職ができれば、「よかったな」といわれる。それが、「負けなければ勝ちである」ということの意味である。社会人になってからも、とにかく「つぶされずに生き延びる」ことを考えなければならない。そういう趣旨の檄であった。
 それは、「自分の『力の限界』をちゃんとわきまえた上で、それでも我慢できる結果を手にするために努力せよ」ということである。そして、それが「現実主義者」の心得の第一条なのである。

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March 19, 2007

「従軍慰安婦」案件を考える視点

■ この案件は、今後も尾を引くのであろうか。
 

□ 「日本軍によるレイプは遺憾」=米大使、慰安婦問題で不快感
                  3月17日12時0分配信 時事通信
 【ニューヨーク16日時事】米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は16日、米国のシーファー駐日大使が先の下院公聴会に出席した元従軍慰安婦3人の証言を「信じる」と明言、3人が「日本軍によってレイプされた」ことは「遺憾で恐ろしい」と述べたと報じた。米外交当局者としては、異例の強い表現で慰安婦問題に絡み不快感を表明した形だ。 

 □ 軍による慰安婦強制連行示す資料なし…答弁書閣議決定
                   3月17日3時3分配信 読売新聞
 政府は16日の閣議で、いわゆる従軍慰安婦問題に関する1993年の河野洋平官房長官談話について、「(談話発表までに)政府が発見した資料の中には、軍や官憲による、いわゆる強制連行を直接示すような記述は見あたらなかった」とする答弁書を決定した。
 安倍首相は「狭義の意味での強制性を裏づける資料はなかった」としているが、その根拠となる、従来の政府の立場を改めて示した形だ。社民党の辻元清美衆院議員の質問主意書に答えた。

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March 17, 2007

春は名のみの…

■ 昨日朝、雑誌『論座』に寄せる原稿の執筆作業が終わる。編集部に原稿を送って、ヘロへロの状態になって、そのまま爆睡と相成る。出来は、「まあ、何時も通りだな…」という感じのものである。担当編集者T氏から、メールが入り、「何時も通りの原稿ですね…」だそうである。「何時も通りの原稿を何時も通りに書く」。これが実際には難しい。
 とはいえ、此度の原稿は、様々な意味で「メモリアル」なものになるであろう。その「メモリアルな原稿」を載せたのが、雑誌『論座』とは…。十年前には、考えも付かなかったことである。朝日新聞というメディアも、変化の途中のようである。そういえば、朝日新聞の論説総元締めのW氏が若き日に影響を受けたのは、高坂正堯先生や永井陽之助先生だったそうである。「なるほど、そういうことであったのね…」と思う。

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March 15, 2007

政治ポジション・テスト

■ ヤフーのサイトにある「みんなの政治」コーナーには、「政治ポジション・テスト」というのがある。米国で作成された「ポリティカル・コンパス」を日本の実情に合わせて作り変えた体裁のものであろう。
 雪斎の結果は、次の通りである。
 「-4  大きな政府 ― 小さな政府 +4」  で  3
 「-4  保守     ―  リベラル   +4」  で -1
 雪斎の自己イメージに余りにも違わぬ結果であったので苦笑する。

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March 14, 2007

「海」の戦略軸

■ これは、「いい仕事」である。
 

□ 日豪首脳が安保宣言に署名、経済連携でも一致
 安倍首相は13日夕、オーストラリアのハワード首相と首相官邸で会談し、両国の外相、防衛相による定期協議(日豪版2プラス2)の新設など、日豪間の安全保障協力の強化を盛り込んだ「安全保障協力に関する日豪共同宣言(日豪安保共同宣言)」に署名した。
 両首相は日豪の安保協力が日米豪3か国の連携強化にも資するとの認識で一致した。
 そのうえで、日豪安保関係閣僚の定期協議と日米豪の外務・防衛当局者による定期協議の新設のほか〈1〉テロ対策や災害救援活動での協力〈2〉自衛隊と豪州軍との共同訓練〈3〉安保協力促進のための行動計画の策定――などで合意した。
 安倍首相は北朝鮮の核、ミサイル、拉致問題での協力を求め、ハワード首相も日本の立場に理解と支持を改めて表明した。ハワード首相は、2008年の国連安全保障理事会の非常任理事国選挙での日本支持を正式に伝えた。
 一方、両首脳は日豪の経済連携協定(EPA)について、日本の国内農業への影響にも配慮しながら交渉を進めていくことで一致した。
 (2007年3月13日21時38分 読売新聞)

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March 13, 2007

遊びの効用

■ 東西の「古典」からの抜き書きである。
 ● 「兵とは詭道なり。ゆえに能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強(にしてこれを避け、怒にしてこれを撓(し、卑にしてこれを驕らせ、佚にしてこれを労し、親にしてこれを離す。その無備を攻め、その不意に出ず。これ兵家の勢、先には伝うべからざるなり」。
   ―『孫子』「始計篇」
 ● 「(君主は…)、どこまでも慈悲ぶかく、信義に厚く、裏表なく、人情味にあふれ、宗教心のあつい人物と思われるように、心を配らなければならない」
   ―二コロ・マキアヴェッリ 『君主論』

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March 12, 2007

「華麗なる一族」の虚実・続

■ TBS系テレビ・ドラマ『華麗なる一族』は、「竜頭蛇尾」のドラマになりそうな雰囲気である。木村拓哉さん演じる鉄平が海に落ちた港湾労働者を海に飛び込んで助けるという演出に接して、雪斎は、このドラマに見切りを付けた。「安易な演出だ」と思った。
 もっとも、こうしたドラマが描いた「華麗なる一族」関係は、現実に存在する。
 たとえば、とある既に閣僚経験を有する自民党衆議院議員の一族は、次のようにつながっている。

祖父  貴族院議員 国策企業総裁
父   衆議院議員 大臣
母   武官系勲功華族(男爵)の孫
叔父  衆議院議員 大臣
叔母  戦前期 財閥家出身 母は子爵家出身、伯父は全国紙社主
伯父  都道府県知事 
義兄  都市銀行会長(万俵大介のモデル)の孫

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March 10, 2007

うつくしいひと

■ またまた、「非政治的な」エントリーである。日朝協議がうまくいかなかった云々の話は、当面の株価の推移と同じで一喜一憂するに相応しいものではない。ただし、ひとつだけ言及しておく必要のあるネタがある。
 

□ 異例の評決「10対7」で衛藤氏の復党了承 自民
                 2007年03月09日21時06分
 自民党の党紀委員会(笹川尭委員長)は9日、郵政民営化法案に反対して05年の衆院選で落選、離党した衛藤晟一・前衆院議員の復党願を審査し、異例の評決の末10対7の賛成多数で復党を承認した。「郵政選挙」で落選した元衆院議員の復党は初めて。12日には7月の参院選比例区での衛藤氏の公認を決める。ただ、復党問題が政権の改革イメージの低下や支持率の低迷につながったとの指摘があるなか、党内の反対意見の根強さが表面化した形だ。
 復党審査では、ほかに落選議員がいる中で、衛藤氏の復党を認めることに異論が出た。評決では笹川氏を除く14人の出席者の賛否は7対7だったが、欠席者3人がいずれも事前に賛成の意向を記した書面を提出。賛成多数となったという。以下、略

 「賛成10票・反対7票」という異例の多数決落着が総てを物語っている。出席委員だけをみれば、「可否同数」というのは、中々、面白いことになっていたものであると率直に思う。これが「無風状態」で落着ということになっていたら、自由民主党という政党の先々に対する雪斎の懸念が深まっていたと思うけれども、とりあえずきちんとした議論が行われていたのは、よかったと思う。もっとも、「郵政政局」造反落選組の一議員の復党などは、既に「終わった話」である。安倍総理の意向を反映した復党劇は、先々に来るのがどのような結果であれ、安倍総理が責任を取るしかあるまい。

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March 08, 2007

充電の時期

■ 最近は、政治観察にも、「熱」が冷めているところがある。こういう時期は、雪斎にも、しばしば訪れる。『産経新聞』「正論」欄原稿には、今年に入ってから一編も寄稿していない。今は、雑誌『論座』に寄せる原稿が残っているだけである。一時期に比べれば、「生産量」は格段に落ちている。ということで、昨日に続き、「非政治的な」エントリーである。.

 ● 今月、スカイ・パーフェクト・テレビの「日本映画チャンネル」では、映画『西陣心中』(監督/高林陽一 出演 島村佳江、光田昌弘、土屋嘉男、楠侑子 公開/1977年)という映画が放映されていた。思わず、「待っていました…」とばかり飛びついて観てしまった。というのも、この映画に主演していた島村佳江さんという女優には、十代半ばの頃の雪斎は、かなり惹かれていたからである。あらためて調べてみると、島村さんは、1956年生まれだから、この映画を撮影していた頃は、まだ20歳前後であった。現在、20歳前後の女優と来れば、宮崎あおいさんとか上戸彩さん辺りになるのであろう。だが、島村さんの雰囲気というのは、どうみても今でいう30歳前後の雰囲気である。この三十年の間に、「日本の女」の顔も、すっかり変わってしまったような気がする。
 しかし、それにしても、この映画の中の島村さんは、「うつくしいひと」である。島村さんは、前年公開の高林陽一監督作品『金閣寺』にも、出演していた。幼少の頃の「うつくしいひと」の印象は、中々、消えないものである。

 

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March 07, 2007

手抜きのエントリー

■ かんべえ殿から「エントリーが重い」という趣旨のコメントを頂いたので、「手抜きのエントリー」である。

 ● 昨日、浅野史郎氏が東京都知事選挙立候補である。出ると決めた以上は、浅野氏の健闘を期待する他はない。だが、浅野氏の取り巻きの「質」となれば、かなり問題があると思われる。浅野氏を支援する立場のはずの著名野党国会議員が、「石原慎太郎を引きずりおろせれば、誰でもいい」という意味のことを語ったようである。
 阿呆な話である。浅野氏の選挙に、〈ANYBODY BUT ISHIHARA〉の論理を持ち出せば、〈ANYBODY BUT BUSH〉の雰囲気に乗った挙句にジョージ・W・ブッシュに敗れたジョン・F・ケリーと同じ結果に行き着くはずである。「東京に浅野が必要な理由」が東京都民に明確に伝えられれば、知事選挙の行方も予断を許さないといえるかもしれないけれども、それは、まだ判らない。「石原では駄目だ」とは、政治上、何も語っていないのと同じことである。「反米」、「反中」、「反共」、「反帝」…。世の中に、様々な「反」の論理があるけれども、それらが積極的な意義を持つことはない。そのことは、「反・石原」でも同じであろう。

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March 06, 2007

参議院の攻防

■ 安倍晋三総理のエキサイトぶりを初めて眼にしたような気がする。

□ 慰安婦問題「狭義の強制性なし」と安倍首相=予算案、参院で審議入り
3月5日13時1分配信 時事通信
 参院予算委員会は5日午前、安倍晋三首相と全閣僚が出席し、2007年度予算案の基本的質疑に入った。首相は従軍慰安婦問題に関し、同問題を謝罪した1993年の河野洋平官房長官談話を「基本的に継承する」と重ねて表明。米下院に提出された日本への謝罪要求決議案については「事実誤認がある」とし、採択しないよう働き掛けを強める考えを示した。さらに、決議が採択された場合の対応について「(日本政府として)謝罪することはない」と強調した。
 民主党の小川敏夫参院幹事長への答弁。首相は「(日本の)官憲が家に押し入って人さらいのごとく連れて行くという強制性はなかった。狭義の強制性を裏付ける証言はなかった」と指摘。一方で「進んでそういう道に進んだ方は恐らくいなかったが、当時の経済状況や、間に入った業者が事実上強制していたケースもあっただろう。広義の解釈で強制性があったということではないか」との認識を示した。 

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March 04, 2007

「丸山眞男をひっぱたきたい」…

■ 『論座』編集部の企画は、ヒットしたのであろうか。3月2日付『東京新聞』「筆洗」欄の記事である。

□ 近ごろこんなに刺激的で、考えさせられた論争はない。『論座』…
 近ごろこんなに刺激的で、考えさせられた論争はない。『論座』四月号(朝日新聞社)の“「『丸山眞男』をひっぱたきたい 希望は、戦争。」への応答”だ▼最初に同誌一月号に「丸山眞男をひっぱたきたい」という挑発的なタイトルで論文を寄せたのは、三十一歳のフリーター、赤木智弘さんだった。結婚どころか、親元に寄生、月収十万円で自分一人も養えない“ポストバブル世代”の窮状を代弁▼その“右傾化”の背景には、「平和な社会の実現」の名の下に、経済成長の利益を享受してきた先行世代への不満があり、「左傾勢力が擁護する労働者の利権を奪い取っておれたちに分けてくれと期待」しているという。それには「極めて単純な話、日本が軍国化し、戦争が起き、たくさんの人が死ねば、日本は流動化する。若者は、それを望んでいる」と言い切る▼かつて三十歳で二等兵として召集された東大エリートの丸山眞男氏が、学歴もない一等兵にイジメられたことを例に、戦争とは現状をひっくり返して、イジメられてきた私たちが丸山眞男の横っ面をひっぱたけるかもしれない、逆転のチャンスだ、という論法になる▼これが多くの論者の心の琴線に触れたようだ。同誌四月号では評論家の佐高信さんや映画監督の若松孝二さん、森達也さんらが厳しい批判や助言を寄せる▼だが鶴見俊輔さんは、インタビューの中で「民衆の底に隠された問題を提起している」と受け止め、吉本隆明さんはかつての自分と重ねながら、不平不満にとどめず、自問自答を続けよとアドバイスする。


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March 01, 2007

二月二十八日の三題

■ エントリー更新は控えると昨日、書いたが前言撤回である。
 昨日は、上海発、ニューヨーク経由、東京行きの「世界同時株安」に揺れた。
 絶好の「買い場」であったはずであったが、何とキャッシュを残していなかった。
 誠に残念である。

■ 浅野史郎前宮城県知事が東京都知事選挙立候補前向きだそうである。
 午後、移動中のタクシーの社内ニュースで知った。
 雪斎が浅野前知事と会ったとき、彼は厚生省の課長であった。
 程なくして、彼が知事選挙に打って出たとき、応援部隊の「主力」を構成したのは、愛知和男代議士の後援会組織だった。
 そして、後日、愛知代議士が「自分の選挙よりも力が入った」と評した選挙で、彼は勝って、「地方発、改革派知事」として出発した。
 もう十数年前のことである。
 そうした事情を知る立場からすると、雪斎は、「考え直せ」といいたくなる。
 「キャリアにわざわざ傷を付ける必要もあるまいに…」。
 石原慎太郎都知事を相手にした選挙であれば、なおさら、そう思うl。

■ 夕刻以降、愛知代議士の「在職25年」を祝うパーティが開催される。
 祝辞を述べたのは、中曽根康弘大勲位、伊吹文明文部科学大臣、尾身幸次財務大臣、中川秀直幹事長、武部勤前幹事長といった人々である。千数百人を集めた盛大なものであった。
 中曽根大勲位のスピーチは、「凄い」の一言である。何が凄いのかというと、そのエネルギーである。とても、齢九十近い人物だとは思えない。
 雪斎は、このパーティ絡みの仕事は既に終わっていたので、会場では何もしていない。
 それにしても、「二階派」のスタッフ総出で着た「法被」は、雪斎には全然、サマにならなかった。「慣れないことはすべきじゃねえな…」と思う。
 

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