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December 28, 2006

簡単な総括

■ 今年の簡単な総括である。
 1、雪斎基準による四つの事件
  ① 小泉純一郎内閣退陣
   ・ 「風とともに去りぬ」に似た感慨を覚えた。
  ② 安倍晋三の訪中
   ・ 対中「デタント」論を展開した手前、早速実行されたことに意を強くした。
  ③ ジェラルド・フォードの逝去
   ・ 大統領として訪日した最初の人物。
     雪斎は以前、ミシガン州のフォードの故地を訪れたことがある。
  ④ 塩野七生『ローマ人の物語』完結
   ・ 「大業」の完成をリアル・タイムで眼にできたのは感慨深い。
 2、個人的な話
  ① 「永田町」に微妙な距離を感じ始める。
   / 「潮時かな…」と思い始めている。
  ② 「平成の清沢洌を目指す」という目標を設定する。
   / 様々な意味で、清沢は、雪斎の目標になる。
  ③ ジョン・メイナード・ケインズ卿の「真似事」が続く。
   / 「経済情勢に矢鱈、注意深くなったな…」と思う。
 3、今年に遣り残したこと、あるいは来年にやり遂げること。
  ① 年内、新著(朝日新書)刊行となるはずのところが、秋以降、執筆作業が止まっている。
     これは拙いであろう。朝日新聞出版セクションの皆さん、申し訳ない。
     年末年始に、「除夜の鐘」を聞きながら、執筆することになる。
     故に、例年の「箱根行き」は、お預けと相成る。トホホ…。

■ 本エントリーを以て、今年の雪斎は、「納め」と致します。
 皆さん、よい新年をお迎え下さい。
 来月七日頃に再開します。

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December 27, 2006

「戌笑い」の年の暮れの風景

■ 「いざなぎ越え」景気最中である。ところで、現下の景気は、将来、何と呼ばれるのであろうか。「構造改革景気」、「ヒルズ景気」…。そろそろ、何かを考え付くべきであろう。
 1980年代後半、「バブル景気」の阿呆らしさを象徴する話があった。大阪の女性料亭経営者に、興銀リース、興銀ファイナンスなどのノンバンクが融資を続け、興銀グループだけでピーク時には約2400億円を貸し込んでいた事件があった。「料亭の女将さん個人に2400億円も貸して、どうするつもりであったのであろう」。今から冷静に考えれば、そう思う。また、日興コーディアルで不正会計が露見している。こういうことは、早く根絶してもらわないと、東京が「世界のマネーセンター」になるのは、難しいのではないいか。
 だから、「実感なき景気回復」というのも、「バブル」の時代のツケを払い続けていたと思えば、致し方ないのかもしれない。
 ところで、株式相場の干支にまつわる格言に次のようなものがあるのだそうである。。
 「辰巳天井、午尻下がり、未辛抱、申酉騒ぐ、戌笑い、亥固まる、子は繁栄、丑つまずき、寅千里走り、卯跳ねる」。
 戦後の日経平均株価の干支別騰落率を観ると、辰年、巳年、亥年、子年の上昇率が際立っているのだそうである。雪斎の投資活動は、申年の春に始まった。この格言と経験則の通りでとあれば、来年と再来年は、ウハウハであろうけれども、どうなるのであろうか。

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December 25, 2006

安倍晋三と竹下登のデ・ジャ・ヴー

■ 今年も残すところ一週間である。拙ブログも,あと一、二度、エントリーを書いて「御用納め」である。

■ 「安倍晋三」と「竹下登」のデ・ジャ・ヴーを考えてみる。来月十日発刊『中央公論』に寄せた論稿のモチーフの一つが、これである。この二人の宰相には、次のような共通項がある。

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December 23, 2006

会議は踊る。されど…

■ 予想通りというべきか。
 

□ 6カ国協議、再開日程決まらず休会=作業部会設置も見送り-北、核議論を拒否
      12月22日23時2分配信 時事通信
 【北京22日時事】北朝鮮核問題をめぐる第5回6カ国協議は5日目の22日午後、進展のないまま日程を終了、休会とすることを決定した。休会決定後に発表された議長声明によると、次回会合の日程を決められなかったほか、中国が提案した作業部会設置も見送られた。北朝鮮は金融制裁問題が解決されない限り、核放棄議論に応じない姿勢を崩しておらず、2003年に始まった6カ国協議はその有効性が問われる重大な岐路を迎えた。
 今回の6カ国協議は、10月の北朝鮮による核実験を受けて1年1カ月ぶりに再開。議長声明は「早期の再開で合意した」としか記しておらず、再開日程に向けた交渉自体が難航するのは必至だ。日朝間の2国間協議は行われなかったが、佐々江賢一郎外務省アジア大洋州局長は北朝鮮側に拉致問題の重要性を伝えた。

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December 21, 2006

言論の「質」を担保するために

■ 昨日夕刻以降、「対外政策」関係研究会に参加する。外務官僚と国際政治学者の混成である。アカデミズム関係者では、T先生とK先生の御両人と雪斎が加わった。実質、今年の「最後のイヴェント」である。本日午前の補習授業と明日の研究会参加を済ませば、雪斎は、「御用収め」モードに入る。

■ 知識人の中にも二つの種類がある。一つは、自分の言論を社会的に「成り上がる」ための手段と位置付けている人々である。二つは、元々、それなりの資産や地位を得ているので、そうした「成り上がる」という動機付けを持たない人々である。

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December 19, 2006

師走の雑感

■ 午前中、雑誌「中央公論」に寄せる原稿に関わる総ての作業を終える。
 書いたのは、「安倍晋三」論である。
 中身は、「まぁ、何時もの通り、保守論壇方面が怒り出しそうだわな…」というものである。
 雪斎は、自分を「交響曲作家」だと自称している。
 400字詰原稿用紙5枚程度のコラムよりも、25-30枚程度の論稿をきちんと書くほうが性に合っている。
 それは、短編を書くよりも、はるかに緻密な論理構成を要求する点では、交響曲を書くのにスタイルとしては近いと思う。此度の論稿も、そういうつもりで書いた論稿である。
 これが、二.三のコラムを除けば、実質上、今年最後の論稿である。来年は、雪斎は、「厄年」であるけれども、物の占いによれば「人生の転機」を迎えるそうである。何が起こるのであろうか。

■ 現在、身体状況は、誠に芳しくない。
 「胃腸」に来ているのである。
 まさか、ノロ・ウィルスにやられたなどということはないと思うけれども…。
 過日の「24時間ぶっ通しの執筆」が祟ったのであろうか。
 雪斎は、近年、齢四十を過ぎた辺りから、ちょっとした体調変化にも用心深くなった。
 健康に悪影響を与える振る舞いは一切、しないようにしなければなるまい。

■ ルドルフ・ケンペ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団による「ベートーヴェン交響曲全集」が届く。早速、「第7番」を聴く。何という芳醇な演奏であろう。当面、「ケンペ/ミュンヘンpo」版を雪斎のスタンダードとすることにする。ケンペは、66歳という指揮者としては「これから」の時期に急逝した故に、久しく忘れ去られた指揮者であった。だから、ケンペの演奏には、「長生きしておれば…」という想いが沸き起こる。芸術・学術の世界に足を踏み入れた者は、できるだけ長生きをして、色々な作品を後世に残さなければならない。養生専一に務めるのが、雪斎にとっては大事なことである。

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December 18, 2006

年の瀬の「第7番」

■ 年の瀬である。暖冬であるけれども、こういう天候状態は、ちょっと困るなと思う。
 札幌から東京に出てきた最初の冬に、雪のない「冬」なんて…と思いながら、十数年が過ぎた。
 雪斎は、相変わらず研究と執筆の時間が過ぎている。
 先日、「最近、ベートーヴェンの交響曲第7番が巷では人気だ…」という話を聴いた。フジ・テレビ系のドラマ「のだめカンタービレ」で使われているそうである。
 「というわけで…」ということはないのであるけれども、この土曜日曜、ベートーfヴェンの「交響曲第7番」を集中的に聴いた。聴いたのは、次の演奏である。

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December 15, 2006

24時間、闘えますか。

■ この数日、「安倍晋三」論を執筆していた。締め切りを勘違いしていて、昨日中に提出しなければならないことに気付いたのは、何と一昨日であった。柄にもなく、「焦った」。
 一昨日午後8時近くに書き始めて、脱稿し提出したのが昨日午後8時であった。
 40歳も過ぎて、24時間ぶっ通しで書き続けたのは、久しぶりである。
 雪斎の執筆ペースは、実は然程、早くない。
 400字詰原稿用紙を一枚分を埋めるのに、3時間くらいは費やすのである。
 雪斎の場合、執筆のスタイルは、一字一字をそれこそジグソーパズルのように埋めていくというものなので、やたらと時間を食うわけである。

 脱稿後、聴いたのは、よりによってというべきか、ウィルヘルム・フルトヴェングラー/ウィーン・フィルで、ベートーヴェンの「第五番」であった。完全に聴くもののセレクションを間違えたようである。「重かった…」。「せめて、シューマンにしておけば…」と思った。「俺って、マゾだったのか…」と一瞬、錯覚する。

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December 13, 2006

「ベートーヴェン弾き」との邂逅

■ 昨日、ウィルヘルム・ケンプが演奏する「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集」が届く。入手する機会を逸し続けて、遂に手に入れたものである。ベートーヴェン弾きといえば、既に神格化されているウィルヘルム・バックハウスが有名なのであろうし、普段は以前に「全集」を手に入れたバックハウスの演奏を聴いていた。けれども、雪斎は、ケンプの「弾き」のほうが気に入っている。かのウィルヘルム・フルトヴェングラーが、その「精神性」を高く評価したピアニストである。特に、ソナタ第8番「悲愴」第二楽章の「メロウな演奏」が何ともいえないのだな。
 正月に全32曲を聴くことにしよう。そういえば、三十年近く前に雪斎が初めて買ったクラシック音楽の商品は、ケンプの演奏による「悲愴、月光、熱情」のカセット・テープであった。当時の値段で三千円である。高いと思った。
 当時は、カネがないので、FM放送からカセット・テープに録音して聴いていたのである。。田舎の中学生だったのに、クラシック音楽趣味にはまり込んだのは、奇妙である。親にも、「誰に似たのかな」と言われた。音楽の先生を相手に、「フルトヴェングラーって、いいですよね」とやっていた。思えば、クラシックを趣味にしたのは、雪斎にとっては、青春期の「反抗心」の現われであったかもしれない。高校に入ると、「同類」が多くいて、安心したのだが…。
 今時の若者は、「FMエア・チェック」などというものをやるのであろうか。今なら、「ダウンロード」かな。豊かな時代に生まれ育った若者には、おそらく無限の可能性がある。「カネがない」ことを理由にして、できるはずのものをやらずにきた1960年代生まれ以前の世代とは、違うであろう。だから、雪斎は、日本の前途を悲観的に観ていない。

■ 諸般の事情により、エントリー更新は暫時、中断します。再開は来週月曜日の予定です。

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December 12, 2006

人間にとっての「高貴」と「下賎」・続

■ 昨日のエントリーで書いたことの繰り返しである。人間にとっての「高貴」と「下賎」について次のような分類をした。
 1、それぞれの社会で恵まれない立場、差別される立場の人物が、それにもかかわらず社会のために貢献する。
 2、それぞれの社会で恵まれた立場の人物が社会のために貢献する。
 3、それぞれの社会で恵まれない立場、差別される立場の人物が、社会のために貢献しないで自分のことを考える。
  これにも二種類があって、
  a ひたすら自分の「独立自尊」を図ろうとする。
  b 他人に平然と「寄生」しようとする。
 4、それぞれの社会で恵まれた立場の人物が、それにもかかわらず社会のために貢献しない。

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December 11, 2006

人間にとっての「高貴」と「下賎」

 雪斎が最も大事にしている映画『炎のランナー』 (Chariots of Fire、監督/ヒュー・ハドソン)には、主人公であるユダヤ人青年、ハロルド・エイブラハムズの親友として由緒ある貴族の青年、アンディが登場する。アンディは、広大な屋敷の庭にハードルを並べて練習する折、執事に命じてシャンパンを満たしたグラスを各ハードルの端に置かせ、「シャンパンをこぼしたら教えてくれ」と伝えるのである。このシーンは、映画全編の中でも最たる高雅さを漂わせるシーンである。
 ハロルドは、英国社会で絶えず差別される立場にあったユダヤ人青年であった。だから、彼は、走ることで自分の存在を証明しようとした。そして、彼は、1924年パリ五輪で国旗掲揚台の中央にユニオン・ジャックの旗を揚げるのである。陸上競技引退後のハロルドは、弁護士、ジャーナリスト、陸上競技界の重鎮として活躍し、尊敬される人生を送った。英国社会で恵まれない立場、差別される立場であったハロルドが、それにもかかわらず英国社会のために貢献する人生を送ったのである。貴族であったアンディがハロルドの葬儀の後にもらした言葉は、示唆深い。「あいつは勝った…」。
 ハロルドは、雪斎にとっては、「かくあるべき人生」を体現している。

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December 08, 2006

「ケインとアベル」再読

■ ジェフリー・アーチャーの小説『ケインとアベル』を再読する。これを最初に読んだのは、「バブル最盛期」の学生時代であり、当時は、テレビ・ドラマも放映されていた。
 1906年の同じ比に全く違う境遇で生れた二人の生涯を描いた本作品は、文字通りの「大河ドラマ」である。一人は、ボストンの富裕な名家ケイン一族の一人息子、ウィリアムであり、もう一人は、ポーランドの罠猟師の息子として育ったヴワデグ(のちにアベルと改名)である。ケインは父親が遺した銀行を継ぎ、銀行家として大成し、アベルはヨーロッパの戦乱で総てを失った後、移民として米国に渡り、自らの手で創業したホテルチェーンの経営者して「アメリカン・ドリーム」を実現するわけである。物語は、この二人の長年の確執が軸になっている。加えて、お互いの息子と娘が実質、駆け落ちしたりしている。二十世紀の米国を感じさせる作品である。

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December 05, 2006

♪ 祝・「造反組」復党 ♪

■ 郵政政局「造反組」議員11名の復党が決まった。決まったことである以上、これ以上云々しても意味はない。雪斎は、「造反組」議員に何ら特別な好悪の感情を持っていない。雪斎が復党にネガティブであったのは、自民党の党勢にはマイナスの効果しかもたらさないであろうと読んだからに他ならない。

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December 03, 2006

ロシア・ファクター

■ 国際政治ネタでちょっとばかり注目せざるを得ないのは、このロシア・ファクターである。

□ 不審死の露元スパイ、体内などから放射性物質
 【ロンドン=森千春、千葉直樹】旧ソ連諜報(ちょうほう)機関「国家保安委員会(KGB)」の後継機関である露連邦保安局(FSB)元中佐のアレクサンドル・リトビネンコ氏(43)の不審死事件は、英保健当局が24日、同氏の尿から放射性物質「ポロニウム210」が検出されたと発表したことで、暗殺された可能性が一層、強まった。
 ロンドン警視庁は同放射性物質が同氏が立ち寄ったロンドン市内のホテルなどで検出されたと発表。英外務省は外交ルートでロシア側に「深刻な事件」との認識を伝えた。事件は英露関係に影を落とし始めている。
 英政府は24日、事件を重視し、ジョン・リード内相主催で国家緊急治安特別閣議を開催、事件への対応を協議。英外務省は同日、ユーリー・フェドトフ駐英ロシア大使を呼び、露政府が捜査に必要な情報を提供するよう要請した。

 このロシア・スパイは、プーチン政権に批判的であった故に、その「暗殺」には、プーチン政権の関与を云々する声が挙がっている、真相は、まだ判らない。
 ただし、ロシア政治に関していえば、次の点を指摘しておく必要がある。

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December 02, 2006

パーティの日々

■ 雪斎は、パーティに頻繁に顔を出す。特に十二月は、かなりの回数がある。
 雪斎が、パーティに出れば、やることは決まっている。先ず、パーティ・コンパニオンのお姉さんたちを捕まえて、食事の世話をしてもらうのである。「私の口にその料理を放り込んで下さい。何も考えないでね…」。声をかけられたお姉さんたちは、大体は戸惑った表情を見せるけれども、雪斎が著名なお歴々と平気で談笑する「名士」であると判れば、異様に丁寧な扱いになる。「そこまで丁寧にしなくとも…」と思う。
 昨日も夕方以降は、文藝春秋社主催の「忘年会」パーティに加わる。ホテル・オークラで毎年、やっているパーティである。辻井喬(堤清二)、猪瀬直樹、櫻井よしこ、大宅暎子といった各氏が来ていた。辻井、櫻井両氏と話をして、一時間で撤退する。やはり、久兵衛の寿司は旨かったな…。

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December 01, 2006

名刺の想い

■ 雪斎の名刺の裏面の英文肩書は、次のようになっている。

 POLICY PLANNING ADVISER TO REP.KAZUO AICHI, FORMER MINISTER OF DEFENCE

 直訳すれば「元防衛大臣付政策立案担当顧問」である。
 防衛庁長官の英文表記は、本来は、CHIEF OF SELF DEFENCE AGENCY である。
 だから、この名刺肩書は、正確には「嘘」である。
 しかし、雪斎は、十数年前から、「永田町」に居るときには、この肩書を,通してきた。
 誰が何といおうと、MINISTER OF DEFENCE こそが実態だと思ってきたからである。加えて、この名刺肩書が何時の日か「正式」のものになるであろうと想いがあった。
 昨日、防衛庁「省」昇格法案が衆議院審議を通過した。順調に行けば、来年1月から「防衛省」である。
 十数年の想いが稔ることになった。これで、雪斎の名刺の肩書も、「嘘」でなくなる。
 至誠は、天に通じたということであろうか。

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