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September 11, 2006

「9・11」の風景

■ 本日から、また国事を考える日々である。
  昨年の今日が、あの歴史的な「9・11」選挙の日であった。
  「永田町」に戻ることなど思いも寄らなかった。
  そして、一年、経った。
  雪斎は「偶然」の船の上に浮かんでいる。

■ 休み中、何をしていたのか。次のアルバムをぶっ通しで聞いていた。
 ● 『ベートーヴェン 交響曲全集』
      指揮 レナード・バーンスタイン
      演奏 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ● 『ベートーヴェン 交響曲全集』
      指揮 ハンス・シュミット・インセルシュテット
      演奏 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ● 『ベートーヴェン 交響曲全集』
      指揮 小沢征爾
      演奏 サイトウ・キネン・オーケストラ

 ● 『マーラー 大地の歌』
      指揮 レナード・バーンスタイン
      演奏 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ● 『マーラー 大地の歌』
      指揮 ブルーノ・ワルター
      演奏 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ● 『マーラー 大地の歌』
      指揮 ブルーノ・ワルター
      演奏 ニューヨーク・・フィルハーモニック管弦楽団
 ● 『マーラー 大地の歌』
      指揮 オットー・クレンペラー
      演奏 フィルハーモニア管弦楽団

 「ベートーヴェン交響曲全集」は、雪斎にとっては、バーンスタイン&ウィーンpo.のものが、「標準」である。「大地の歌」は、ワルター&ウィーンpo.のものは別格だろうけれども、クレンペラーのものは、かなり味わい深い。
 ついでに、ぐっちー殿ご推奨の徳永英明のアルバム『VOCALIST 1』と『VOCALIST 2』を聴く。『1』に収録されている「駅」(竹内まりや)、「涙そうそう」(元ちとせ)、「ダンスはうまく踊れない」(高樹澪)、『2』に収録されている「あの日にかえりたい」(荒井由実)、「セカンド・ラブ」(中森明菜)は、気に入った。「あなた」(小坂明子)には驚いた。

■ 9月9日の『産経新聞』「正論」欄に下掲の論稿を乗せた。拙ブログでの二回分のエントリーを元にした論稿である。予想通りといういうべきか、この論稿を「加藤紘一氏への擁護」とか「左翼学者の言論」と解している向きがあるらしい。誠に下らぬ。
 別段、雪斎は、この論稿を「加藤擁護」のために書いたわけではない。この論稿は、他人を「売国奴」呼ばわりして悦に入っている言論を批判する趣旨のものである。実際のところ、加藤氏自身が本当に「中国の友人」であるかは、定かではない。この論稿でゴルバチョフの挿話を引用したけれども、ゴルバチョフが「友人」と呼んだケナンは、終始、ソヴィエト共産主義体制には批判的であった。もっとも、アントン・チェーホフの文学を愛したケナンは、力恃みの対ソ政策を展開した冷戦下の米国政府の手法にも、厳しい眼を向けていた。ゴルバチョフにしてみれば、ケナンは、がたがたになってしまった共産主義体制の末路を早くから予見し、それを余り感情的にならずに指摘したが故にこそ、「友人」と見ることができる存在であったということである。
 ところで、日本の「親中派」政治家に、京劇や中国古典文学の世界に通暁している人物は、どれだけいるのであろうか。雪斎は、この辺りの見識は、ほとんどない。だから、雪斎は、「親中派」たりえない。中国とは、利害が一致できれば、その限りにおいて協力すればよいのである。雪斎は、中国経済が失速しない限りは、我が保有の鉄鋼株も挙がり続けると思うので、その分だけは儲けさせてもらいましょうか(笑)。因みに、もし安倍晋三氏が胡弓の演奏を披露するなどということをやってくれると、中国政府の安倍氏に対する見方は、かなり変わるのだろうと思う。
 もっとも、雪斎は、マギー・チャンのファンであるし、ウェイウェイ・ウーやチェン・ミンの二胡演奏を割合、CDで聴くので「中国嫌い」ということはない。「ただ単に美女が好きだということじゃないけ…」と突っ込まれそうな気がするけれども、それにはコメントは「しない。
 この点でいえば、小泉純一郎総理は、グレースランドでは「親米派」であり、バイロイトでは「親独派」であり、ヘルシンキでは「親フィンランド派」であった。これは、考えようによっては驚嘆すべき才能であろう。政治ばかり考えているような人物が、まともな政治家になれるわけではない。小泉総理は、そうしたことを教えているのである。

 □ 「他国の友人」を罵るのが愛国者か―我が国の利益には何ら貢献せず
 ≪象徴的な加藤紘一邸放火≫
 「われわれが自分の国に居るときに信じているのは、一人の人間が、他国の友人であって、同時に自分の国には忠実にして献身的な市民のままでいられるということである。それが、われわれが貴殿に観ている流儀である」
 1987年12月、ミハイル・S・ゴルバチョフ(当時、ソ連共産党書記長)は、初めて米国を訪れた折、パーティーに招かれたジョージ・F・ケナン(歴史学者)に、このように語りかけた。
 筆者には、このゴルバチョフの言葉こそは、「冷戦の終結」の風景を象徴したもののように思える。ケナンは、冷戦初期には米国国務省政策立案室長として対ソ「封じ込め」政策の立案を主導し、後に駐ソ大使に転じた折には、ソ連政府から「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)として入国を拒否された。
 ゴルバチョフは、昔日には「敵方の謀将」であったケナンに対し、「他国の友人であって、同時に自分の国には忠実にして献身的な市民」と語りかけたのである。
 一般的にいえば、政治家や外交官だけではなく一般市民にとっても、「他国の友人であって、同時に自分の国には忠実にして献身的な市民」であろうとすることは、大事な徳目である。ただし、「他国の友人」としての立場と「自国には忠実にして献身的な市民」としての立場を両立させることは、実際には殊の外、難しい。
 この難しさを象徴的に物語っているのが、先刻、加藤紘一元自民党幹事長の邸宅が放火され、全焼した一件である。
 加藤氏自身は、外交官出身としての来歴から、「中国の友人であって、同時に自分の国には忠実にして献身的な市民」であろうとしてきたのであろう。
 しかし、現在の対中感情の悪化という客観情勢を前にしたとき、加藤氏が模索したような「中国の友人」である立場は、「自国には忠実にして献身的な市民」である立場とは相容れないものと解され、「中国の友人」であることを拒否しようという姿勢こそが、「自分の国には忠実にして献身的な市民」であることの証しと断ずる雰囲気が出来上がっている。
 加藤氏の災難には、そのような雰囲気が漂っていることが影を落としている。
 ≪「米国の友人」標的の時も≫
 もっとも、加藤氏の場合には、「中国の友人」であると認識されたことが災難を招く因になってしまったけれども、戦前期の日本では、意図したにせよ、せざるにせよ、「米国の友人」であることが苦難を呼び寄せる因であった。
 たとえば「知米派」論客として知られた清沢洌は、戦時中、「これで臣節を全うしたといえるか、もっと戦争を避けるために努力しなければならなかったのではないかと一日中煩悶した」という日米開戦の日の感慨を自らの日記に書き残したけれども、その当時には言論活動の機会を奪われていたのである。
 我が国は、国際協調の堅持の上にこそ国家の存立が成り立っている。そのような国情を前にすれば、「自国には忠実にして献身的な市民」である立場と「他国の友人」である立場とが互いに相容れないものと解する向きくらい、有害なものはない。我が国の人々が「他国の友人」として世界各国に多様な人間関係を紡ぐことは、大いに奨励されるべきであるし、我が国の対外「影響力」は、そのような多様な人間関係によって担保されているのである。
 このように考えれば、他の人々に対して「国賊」とか「売国奴」といった言葉を投げ付ける人々は、「自国には忠実にして献身的な市民」としての姿勢を何より強調する点において、主観的には「愛国者」であるかもしれないけれども、客観的には「亡国の徒」と呼ぶべき存在である。
 ≪対外関係の多様さ損なう≫
 そうした人々の言動は、我が国が普段から保つべき対外「人間関係」の多様さを損ねるものであるからである。
 日露戦争期の「露探」に始まり、戦後の「洋娼」「米帝のイヌ」や近年の「媚中派」に至るまで、他の国々への姿勢を挙げて他の人々を罵る言葉は、枚挙に暇がない。しかし、そうした言葉は我が国の利益には何ら貢献しない。
 筆者は、自らの価値観や信条に照らし合わせる限りは、「米国の友人」であっても「中国の友人」であることはないと思っているけれども、他の人々が「中国の友人」であることを妨げる気はない。政治家、外交官、学者などの言動を観察する折には、そのことの意味は絶えず留意されるべきであろう。
  『産経新聞』(2006年9月9日)掲載

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Comments

常に周りと調子を合わせていないと叩っ切られるような風潮が
主流になるとは思えませんが、昨今の世間の空気は部分的に嫌中嫌韓でしょうか。
永年マスコミが情報をコントロールしてきたことに対する「揺り返し」が来ているような気がします。
ただ、特定国家の代弁者(友人)の是非はさておき、今回の事件の犯人に対する養護が一切無いことと、同時に加藤氏に対する同情もまた少ないことがこの件に対する世間の評価なのでしょう。
この国の社会で大多数を占める「沈黙の保守」は、移民の受け入れだけでなく「価値観・文化の異なる別の血統に属する人々(遡っても皇統に繋がらない人間)」の個々人の判断による大量流入も拒否していますが、それと同時に、近隣の膨張主義かつ地域覇権を目的とする政体を掲げる社会に対しても、皮膚感覚で拒絶していると私は考えます。
古来、この国に入ってくるものは人ではなく文物であった、と言ったのは司馬遼太郎ですが、ここ四半世紀の間、徐々に進んだ「身の回りの外国人たち」に対する個人の評価と対応を集約する「解答」が出始めているような気がします。

Posted by: TOR | September 11, 2006 at 03:05 AM

あと、中国でがんばっている女性社長のBlogです。
お奨めですのでどうぞ
http://chinalifecost.seesaa.net/

そして、日本への大量移住がおこりかねない記事です
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Posted by: TOR | September 11, 2006 at 03:27 AM

 はじめまして、いつも興味深く拝読させていただいています。「他国の友人]という言葉に感じたことについてちょっと。「他国の友人]足りえる為には、もちろん自国へ友たる国の立場を解説擁護し自国民への理解を広めることも必要だとは思いますが、それとともに良薬は口に苦しとも言いますが友たる国の振る舞いに対する忠告こそが友を自任するものの勤めとして大事なのではないでしょうか、最近とみに覇権国家としての体裁を整え大国の論理を振りかざす中国に対しては特に。その部分で加藤紘一氏がどうであったか、という部分に関し手の情報は寡聞にして持ち合わせがありませんが。

Posted by: ryuzinnuma | September 11, 2006 at 07:31 AM

いつも楽しく拝見しています。

> この論稿は、他人を「売国奴」呼ばわりして悦に入っている言論を批判する趣旨のものである。

優れた評論というのは、表面的な事象に惑わされることなく、深い自省を促すものだと考えます。雪斎様の論考は、まさしく深い自省を促すものだったと拝察しました。

日中国交正常化の際に周恩来が言ったとされる「求大同、存小異」は、彼の国の文化の厚みを象徴するような含蓄の深い言葉だと思いました。
また、高麗や李朝の磁器を見れば、彼の国の文化に対して畏敬の念が生じるように思います。
(浅学非才の輩である私が言うのもおこがましいですが)

中国政府や韓国政府の言動には辟易させられることばかりですし、日本政府は安易な妥協をすべきではないと考えます。しかし同時に、彼の国の人々や文化に対する憧憬の念をもち続けたいと思っています。


> ベートーベン

天邪鬼の私は、古楽器ものが好きなので、ホグウッドの交響曲全集を愛聴しています。現代楽器を使った大編成の演奏とは一味違い、若々しいヨーロッパを感じさせるところが気に入っています。
面白いことに、古楽器の制作と演奏については、日本人が大いに活躍しているのですね。

Posted by: 木星人 | September 11, 2006 at 08:54 AM

むむ ・・
雪斎殿 
大地の歌にそれほどとは・・クレンペラー版を聴いてみたい・・・

>他の人々に対して「国賊」とか「売国奴」といった言葉を投げ付ける人々は、「自国には忠実にして献身的な市民」としての姿勢を何より強調する点において、主観的には「愛国者」であるかもしれないけれども、客観的には「亡国の徒」と呼ぶべき存在である。

このところ、いろいろありまして・・私もそう思います。冷静、かつ客観的に世界を眺めなければと自省しております。
 
鉄では、電炉・粗鋼関連で2倍・3倍を経験しました。中国さまのおかげです。勿論アメリカ様のおかげでウハウハもありました。ところがホリエモンショックで半減!!わが投資人生に涙ありです

Posted by: SAKAKI | September 11, 2006 at 09:31 AM

 TOR殿
 榊殿のブログでも、ぐっちー殿のところでも多謝に存じます。
 移民を認めるにも、「女性限定で」と書いたのには、「有能である」という当然の但し書きが付くのですな。
 ryuuzinnuma殿
 正論・原稿には、拙者は、加藤氏に関して、「…友人であろうろしてきたのであろう」。「…友人と認識された」と書きましたが、「…友人である」と断定した書き方をしていないのです。
 これくらい微妙な書き方をしているのですが、「雪斎は加藤を擁護した」と反応する人々がいるのですな。
 木星人殿
 政治体制への評価と文化の評価は、別物ですな。これができる米国人Gヴぁ戦時中にいたおかげで、京都や奈良は守られた。この意味を理解すべきでしょう。
 古楽器の件、ご教示、多謝です。
 榊殿
 クレンペラーもマーラーの弟子でしたよね。

Posted by: 雪斎 | September 11, 2006 at 03:26 PM

細かいことですが、「涙そうそう」は元ちとせじゃなくて、夏川りみかと。私も元ちとせさんのファンなので。一言。

Posted by: さぬきうどん | September 11, 2006 at 10:20 PM

さぬきうどん殿
うわっ。間違えた・。どうもです。

Posted by: 雪斎 | September 11, 2006 at 10:24 PM

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