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September 03, 2006

靖国は「未来」を観ているか。

■ baatarism殿のところで紹介されていた日下公人氏のコラムには、色々と考えさせられた。
 

防衛問題評論家の志方俊之さんは、元自衛隊の陸将で、北部方面総監だった。その前は旭川の第2師団長で、さらにその前は米国大使館に勤務され、そのもっと前、赤ん坊のときは、お父さんが陸軍中将だった。
 お父さんはシベリアへ連れて行かれて死んだそうだ。その志方さんが、自衛隊と靖国について興味深い話をされていた。
 サマワへ行った自衛隊が帰国したとき、「1人も死なないで帰ってくるとは、こんなうれしいことはない」と志方さんは言った。「サマワへ行ったのは全部自分の部下だった人たちである。誰か3、4人は死ぬんじゃないかと思っていた」と。
 志願者の中から500人、あと100人足して合計で600人の自衛隊員がサマワへ派遣された。その自衛隊員たちの多くが幹部に「死んだら1億円くらいくれるらしいが、それはいいとして、靖国神社はどうなのですか」と質問したそうだ。
 そこで幹部は、そういう隊員たち10人くらいを引き連れて、お正月に靖国神社に行ってお参りをして、宮司に会い、「わたしたちは靖国神社へ行けるんでしょうか」と聞いた。
 宮司の返事は、こうだった。
 「とんでもない、あなたたちが祭られるはずはないんです」。
 理由を聞くと、「まずあなたたちは軍人じゃない」。確かに、昔から自衛隊は軍隊じゃないと言っているんだから、それはそうだ。「それから、戦死しなきゃダメなんですよ」とも言われた。
 「サマワへ行って死んだって、それは戦死じゃありません。事故死か何かです」というわけだ。確かに「サマワには戦争に行くんじゃない」と、首相は国会で何度も繰り返し言っていた。
 要するに、「軍人でない人が戦争でない理由で死んだのに、靖国神社に祭るわけがないだろう」という扱いだったと、志方さんはおっしゃっていた。これは、表向きの議論をする人たちの考えだ。でも、宮司までがそんなことを言って追い払ってしまうとは、冷たいなとわたしは思った。
 それからもっと前の話で、宮沢元総理大臣が、警官にカンボジアへ行けと命令したことがあった。そのとき、見送りには行ったが、出迎えに行っていないと、いまだに怒っている人がいる。カンボジアでは1人が死んだ。死んだ人とその仲間は、やはり出迎えてもらいたいのだ。
 サマワから1人も死なずに帰ってきたと喜んでいるが、誰が出迎えに行ったのだろうか。やはり、危険なことをする人に対しては、礼儀を尽くさないといけないと思う。自衛隊の人は危険を乗り越えて任務を果たしたのだから、上の人も上の人の任務を果たさねばならない。

 この日下氏のコラムjに書かれてあることを字面通り受け止めた上で、以下の文章を書く。
 「ちょっと、ひどいよな…」というのが、率直な感想である。
 日本を取り巻く安全保障の環境は、昔日とは、かなり変わっている。
 たとえば、次のような仮定を考えてみる。
 日本の安全を護るために集団的自衛権を行使して落命した同盟国の兵士は、靖国に祀られるのか。たとえば、日米安保条約の発動によって、在日米軍部隊が出動して兵士が落命した場合、その兵士は、どのように扱われるのか。また、自衛隊のサマワ派遣の場合、英蘭両軍部隊が自衛隊「護衛」の任に当たった。この英蘭両軍の兵士は、もし落命すれば、どのように扱われたのか。米軍兵士であれ英蘭両軍兵士であれ、歴とした「軍人」であり「戦死の事例」である。雪斎は、合祀は当然だと判断するけれども、どうであろうか。これからの安全保障は、「自分の国は自分の国だけで護る」という体裁で確保されるものではない。こうした様々なケースを想定しなければ、これからの「戦争と平和」は語れないし、靖国も、こうした「戦争と平和」に絡む環境に適応しなければ、次第に「化石」の類になるであろう。
 …と、ここまで書いていたら、「産経」が下のような速報記事を流している。
 「靖国神社が合祀拒否を伝える。朝鮮戦争の機雷掃海作業で死亡した海保職員の遺族へ。「国に殉じた」と申請していた」。
 朝鮮戦争の折、国内で唯一、灯火管制を布かれたのは、福岡だったと聞いたことがある。そして、戦争の折には、米軍から依頼されて海上保安庁が機雷掃海の任に当たった。戦後、ほとんど唯一の「戦死」の事例である。そして、海上自衛隊発足後、暫くは、この機雷掃海作業が主な仕事であった。戦後、初めて自衛隊部隊が海外派遣されたのは、湾岸戦争後のペルシャ湾への掃海部隊の派遣であった。海上自衛隊の持つ掃海技術は、世界随一と評されるけれども、そのことには、過去半世紀以上の蓄積が反映されているのである。
 こういう話を聞くと、雪斎は、「靖国は、六十余年前で時間が止まっているのではないか」と訝る。どうやら、前に触れた志方氏の話は、本当だったようである。朝鮮戦争の折の海上保安官の落命は、「戦死ではなく事故死である」という認識なのであろう。サマワで不運な事態が起これば、同じように扱われたということであろう。
 雪斎は、靖国に同情的であったし、小泉純一郎総理の参拝には一貫して支持を与えてきた。しかし、雪斎は、そうした感情も醒めてきている。もっとも、こうした従来の靖国支持層からも反発を買いそうな話を出すことによって、靖国が「だから、憲法改正を急いで、自衛官をきちんとした軍人にしてください」と訴えているのだとすれば、それは、かなりの深謀遠慮であろう。ただし、これは、実際には雪斎の「深読み」であろう。「だんだん、どうでもよくなってきた…」。やはり、雪斎の心中にも、「秋の風」が吹いている。

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「国内政治」カテゴリの記事

Comments

私も、このbaatarismさまのエントリーを読んで
心に冷たいものが吹きぬけました。

さんざん政争の、あるいは外交トラブルのネタにされて
「ただただ、鎮魂の場」であることが難しいのでしょうか。
しかし「それを言っちまったら、おしめえよ」、そう感じています。

Posted by: るびい | September 03, 2006 at 08:25 AM

私はこの点靖国神社に同情的ですよ。
そもそも日中友好・アジア外交再編とかで靖国参拝を見合わせろという声を自民党の識者までがあげているではないですか。
そんな時期に自衛官を合祀などすればまた集中砲火です。また家族にも左翼陣営からの脅迫が相次ぐでしょう。

またそうなれば中国や韓国の脅迫は生半可ではないでしょう。
あの反日暴動はまさに日本国民にとっての「パールハーバー」でした。と当時にこんな摩擦を引き起こすくらいなら、靖国参拝はやめてくれというムードが一斉に高まった。日本人の大半は正直「へたれ」でしかない。アメリカとの対立はいかんという事で自衛隊のサマーワへの出兵もやむなく認めた。それと同じ「大国に逆らってはいかん」という気持ちが充満しています。

靖国神社が合祀を断ったのは当然です。
日本人は「争わない」のではなく「争えない」のです。
争えば叩かれる。それが日本です。
そして「叩く側」のアジアの国々はこれまた大国に土下座であり、それがまた反日というごまかしへと彼らを駆り立てる。やりやすいから、叩きやすいからです。
「日本おそるるに足らず」
それが彼らの考えであり、行動の原点にあります。
先日のロシアに銃撃された日本漁船の問題を見れば
そういう中で「秋の風が吹いてきた」などというのは日本の現実から目をそむける言い訳でしかないと思います。

Posted by: ペルゼウス | September 03, 2006 at 09:22 AM

こちらのエントリーを取り上げていただき、ありがとうございます。
あのエントリーを書いた後、コメント欄でいろんな議論や情報提供があり、「国による認定がない限り合祀できない」というのが、靖国神社側の論理ではないかと思うようになったのですが、だとしても命をかけてサマワに赴く自衛隊員が相手なんだから、もうちょっと言い方があるだろうという気がしてしまうんですよね。こういう感情はむしろ保守派の方の方が強く、それ故に日下氏もこの件を取り上げたのでしょう。
あと、国の方は太平洋戦争以降の戦死者に対して「靖国合祀のための認定」などやるつもりはないようなので、そうなると靖国神社はどうしても過去の存在になっていくのでしょうね。靖国神社側も頭が痛いことでしょう。w
靖国問題の影で、自衛隊に戦死者が出た場合は市ヶ谷の慰霊碑に祀られるという形も整えられつつあるようですし、政府も未来については靖国にこだわるつもりはないようですね。

Posted by: Baatarism | September 03, 2006 at 11:25 AM

はじめまして。
自分も、外国に指図されるのは腹が立つので、一貫して首相の靖国参拝を支持してきましたが、
それ以前より靖国神社の姿勢については必ずしも賛同できない面がありました(いわゆる明治維新の賊軍とされた方々や、戦後の自衛隊や海保の殉死者を祀らないことなどです)。
言ってしまえば、所詮は長州の招魂社ですからね(あ、自分は長州が嫌いですw)。
麻生さんの提案のように宗教法人でなくしてしまうのが一番の解決方法なのでしょう。

Posted by: 3gou | September 03, 2006 at 01:37 PM

靖国神社は、大日本帝国の神社だった、ということでしょうかね。

Posted by: 西田瓜太郎 | September 03, 2006 at 03:52 PM

先日、岡崎久彦氏が就遊館における史観に対してコメントされ、それに対して靖国神社がすぐに反応した、という報道がありましたが、その件についても解説していただけませんでしょうか。

何故、急にそのように反応したのか(これまでもそういう議論はあっただろうに)(以前雪斎氏が戒めておられた陰謀説ではありませんが何らかの水面下での事前の話し合いがあったのか)、すぐには合点がいきませんでした。

現在の宮司さんが以前と異なるのか、権限が異なるのか、その辺もよくわからぬままなので、余計に理解が進みません。

私は基本的には当面は靖国参拝を継続していただくことが適当であろうと考えていますが、靖国そのものと周辺の問題に対する理解をどのようにしていくのか、やや混乱しています。

Posted by: 酒乱童子 | September 03, 2006 at 11:41 PM

「とんでもない、あなたたちが祭られるはずはないんです」
まぁ、自衛隊は子孫として祟られている、というところでしょうか。
神は祟るものですし、はけ口にされる相手は子孫しかいないわけで・・・。

機会主義的な浮世に振り回された、誹謗中傷された、相手のその鬱屈は、聞く方が黙って聞いて流すしかないし、それが器量というものでしょう。第一、60年時計を止めさせたし止められたの関係は事実そうではないかな、と思いますから、靖国という死者の園から見れば、止めさせておいて、止まってると批判するとは・・・という怨念があるかもしれません。

Posted by: KU | September 04, 2006 at 12:15 AM

いつも楽しく拝見しています。

この件については、私も訝しく思っていたところ、次のような報道に接しました。

>  靖国神社は8月25日付の回答書で、「時代ごとの基準に基づき、国が『戦没者』と認め、名前が判明した方をお祀(まつ)りしてきた」と説明。「協議の結果、朝鮮戦争にあっては現在のところ合祀基準外」と結論づけた。
(9月2日付け朝日新聞)
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200609020031.html

ここで“現在のところ”という部分に力点を置いて読めば、「今は条件が整わないので検討中」とも解釈できます。
そもそも、合祀を検討する組織が、戦後は国にないのですから。
私も当初は憤りを覚えましたが、この記事を読んでから即断は避けたいと考えるようになりました。
それにしても、靖国神社には問題が山積しています。首相参拝やいわゆるA級戦犯の合祀のような表面的な偽問題に惑わされることなく、未来に開かれた靖国のあり方を検討し始める時期に来ていることを痛感します。

Posted by: 木星人 | September 04, 2006 at 02:27 AM

  皆さん。有り難うございます。
 拙者は、靖国は、「未来に開かれた」施設であってほしいと思っていますので、余り排他的なことをいわれるのは、どうかという気がします。申し訳ないですけれども、個別のコメントを一つ。
 ・3gou殿
 拙者も、東北の旧佐幕藩郷士の末裔ですから、「明治は長州人が作った」などという議論には、内心、面白くないものを感じることがあります。安倍晋三氏に対して余り熱を感じないのも、そうした所以かもしれません。

Posted by: 雪斎 | September 04, 2006 at 06:44 AM

雪斎 殿

 1年前の私は靖国に対して特別な思いがありました。
 寝たきりの祖母が遺族会ということで、父とともに、靖国神社といろいろ関わりを持つようになってから、何度かの参拝を経て、覚めてしまいました(笑)。
 凄く官僚的で、こちらは見下されたものなんです。
 雪斎殿のエントリーにあるような言い方をされるのは十分にありうる話ですし、合祀を願い出ること自体も、彼らにとって歓迎された行為ではないと思います。
 遺族会が激減する中で、迷走している部分もあります。
 参拝云々を議論する前に、神社の永続を現行宗教法人の形態で願うなら、お賽銭より寄附なんですが、その大口の寄附をしている遺族会に、心無い抗議が寄せられている・・
 このようなねじれを知らない方が多いのでしょうね。
 
 そういえば・・我が地域では、幕府軍の残党として会津でお世話になった武士がいたようです。
 いまだに、福島では、温かいもてなしを受けることが多いようですが、そのためでしょうかね・・

長文・・失礼しました。

Posted by: SAKAKI | September 04, 2006 at 10:49 AM

自衛官は何人もの方が戦死されています。
勿論、事故によるものですが、必ず発生する事故でなくなられた方は、靖国に祀られてはいないのです。
サマワで、何らかの死亡事故が発生した場合も、同じ扱いで問題ないと思います。”国の守り”の為になくなった事に変わりありません。
戦後靖国は、一宗教法人になったのですから、太平洋戦争までに戦死された方を祀る施設という事で良いのではないでしょうか。

Posted by: ysaki | September 04, 2006 at 04:08 PM

初めまして。
いつもROMしております。
ちょっと気にかかったのでコメントさせていただきます。
靖国側の対応に何やら肩を落としになられているようですが、
靖国をそのような立場にさせているのは他ならぬ政治家であるのをお忘れなく。
今は靖国は民間の一宗教団体なのですよ。
民間の一宗教団体に何をお求めになられているのでしょうか?。
麻生外相はその為の靖国案だと思いますけど。

Posted by: かがみ | September 04, 2006 at 10:35 PM

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