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September 28, 2006

日本版NSCの前提

■ 予想通りというべきか補佐官の顔ぶれが注目されている。小池百合子氏が国家安全保障担当として名を連ねている。五人の補佐官の内、唯一、閣僚経験者である氏を起用したことに、安倍晋三総理の意志がc見て取れる。巷間、伝えられるのは、小池氏が日本版NSC(国家安全保障会議)の創設を手がけることになるということである。

 ただし、日本版NSCを創設する際jの前提は、それを機能させる「ポリシー・インテレクチュアルズ」の人的ストックが豊かに揃っているということである。米国の場合、数々のシンクタンクが、その人的ストックの受け皿になっているけれども、日本では、そうした受け皿が余り整備されていない。今後、十年くらい時間をかけて、こうした「人的ストック」を創っていく必要がある。
 日本には、「竹中平蔵」級のポリシー・インテレクチュアルズが五百人は要る。「学者」と「ポリシー・インテレクチュアルズ」は、似ているようで違う。「ポリシー・インテレクチュアルズ」は、「学者」としての理論的思考も、「実務家」としての実践的思考も、出来る人材のことである。雪斎は、そうした人材を目指した。

■ 下掲は、自民党機関紙『週刊自由民主』に寄せた原稿である。雪斎の他に、岡崎久彦大使を含む三名の人々が原稿を寄せている。拙稿の趣旨は、拙ブログでも披露している通りである。

 □ 安倍新総裁には「『燻し銀』の統治」を期待する。
 安倍晋三新総裁に期待されるのは、後に古代ローマ帝国初代皇帝としてアウグストゥスと称されることになるオクタヴィアヌスに類する役割である。
 振り返れば、古代ローマ時代、「稀代の英雄」であったユリウス・カエサルの後を継いだオクタヴィアヌスは、常備軍の設置と国境線に沿った軍団配置を進め、それに応じた軍制改革を断行した。共和政から帝政に移行する時期の古代ローマにおいて、オクタヴィアヌスの「統治」が創ったのは、ローマという「帝国」の基盤であり、その「帝国」の権勢に支えられた「パックス・ロマーナ」(ローマの平和)の基盤であった。
 小泉純一郎前総裁は、「失われた十年」と呼ばれた一九九〇年代以降の政治上の混迷と経済上の停滞に終止符を打つことを要請され、それに応えた政治指導者であった。たとえば金融機関の不良債権処理や郵政三事業民営化の断行に象徴されるように、「小泉劇場」と評された華々しくも激越にして冷徹な「統治」の手法は、その政治混迷と経済停滞を終わらせるためにこそ、必要とされたのである。そして、安倍新総裁の手には、オクタヴィアヌスが「帝国」の基盤を創ったように、日本の「普通の国」としての基盤を完成させ、定着させる作業が委ねられている。そのためにも、次の二つの点が留意されるべきである。
 先ず,安倍新総裁の「統治」の眼目は、小泉前総裁が終止符を打った政治上の混迷と経済上の停滞の歳月の風景を再び出現させないことである。その再現の芽は、依然として残っているのである。次に、そのためにこそ、安倍新総裁の「統治」に際しては、特定の政治理念に染まり切らないという意味での「イデオロギー・フリー」を旨とした自由民主党の「伝統」を踏襲することが要請される。「小泉改革」の断行の日々は、何らかの理念やイデオロギーを実現しようとした軌跡ではなく、具体的な政策案件を着実に片付けようとしてきた努力の連続であった。「小泉改革」を継承するということの意味は、そうしたことなのである。
 オクタヴィアヌスは、自らを後継者として指名したカエサルに比べれば際立った才能に恵まれていたわけではなく、その「統治」も誠に地味なものであったと指摘されている。しかし、そうした地味であっても手堅い「『燻し銀』の統治」こそ、「華々しくも激越にして冷徹な統治」の後には相応しいものであろう。

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Comments

雪斎様
◇2回目のコメントを残させていただきます。

◇官邸機能強化への政治意志は見えたと思います。しかし、いかんせん人選がどうもイデオロギッシュな人たちが多いと思います。想像通りというか、なんといいますか。。。小池さんにはそういうイデオロギーに関係なく活躍していただきたいです。特にアラビア語の能力を使える何かをしていただけるといいんですけどね。

>ポリシー・インテレクチュアルズ

◇エントリーの趣旨とは関係のない個人的な思いで恐縮なのですが、このキャリア形成に非常に興味があります。私はアメリカの大学院を卒業して未だに次のステップを探している身です。政治の側から外交・安全保障政策形成に関われたらと考えているのですが、具体的な職が頭に浮かびません。何かアドバイスをいただけるとありがたいのですが。。。現在アメリカ滞在中につき、誠に勝手なお願いですが、よろしかったらメールをいただけると幸いです。。。。。

Posted by: kazutaka525 | September 28, 2006 at 04:12 PM

12、3年ほど前、知り合いと四方山話の中で
「そういえば、日本は優秀な若者が政治家を志望しないなあ」という話題が出ました。
ちょうど皇太子妃として小和田雅子さんが決まったころで
「ああいう経歴の人が、官僚ではなくて政治家を目指す世の中になったら、日本も結構変わっていくのではないだろうか」
「アメリカあたりじゃ、ありそうな話ですよね。でも日本じゃ、どうかなあ」
そんな会話をしたものです。

>今後、十年くらい時間をかけて、こうした「人的ストック」を創っていく必要がある。

若い方々が、こういう野心(といって語弊があるなら意欲)を持って
精進する時代が始まったのでしょうか。
うまく進んでいくことを願います。
世襲議員やら官僚上がりばかりではなく
意欲と能力をかね揃えた若者が
政治家を志すチャンスが閉ざされていない日本になるならと
これからの世の中に、期待したいと思います。

Posted by: るびい | September 28, 2006 at 07:17 PM

いつも拝見しています。本論とはまったく関係のない言いがかりで申し訳ないのですが・・・・。岡崎久彦氏の肩書きを雪斎さんは「大使」としていますが、何で「大使」なんですか? 「元大使」ではなく。 外務省の人たちが慣例で元大使を大使と呼ぶことは知っていますが、雪斎さんは外務省の人じゃないし、こんなくだらない慣例に囚われてほしくないです。岡崎さんは「岡崎氏」で十分ではないでしょうか。

Posted by: 季節労働者 | September 29, 2006 at 03:57 PM

お久しぶりです。

安倍氏=オクタヴィアヌスですか。私も密かに(願望としても)そう思っていました。雪斎様の指摘された点もそうですが、整った顔をしているが、それがかえって静かというか地味な印象を与えるというところも似ていると思います。

また、安倍氏=徳川家康という人もいるようですね。人事などで意外と老獪なところを見せたからでしょうか。そういえば、オクタヴィアヌスも老獪でしたね。

どちらにしても、安倍氏が小泉氏の業績を継承・発展させ、この二人のように長く発展していく国を作っていくことを期待しています。

Posted by: リジー | September 29, 2006 at 11:33 PM

>>季節労働者さま
それこそ「礼儀」の問題じゃないでしょうか?

Posted by: IRIAC | September 30, 2006 at 02:09 AM

kazutaka殿
貴殿のブログには書き込めないのですな。どうしましょうか。
るびい殿
費用対効果でいえば、政治家ぐらい「割の合わない」商売はないでしょうね。それを何とかしないと…。
季節労働者殿
岡崎氏のことは「大使」としか呼んだことがないのですな。普段の言葉遣いで書きましたので…。
リジー殿
おお。おひさしぶりです。
たしかに、その老獪さが極限まで発揮されることを期待します。
IRAC殿
御意。

Posted by: 雪斎 | September 30, 2006 at 08:29 AM

雪斎様
◇設定を変更し、楽天登録者でなくとも書き込めるようにいたしました。また、小さくてわかりづらいのですが、私のブログの左側の上下で真ん中あたりにメールを私宛に送ることが出来る機能もございます。

◇本日のエントリーも拝見しました。確かに日本橋は金融の中心街ですが、私がオフィス貸しに従事していた2000年前後は落ちていく一方の街でした。個人所有のペンシルビルばかりで、交通網ではJRが欠落しているからでした。しかし、今は大きな再開発が終わり、日本の景気も回復しています。どうなったのでしょうか。。。

Posted by: kazutaka525 | September 30, 2006 at 01:32 PM

: kazutaka525 様へ

余計なお世話だとは、重々承知しております。
詳しいことは、雪斎さんが知ってらっしゃるとおもいますが。

まず、アメリカでのマスターがあるなら、アメリカのシンクタンクを受けてみるというのもあります。また、国連にも、登録し、採用されやすいはずです。

貴殿がどのような勉強をし、どのうような方向を好まれるのか、わかりませんが、日本では、多少、厳しいところがあります。

まず、政治系シンクタンクが圧倒的に少ないということですね。
大手の企業も経済や金融系の研究員ならストックしてますが。
政治系のポリシー・インテレクチュアルズのキャリア養成には、決まった筋道がないということですね。

だいたい、学者や、有識者になりますから。
あったら、私が教えてほしいですw

余計なお世話ですいませんでした。

Posted by: あいけんべりー | September 30, 2006 at 10:56 PM

雪斎さま。(and IRIACさま)

レスありがとうございました。が、やはり変だと思います。「大使」って「総理」と同様職務上の地位であって、その職を解かれたあとに使える肩書きではありません。百歩譲って、本人に対し「大使」と呼びかけることがお仲間うちの常識であり、雪斎さんがそれに抵抗する気がないとしても、一般公開の場で言及する時はまた別です。政治家に直接呼びかけるときは「●●先生」としていても、書き物の中では「●●氏」とか「●●議員」とかにしてますでしょ? 元大使を大使と呼び、呼ばせるのは、外務省の悪しき因習です。私が知る元大使は「大使」と元の部下に言われ、「もう大使じゃないから止めてください」と言っていましたが、岡崎氏と雪斎さんがそうした羞恥心/問題意識を持っていないとしても、公開文書上で「大使」とするのは日本語の誤用です。これは礼儀の問題ではないと思います。どうぞご一考ください。(些末な問題で粘着してすいません)

Posted by: 季節労働者 | October 03, 2006 at 08:50 PM

 ・季節労働者殿
拙者も確かに自分の論稿やコラムでは、「岡崎氏」と書いていますよ。
 たとえば、こちらをどうぞ。
 http://sessai.cocolog-nifty.com/blog/2004/12/post_2.html

Posted by: 雪斎 | October 03, 2006 at 09:10 PM

>外務省の悪しき因習

そう考えるあなたの意見は尊重します。そう考えない人の意見も尊重してください。「礼儀の問題」とはそういうことです。

Posted by: IRIAC | October 04, 2006 at 06:29 PM

雪斎さま
重ね重ねレスありがとうございます。要するに一般論文とブログでは位置づけが違うということなのですね。良く理解できませんが、ブログとはなんぞやというところをもう少し勉強してから出直します。お手を煩わせて申し訳ありませんでした。

IRIACさま
それは違うと思います。私の言いたいのは「大使でない人に大使という肩書きをつけるのは日本語の誤用である」→極端に言えば岡崎さんの氏素性を知らない人は彼が今でも現職の大使だと誤解してしまう、ということです。当方は日本語の誤った用法を公開の場ではすべきではない、と言っているのです。
「礼儀の問題」とするのであれば、「元大使を大使と称しても日本語として間違っていない」ことをお示しいただかないと。
それに雪斎さんご自身も他所で「氏」と書いておいでだそうですから、ここで「大使」と書かないことが礼儀に反するとは思えないのですが。
ともあれ、粘着して荒らすことが本意ではありませんので、このまま黙殺してくださっても結構です。レスありがとうございました。

Posted by: 季節労働者 | October 05, 2006 at 02:52 PM

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