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September 30, 2006

日本橋で「飲めや食えや」

■ 昨日夕刻以降、日本橋のイタリアン・レストランで「飲めや食えやの世界に入り込む。場所を提供してくれれたのは、「フェア・ドマ」である。
 雪斎と愛知和男事務所の若手二人の三人で乗り込む。
 程なくして、ぐっちー殿が入ってきた。相変わらずの風情である。ぐっちー殿のブログが何故か炎上の憂き目に遭っているけれども、ご本人は一向に気にしていない様子である。「まぁ、そうであろうな…」と内心、思う。
 そして、やじゅん殿も、登場である。
 ぐっちー殿から、日本銀行のT氏や大手証券会社のS氏を紹介してもらう。なるほど、ぐっちー殿が銀座や青山ではなく日本橋の店を紹介してくれた事情がよくわかるような気がする。日本橋は、今に至るまで日本の「金融資本主義」の中心地なのである。だから、日夜、「マネーの戦場」で戦っている人々が集まっている。この「フェアドマ」もまた、そうした「マネー戦士」たちの溜まり場なのかもしれない。
 料理は、「旨かった」とだけ書いておく。余計なことは言わない。オーナーシェフのM氏には、「いい仕事」を見せてもらった。ありがとうございます。
 店を出ると眼の前には、今ではマンダリン・オリエンタル・ホテルが入った三井本館ビルが建っている。昔日、三井家は、「日本のロスチャイルド家」と呼ばれていた。これから、日本の「金融資本主義」の姿は、どのようなものになるのであろうか。

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September 28, 2006

日本版NSCの前提

■ 予想通りというべきか補佐官の顔ぶれが注目されている。小池百合子氏が国家安全保障担当として名を連ねている。五人の補佐官の内、唯一、閣僚経験者である氏を起用したことに、安倍晋三総理の意志がc見て取れる。巷間、伝えられるのは、小池氏が日本版NSC(国家安全保障会議)の創設を手がけることになるということである。

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「安倍『黒備え』内閣」発足

■  安倍晋三第一次内閣が発足する。
 雪斎は、これを「安倍『黒備え』内閣」とでも呼ぶことにしよう。
 小泉前内閣が、独特の「きらびやかさ」を放っていたのに対して、安倍内閣の方は、「漆黒」の甲冑を身に着けた武者がずらりと並んだ風情である。壮観の光景というべきであろう。

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September 26, 2006

「華麗・激越・冷徹」の統治から「燻し銀」の統治へ

■ 「華麗・激越・冷徹」の統治から「燻し銀」の統治へ。これが、今日一日を表す言葉になるであろう。
 安倍晋三新総裁麾下の自民党重役人事は、幹事長に中川秀直氏、政調会長に中川昭一氏、総務会長に丹羽・古賀派の丹羽雄哉氏、国体委員長に二階俊博氏という布陣である。安心した。全然、驚きのないのが「サプライズ」かもしれない。これで、組閣人事に併せ、安倍次期総理の執政は、「燻し銀」の装いを持つものになると期待する。
 さて、小泉総理退陣の朝が来ている。この五年半、雪斎は、小泉総理支持の論稿を書き続けた。「華々しくも激越にして冷徹」。小泉総理の統治を表現すれば、このようになる。小泉総理の執政は、政治が「まつりごと」であるということの意味をよく伝えてくれた。その「まつりごと」は、激越なものであればあるほど、その終りに漂う寂寥感も尋常なものでありえない。東北人である雪斎は、夏の「祭り」の後には、短い秋と長い冬が来ることを知っている。「小泉」と書けば自然に「総理」と続ける癖が付いた雪斎にとっては、この五年半の「祭」を観察し、その「祭」に言論家として関わることができたのは、幸運なことであったと思う。だから、かなり寂しさを感じる。
 安倍次期総理の「まつりごと」は、「秋の祭」である。日本国民が揃って長閑に淡々と「実り」を言祝ぐ。そうした統治が行われれば、それでいい。余計な「余興」は要らない。

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September 25, 2006

二つの「機雷原」

■ 安倍晋三内閣という「新造客船」は、日米関係絡みで二つの機雷原の中を遊弋することになる。
 第一は、11月の沖縄県知事選挙である、
 現在のところ、経済団体出身の保守系候補と元参議院議員の革新系候補の一騎討ちの様相である。
 革新県政に戻ることになれば、基地再編への対応は、どうなるのか。
 誠に頭の痛い話になる。
 第二は、米国連邦議会中間選挙である。
 現在の情勢では、上下両院で共和党の退潮傾向が顕著であり、上下両院の両方、あるいは片方での勢力逆転ということも考えられる。米国は、元来、立法府主導の国家であるから、この勢力変化の意味は大きい。日本にとって困るのは、安倍晋三次期総理の周辺の「対民主党人脈」がきちんと形成されているようには見えないということである。「ブッシュ・コイズミ」同盟の時期には、日本の対米人脈は、共和党系の人脈であったであろうし、特に安倍時期総理にとっては、そうした共和党系人脈は、付き合いやすいものであったであろう。ただし、民主党系の勢力が強くなれば、安倍次期総理の「タカ派的傾向」は、日米関係全般の中で歓迎されないものに変質する可能性がある。振り返れば、祖父・岸信介総理の執政は、ドワイト・アイゼンハワーの執政期に重なっていたし、父・晋太郎外相の活躍は、ロナルド・レーガンの執政期に重なり合っている。どうも安倍次期総理と米国民主党人脈との親和性はなさそうであるけれども、それでは困るのである。

 「安倍丸」の船出は、確かに不安が一杯である。小泉内閣発足直後の御祝儀のような高支持率は、期待すべくもない。今まで「プラス」であったものが、次には「マイナス」に転ずることもある。げに、人の世は…と思う。

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September 24, 2006

政権の「若さ」

■ 安倍晋三氏は、戦後最年少の若さで宰相の座に就く。
 ところで、次のような名簿を見てみる。

ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ  大統領 43歳
リンドン・ベインズ・ジョンソン 副大統領 52歳
デイヴィッド・ディーン・ラスク 国務長官 51歳
クラレンス・ダグラス・ディロン   財務長官 51歳
ロバート・ストレンジ・マクナマラ  国防長官 44歳
ロバート・フランシス・ケネディ  司法長官 35歳
マクジョージ・バンディ 国家安全保障担当大統領補佐官 41歳

ライマン・ルイス・レムニッツァー 統合参謀本部議長 61歳
アレン・ウェルシュ・ダレス    中央情報局長官 67歳
セオドア・チェイキン・ソレンセン 大統領特別顧問 32歳

 1961年1月、ジョン・F・ケネディの政権が発足した折の米国政府要人の職階と年齢である。
 この中でも、大統領特別顧問であるテッド・ソレンセンの段違いの「若さ」が眼を惹く。ソレンセンは、ケネディの「スピーチ・ライター」として、かの「諸君が国のために何ができる|かを問い給え」の名文句で知られる就任演説の草稿を書いた人物である。ソレンセンは、32歳で歴史に残る仕事をしたことになる。ソレンセンは、ケネディ逝去後に、『ケネディ』という伝記を残した。だが、その後のソレンセンの「公職」での足跡は、精彩を欠く。上院議員選挙に立候補するものの、落選した。ジミー・カーター政権期にはCIA長官に指名されるものの、上院の承認を得られなかった。もっとも、ハーヴァードやプリンストンのような大学で研究できているのだから、「知」の世界の人物としては、それなりに恵まれた生涯であろう。

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September 22, 2006

どうでもいい判決

■ 時間がないので感想を一言だけ書く。
 

□ 9月22日付・読売社説(1)
 [国旗・国家訴訟]「認識も論理もおかしな地裁判決」
 日の丸・君が代を教師に義務づけた東京都教委の通達と校長の職務命令は違法――東京地裁がそんな判断を示した。
 教師には、そうした通達・命令に従う義務はない、国旗に向かって起立しなかったり、国歌を斉唱しなかったとしても、処分されるべきではない、と判決は言う。
 都立の高校・養護学校教師、元教師らが、日の丸・君が代の強制は「思想・良心の自由の侵害だ」と訴えていた。
 学習指導要領は、入学式などで「国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定している。判決は、これを教師の起立・斉唱などを義務づけたものとまでは言えない、とした。
 しかし、「指導」がなくていいのだろうか。不起立で自らの主義、主張を体現していた原告教師らは、指導と全く相反する行為をしていたと言えるだろう。
 判決は、「式典での国旗掲揚、国歌斉唱は有意義なものだ」「生徒らに国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ、尊重する態度を育てることは重要」と言っている。だが、こうした教師たちのいる式典で、「尊重する態度」が生徒たちに育(はぐく)まれるだろうか。
 教師らの行動に対する認識も、甘すぎるのではないか。「式典の妨害行為ではないし、生徒らに国歌斉唱の拒否をあおる恐れもない。教育目標を阻害する恐れもない」と、判決は言う。
 そもそも、日の丸・君が代に対する判決の考え方にも首をかしげざるをえない。「宗教的、政治的にみて中立的価値のものとは認められない」という。
 そうだろうか。各種世論調査を見ても、すでに国民の間に定着し、大多数の支持を得ている。
 後略

 いいたいことは、ただ一つである。教師は、「他人を教える」という職分をまっとうしているか。
 もし、こうした政治活動のために、教育に投下されるべき精力がそがれえるならば、そちらのほうが問題である。
 ところで、国旗・国歌のごとき題材で、「思想良心の自由」が議論されるのは、解せない。
 これは所詮は、「礼儀」の問題である。下らぬ。

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September 21, 2006

小泉ーカエサル 安倍ーオクタヴィアヌス

■ 結果が出た。
 

□ 安倍氏を新総裁に選出、464票獲得し圧勝=自民総裁選
 [東京 20日 ロイター] 自民党総裁選挙は20日、同党に所属する国会議員の投票と、地方の党員票を含めた開票が行われ、安倍官房長官が464票を獲得して第21代総裁に選出された。安倍氏は26日に首相指名され、同日中に安倍内閣を発足させる見通し。
 安倍氏は国会議員票に加え、地方でも大量得票し、有効となった702票のうち66%を獲得する圧勝となったが、この勢いを背景に組閣、自民党役員人事で安倍色を強く打ち出すのか、党内各派のバランスを重視するのかに注目が集まっている。
 自民党の選挙管理委員会によると、安倍氏は地方の党員票300票のうち197票、所属国会議員票403票中267票を獲得し、合計で過半数を大幅に超える464票と、2位の麻生外相(136票)、3位の谷垣財務相(102票)を大きく引き離した。

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September 20, 2006

ファドの世界

■ 先刻のエントリーで、久保田早紀さんの『異邦人』の「ポルトガル録音ヴァージョン」のことを書いた。一般的に知られている『異邦人』は、完全な歌謡曲仕様になっているけれども、この「ポルトガル録音ヴァージョン」は、ポルトガル・ギターだけの伴奏になっている。
 久保田さんの曲作りには、「ファド」の影響があるのだそうである。恥ずかしながら今に至るまで、雪斎は「ファド」を知らなかった。早速、「ファドの女王」と呼ばれるアマリア・ロドリゲスのアルバム『アマリア・ロドリゲス』を購入し、「ファド」の世界に浸かる。
 感想は…、「今まで、これを知らなかったのは、もったいなかった…」という他はない。
 これはいい。

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September 19, 2006

時代に選ばれたわしらは、時代に捨てられていくんだ…。

■ 今週は、「時代の移り変わり」の一週間である。
   一九八〇年代後半に日本テレビ系が放映したテレビ・ドラマ『田原坂』の中で、風間杜夫さん演ずる木戸孝允が次のような台詞を発している。西南戦争最中、京都で病に倒れ臨終の時を迎えようとしていた木戸が、見舞った近藤正臣さん演じる大久保利通に語るという設定である。
 「わしの役割は終わった…。時代に選ばれたわしらは、時代に捨てられていくんだ…。わしも西郷も…。やがて、おぬしも…」。

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September 18, 2006

中国への一つの要求 / 「異邦人」

■ 昨日、「読売」朝刊の一面には、次のような記事が載っていた。雪斎は、学位論文を「石油」で書いたくらいなので、元々、資源・素材関連産業と国際政治の絡みについては関心が強い。加えて、雪斎は、大手鉄鋼会社株のホルダーなので、自分の「利益」を背負って気合を入れて国際政治情勢を分析する意味からも、こうした記事が、全国紙の経済面ではなく一面に出てきたことには、かなり真面目に反応してしまった。

□ 中国に鉄生産縮小を要求…政府、値崩れ懸念
 経済産業省の細野哲弘・製造産業局長が12日、北京を訪れ、中国政府に対し、鉄鋼生産能力の削減を強く要請していたことが16日、明らかになった。
 中国の粗鋼生産量は毎年2割のペースで増え続けているため、いずれ世界的な鋼材価格の下落を通じて鉄鋼業界全体の業績を悪化させ、日本や世界の経済にも悪影響を及ぼしかねないと判断した。政府が外国政府に生産設備の廃棄を求めるのは異例だ。
 関係者によると、細野局長は、経済政策を担当する国家発展改革委員会の劉鉄男・工業司長に対し、容積で300立方メートル以下の小規模の高炉設備について、廃棄するよう求めた。あわせて、日本の大手鉄鋼メーカーなどを通じ、設備廃棄の支援や環境対策、省エネ技術の供与なども提案した。劉工業司長も、能力削減に向けて努力する意向を示したという。
 中国の粗鋼生産量は、2000年の1億2849万トンから05年には3億4936万トンと5年間で3倍近くに膨れあがった。2位の日本の1億1247万トンを大きく引き離し、世界首位となっている。
 大幅増産の背景には、北京五輪を控えて鉄鋼の需要が大きく伸びていることなどがあるが、これが小規模で非効率な製鉄所の乱立を招き、過剰生産となっている。大気汚染などの環境問題も懸念されている。このため、中国政府も小規模な製鉄所を集約してグループ化を図りたい考えだが、製鉄所は地域の雇用や地方自治体の貴重な税収源となっていることから、設備の廃棄や閉鎖は進んでいない。

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September 17, 2006

論稿の後日談

■ 過日、書いたとおり、フランスAFP通信から取材を受けた。どのような記事になっているのであろうかと思っていたら。こういう記事になっていた。少し驚いた。自分の発言の一部が紹介されるのも、あまり気持ちのよいものではない。ただし、致し方ないことではある。

■ 先刻、『産経新聞』「正論」欄に寄せた論稿「『他国の友人』を罵るのが愛国者か」は、国際交流団体「グローバル・フォーラム」のウェブ・サイトに転載してもらえることになった。先に転載されているのは、小此木政夫、青木保、山内昌之といった先生方の論稿である。こういう先生方と並ぶことができて、結構、うれしい。

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September 16, 2006

「ポリシー・インテレクチュアルズ」の「引き際」

■ 日本で「ポリシー・インテレクチュアルズ」のイメージを作ったのは竹中だったと後世、評価されるのかもしれない。「時事」配信記事である。

 □ 小泉内閣終焉、自分の役割も終わり=会見で涙ぐむ場面も-竹中総務相
 「小泉内閣の終焉をもって、政治の世界におけるわたしの役割は終わる」-。竹中平蔵総務相は15日の閣議後会見で、参院議員を辞職する考えを表明した。構造改革の旗振り役として、小泉純一郎首相を支えてきた竹中氏。「今後は民間人として、新政権を支えたい」と語る表情には、難題に取り組んできたという自信ものぞいていた。
 「参院議員の職も辞したい」。総務省内で正午前に始まった会見の冒頭に切り出した。初めは淡々と紙を読み上げていたが、次第に感極まり、「小泉首相とご一緒できたことは光栄だった」と語るときには涙ぐんでいた。

 □ 「批判に耐え、よく頑張った」=竹中氏に賛辞-小泉首相
 小泉純一郎首相は15日夜、竹中平蔵総務相が参院議員辞職を表明したことについて「小泉内閣の改革を語る場合、竹中氏無くして語ることはできない。悪意に満ちた批判にも耐えて、よく頑張ってくれたと感謝している」と述べた。また、任期途中で議員を辞めることには「(竹中氏を)支持した方も受け入れてくれると思う」と語った。首相官邸で記者団の質問に答えた。

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September 15, 2006

「男」と「女」と「国際政治」

■ 昨日、安保研の会合に出たら、いきなり著名エコノミストK・U氏が痴漢逮捕された件が、話題になる。
 これで三回目だそうである。もう、「社会人」としては…と思う。
 雪斎には、「痴漢に走る男」の心理が、まるで理解できない。「触るだけで、何が楽しいやねん…」というのが、正直な感想である。精神分析の上では、「痴漢に走る男」を生じさせる環境は、どのように説明されるのであろうか。詳しい人々がいたら、聞いて見たいと思う。
 因みに、雪斎は、「女嫌い」ではない。今に至るまで独身であるのは、ただ単に「縁」がなかったということである。十年前に、政策担当秘書を始めたばかりの頃に、愛知代議士と酒席をともにした折に、次のようなやり取りがあったことを思い出す。先輩秘書だった人物とのやり取りである。
 先 / 先生、ご存知ですか。雪斎君は、実はとんでもない「スケベ野郎」なのですよ(慨嘆)。
 代 / 俺も、そう思う(冷静、淡々)。
 雪 / ははは…(汗)。私は、謹厳実直を旨としているのですが…(焦、慌)。
 先 / 全然、違うだろう(呆、苦笑)。
 あの頃は、若かった。今でも、大学の授業では、「グラビア・アイドル」をネタにして学生に「性事」、もとい「政治」を説明している。

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September 14, 2006

日中の「雪解け」

■ やはり風向きは変わりつつあるといったところか。「読売」記事である。
 

□ 日中首相の握手写真、ASEMのHPに…中国の要望で
 小泉首相が出席したヘルシンキでのアジア欧州会議(ASEM)首脳会議の公式ホームページに、首相と中国の温家宝首相が会場内で笑顔で握手した瞬間をとらえた写真が11日、掲載された。
 両首相は、靖国神社参拝問題をめぐって関係が冷え切っているが、10、11両日の会議期間中は場内で非公式に何度か軽くあいさつした。各メディアは握手の瞬間を撮影していなかった。
 ところが、11日は、中国政府の公式カメラマンが至近距離で両首相の握手の瞬間を撮影していたという。ASEM議長国のフィンランド政府によると、同日午後、中国政府から「日本の首相との握手の写真を撮ったので、ASEMホームページに掲載してほしい」と写真提供があり、掲載を決めた。同日、フィンランド政府からヘルシンキ市内で連絡を受けた日本政府筋は「日本との関係改善に意欲を示す中国からの明確なメッセージだと受け止めている」と語った。

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September 13, 2006

折々の言の葉 12 トーマス・S・エリオット

■ 私は私の見方と根本的に對立した見地に立つ人々を相手に議論したり、推論したり、論爭しようといふのではない。吾々の時代においては、眞に根本的な問題について論爭するといふことは私には無駄な事に思はれるのだ。論爭は理解の共通地盤のある場合にのみ實行效果があるのである。…自由主義に蝕まれた吾々のやうな社會においては、凡そ固く信ずる所のあるほどの人間にとつて單だ一つ可能な事は、一つの見方を披瀝すること、さうして、それだけでそれをそのままにして置くことなのだ。
         ―トーマス・スターンズ・エリオット―
 日本で政治評論を手掛ける人々のパターンには、概ね三つがある。一つ目は、政治学者が「夜店」として行うパターンである。二つ目は、政治ジャーナリズムの世界に身を置いた人々が行うパターンである。三つ目は、文士・文藝評論家と呼ばれる人々が乗り出すパターンである。この三つのパターンで行われた政治評論は、明らかに同じ対象を論じていても、議論としてはまったく様相の異なるものになっていることがある。

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September 12, 2006

「9・11」の「『自由』の歌」

■ 「9・11」の夜に聴くようになったアルバムがある。
 レナード・バーンスタインが振った「第九」である。
 昨年は、流石に聴かなかった。
 オーケストラの布陣は、「バイエルン放送SO」、「ドレスデン・シュターツカペレ」、「ニューヨークPO」、「ロンドンSO」、「レニングラード・キーロフ歌劇場管弦楽団」、「パリ管弦楽団」の混成である。
 演奏されたのは、1989年12月25日の東ベルリンである。
 「ベルリンの壁」の崩壊一ヵ月半後に、東西両ドイツ、米ソ英仏の六ヵ国の人々が、ひとつの輪になって行った演奏である。
 この演奏では、第四楽章の合唱の冒頭の「歓喜」(Freude)の言葉が、「自由」(Freiheit)に差し替えられている。「冷戦の終結」を象徴するイヴェントであった。

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September 11, 2006

「9・11」の風景

■ 本日から、また国事を考える日々である。
  昨年の今日が、あの歴史的な「9・11」選挙の日であった。
  「永田町」に戻ることなど思いも寄らなかった。
  そして、一年、経った。
  雪斎は「偶然」の船の上に浮かんでいる。

■ 休み中、何をしていたのか。次のアルバムをぶっ通しで聞いていた。
 ● 『ベートーヴェン 交響曲全集』
      指揮 レナード・バーンスタイン
      演奏 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ● 『ベートーヴェン 交響曲全集』
      指揮 ハンス・シュミット・インセルシュテット
      演奏 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ● 『ベートーヴェン 交響曲全集』
      指揮 小沢征爾
      演奏 サイトウ・キネン・オーケストラ

 ● 『マーラー 大地の歌』
      指揮 レナード・バーンスタイン
      演奏 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ● 『マーラー 大地の歌』
      指揮 ブルーノ・ワルター
      演奏 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ● 『マーラー 大地の歌』
      指揮 ブルーノ・ワルター
      演奏 ニューヨーク・・フィルハーモニック管弦楽団
 ● 『マーラー 大地の歌』
      指揮 オットー・クレンペラー
      演奏 フィルハーモニア管弦楽団

 「ベートーヴェン交響曲全集」は、雪斎にとっては、バーンスタイン&ウィーンpo.のものが、「標準」である。「大地の歌」は、ワルター&ウィーンpo.のものは別格だろうけれども、クレンペラーのものは、かなり味わい深い。
 ついでに、ぐっちー殿ご推奨の徳永英明のアルバム『VOCALIST 1』と『VOCALIST 2』を聴く。『1』に収録されている「駅」(竹内まりや)、「涙そうそう」(元ちとせ)、「ダンスはうまく踊れない」(高樹澪)、『2』に収録されている「あの日にかえりたい」(荒井由実)、「セカンド・ラブ」(中森明菜)は、気に入った。「あなた」(小坂明子)には驚いた。

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September 04, 2006

暫時、お休みを頂きます。

■ 明日発売の雑誌『論座』には、雪斎の論稿が次のようなタイトルで載っている。
 ● 対中関係という「抵当」は解除できるのか―「時代に招かれた宰相」の条件
 雪斎と同じく〈good-bye Koizumi〉というコーナーには、次の二つの論稿が載る。
 ● 党内対立から政党間対立へ―小泉政権の遺産と新政権の課題
     佐々木毅(学習院大学教授)
 ● 新政権が目指すべき改革の継承とは何か―自由の土台としての市場経済
     小林慶一郎(経済産業研究所研究員・朝日新聞客員論説委員)
 結局、小泉総理の執政を「内治」、「外政」、「経済」の観点から総括するという体裁になっている。
 ところで、雪斎にとっては、佐々木毅先生は、「足を向けて寝られない」師である。佐々木先生の論稿の後に自分の論稿が並んでいるのは、率直に感慨深い。此度の論稿は、小泉純一郎という稀代の宰相の執政が終わるのを見届ける意味合いのものであったので、雪斎は割合、気合を入れて書いた。佐々木先生には、「つまらぬものを書きおって…」と叱られる質の論稿ではないであろう(…と思う)。
 これに加えて、大嶽秀夫先生の『美しい国へ』(安倍晋三著)書評は、面白そうである。
 尚、『論座』の巻頭エッセイの担当は、かんべえ殿、田中明彦先生に交替した。読むのが誠に楽しみな布陣である。

■ 今週は、エントリーの更新を中断致します。久しぶりに「国事」のことを考えない時間を過ごすつもりです。
 ただし、北朝鮮がミサイル発射に再び踏み切るといった突発事態が起これば、話は別ですが…。
 金正日将軍閣下には、余計な事を考えないように願って止みません。
 それでは、みなさん、ごきげんよう。
 来週11日に再開します、

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September 03, 2006

靖国は「未来」を観ているか。

■ baatarism殿のところで紹介されていた日下公人氏のコラムには、色々と考えさせられた。
 

防衛問題評論家の志方俊之さんは、元自衛隊の陸将で、北部方面総監だった。その前は旭川の第2師団長で、さらにその前は米国大使館に勤務され、そのもっと前、赤ん坊のときは、お父さんが陸軍中将だった。
 お父さんはシベリアへ連れて行かれて死んだそうだ。その志方さんが、自衛隊と靖国について興味深い話をされていた。
 サマワへ行った自衛隊が帰国したとき、「1人も死なないで帰ってくるとは、こんなうれしいことはない」と志方さんは言った。「サマワへ行ったのは全部自分の部下だった人たちである。誰か3、4人は死ぬんじゃないかと思っていた」と。
 志願者の中から500人、あと100人足して合計で600人の自衛隊員がサマワへ派遣された。その自衛隊員たちの多くが幹部に「死んだら1億円くらいくれるらしいが、それはいいとして、靖国神社はどうなのですか」と質問したそうだ。
 そこで幹部は、そういう隊員たち10人くらいを引き連れて、お正月に靖国神社に行ってお参りをして、宮司に会い、「わたしたちは靖国神社へ行けるんでしょうか」と聞いた。
 宮司の返事は、こうだった。
 「とんでもない、あなたたちが祭られるはずはないんです」。
 理由を聞くと、「まずあなたたちは軍人じゃない」。確かに、昔から自衛隊は軍隊じゃないと言っているんだから、それはそうだ。「それから、戦死しなきゃダメなんですよ」とも言われた。
 「サマワへ行って死んだって、それは戦死じゃありません。事故死か何かです」というわけだ。確かに「サマワには戦争に行くんじゃない」と、首相は国会で何度も繰り返し言っていた。
 要するに、「軍人でない人が戦争でない理由で死んだのに、靖国神社に祭るわけがないだろう」という扱いだったと、志方さんはおっしゃっていた。これは、表向きの議論をする人たちの考えだ。でも、宮司までがそんなことを言って追い払ってしまうとは、冷たいなとわたしは思った。
 それからもっと前の話で、宮沢元総理大臣が、警官にカンボジアへ行けと命令したことがあった。そのとき、見送りには行ったが、出迎えに行っていないと、いまだに怒っている人がいる。カンボジアでは1人が死んだ。死んだ人とその仲間は、やはり出迎えてもらいたいのだ。
 サマワから1人も死なずに帰ってきたと喜んでいるが、誰が出迎えに行ったのだろうか。やはり、危険なことをする人に対しては、礼儀を尽くさないといけないと思う。自衛隊の人は危険を乗り越えて任務を果たしたのだから、上の人も上の人の任務を果たさねばならない。

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September 02, 2006

政治の世界に「○○主義者」は要らない。

■ フランスAFP通信から取材を受けた。『産経』に八月十五日付で載せた原稿に引き付けて、「日本人と皇室」について所見を示してほしいとの趣旨である。「フランスの通信社とは、意外なところから引き合いがきたものだ…」と思う。

■ 昨日、安倍晋三氏が自民党総裁選挙に立候補を表明した。「時化た選挙」の体裁が整ったことになる。
 雪斎の観測は、安倍氏が新宰相になった場合、その執政は、小泉総理に比肩する長期のものになるか、それとも意外に短期のものとして失速するかの極端に割れるであろうというものである。前にも書いた通り、安倍氏に期待されているのは、「小泉が吹かせた風を止めないこと」なのであるけれども、「小泉が吹かせた風」と「安倍に吹いている風」は、似ているようで、かなり違うものであると思われる。その点を安倍氏周辺がきちんと認識しているかが、問題である。
 最近、オットー・フォン・ビスマルクの評伝『ビスマルク伝』(全8巻)を一通り読んだのであるけれども、誠に示唆深いものであった。
 ジョージ・フロスト・ケナンは、ビスマルク外交の研究書を著しているけれども、「ビスマルクは、広く人口に膾炙した印象とは対照的に、厳密にいえば、ドイツ民族主義者ではなかった」と説明する。ケナンは、ビスマルクが、樹立されたばかりの帝国の護持を第一に考えた「有能にして権限を伴った忠臣」であったと指摘する。実際、ビスマルクの政治指導にイデオロギーはない。ビスマルクの対外政策の中では、「フランスの孤立化を徹底して図った」というのが教科書的な理解であるけれども、イギリスが1880年代にエジプトを占領した折には、対英牽制の意味合いで対仏接近を図っている。こうした機会主義的な側面がなかれば、まともな政治指導は機能しないのである。
 もし、安倍氏が新宰相になるのであれば、これからの時間は、その保守主義・民族主義のイデオロギーの色彩を徹底して消し去る過程でなければならないであろう。少なくとも、昨日が安倍氏における「保守主義イデオロギー」の頂点であったということにしてもらわなければ、この先は危ういであろう。宰相は、「民族主義者」や「保守主義者」ではなく、「天皇陛下の忠実な臣下」でありさえすれば、それでいい。

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September 01, 2006

九月の徒然に…

■ 本日より九月である。「盆休み」返上で仕事をしたので、そろそろ休みを取ろうかと思う。本日、この土日の両日の三日間に「夏の仕事」を片を付けて、来週か再来週には「国事」をまったく考えない時間を過ごすことにする。ただし、これは予定である。
 「熱い九月」になると期待したけれども、総裁選挙が「時化た選挙」になっているのだから仕方がない。

■ 九月、十月、十一月は、雪斎には、最も「いい時期」である。これからは、身体的にも負担が掛からない時期である。休んでいる間に、次のことを考えよう。

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