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August 30, 2006

他国の友人にして自国には忠実で献身的な市民

■ 「われわれが自分の国に居るときに信じているのは、一人の人間が、他の国々の友人であって、同時に自分の国には忠実にして献身的な市民のままでいられるということである。それが、われわれが貴殿に観ている流儀である」。
      ―ミハイル・セルゲイヴィッチ・ゴルバチョフ― 
 1987年12月、ミハイル・セルゲイヴィッチ・ゴルバチョフは、初めて米国を訪れた折、パーティに招かれたジョージ・F・ケナンに、このように語りかけた。雪斎には、この言葉が「冷戦の終結」を象徴しているように思える。ケナンは、冷戦初期には、対ソ「封じ込め」政策の立案を主導し、後に駐ソ大使に就任した折にはソ連政府から「ペルソナ・ノン・グラータ」として入国を拒否された。昔日には「敵方の謀将」であったケナンに対して、ゴルバチョフは、「他の国々の友人であって、「同時に自分の国には忠実にして献身的な市民」と語りかけたのである。
 一般的にいえば、特に政治家であれ外交官であれ、「他の国々の友人であって、同時に自分の国には忠実にして献身的な市民」であることは、職業上、大事なことである。
 ただし、「他の国々の友人であって、同時に自分の国には忠実にして献身的な市民」であることは、実際には、かなり難しい。

 『朝日』が次のような記事を配信している。
 

□ 首相、暴力での言論封殺を批判 加藤氏の事件で初言及
 小泉首相は28日朝、首相の靖国神社参拝を批判した加藤紘一元自民党幹事長の実家が右翼団体幹部に放火された疑いが強まっていることに関し、「暴力で言論を封ずるのは決して許されることではない。こういう点については厳に我々も注意しなければならない。戒めていかなければならない問題だ」と語った。15日に起きた事件について首相が言及したのは初めてで、首相公邸前で記者団の質問に答えた。
 安倍官房長官も28日の記者会見で「仮に加藤議員の言論を弾圧し、あるいは影響を与えるような行為であるとすれば許されない。そういうことに言論がねじまげられてはならない」と語った。
 首相は事件について「言論は暴力で封殺してはならない。これは大いに、国民に分かるように、様々な分野で周知していかなければならない。言論の自由がいかに大切かがよく分かるように、注意していかなければならない」とも述べた。―後略

 加藤紘一氏は、外交官出身としての来歴から、「中国の友人であって、同時に自分の国には忠実にして献身的な市民」であろうとしているのであろう。しかし、現在の対中感情に悪化という客観情勢を前にしたとき、「中国の友人」である立場と「自分の国には忠実にして献身的な市民」である立場は、相容れないものであるかのような雰囲気が出来上がっている。「中国の友人」であることを拒否しようという姿勢にこそ、「自分の国には忠実にして献身的な市民」であることの証であると解する雰囲気があるのである。
 無論、加藤氏の場合には、「中国の友人」であることが災難を招く因になってしまったけれども、特に戦前期の日本では、「米国の友人」であることが苦難を呼び寄せる因であった。言論の世界では、新渡戸稲造や清沢洌が挙げられるし、政府・軍関係者だと吉田茂、山本五十六といった人物が挙げられよう。雪斎もまた、自分の価値館や信条からすれば、「米国の友人」たり得ても、「中国の友人」たり得ない。もっとも、雪斎は、同時に「トルコの友人」、「イタリアの友人」であることには関心があるけれども…。
 こうした「他の国々の友人」である姿勢は、どのような場合でも、「国賊」と「売国奴」と呼ばれる宿命から逃れられないところがある。特に日本のように国際協調の上にこそ国が成り立っているようなところでは、「自分の国には忠実にして献身的な市民」であるためにこそ、「他国の友人」でもあることは、大事なことであるけれども、そうした事情は、「日本の誇り」などを観念的に唱える民族主義者層には理解されない。他人に対して「国賊」と「売国奴」という言葉を投げ付ける人々こそ、主観的には「愛国者」、客観的には「亡国の徒」である。隣の国にも、そうした事例がある。否、他国の事情を引き合いに出すのが失礼ならば、六十余年前の日本を省みれば済むことである。

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