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August 15, 2006

只今、八月十五日未明

■ 昨日、竹炭製「フクロウの置物」が届く。いいものが手に入ったと思う。「炭の効果」というのは結構あると思う。雪斎は、普段、座っている椅子の敷物にも、「竹炭」入りを使っている。健康オタクの道を驀進中である。

■ 只今、八月十五日未明である。小泉総理は、本当に靖国参拝に踏み切るのであろうか。
 ただし、雪斎は、八月十五日という日付には特別なものを感じていない。おそらく、戦争と平和という人間の「死」に関わる話が、「お盆」という「死者が還ってくる季節」に重なったが故に、第二次世界大戦後の「八月」の雰囲気が醸し出されているのであろう。もし、終戦の日が、四月であったり十一月であったりしたら、戦後における「戦争の語り方」は、大分、変わったのではないであろうか。「お盆」が過ぎて、「戦争と平和」を考える季節も過ぎる。どうも解せぬ風景である。
 『朝雲新聞』に原稿を書いた。

 □ 「戦争と平和」を考える八月
 毎年八月になれば、日本の人々は、思い出したように「戦争と平和」の意味を考え始める。しかし、それは、今では専ら第二次世界大戦との関連で考えられている。近代以降、日本が経た対外戦役は、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、シベリア出兵、日中戦争、ノモンハン事変といったように切れ目なく続いているけれども、そうした対外戦役の総てが、今の日本人にとって等しい重みを以て受け止められているわけではない。因みに、日露戦争における「八月の風景」は、次の通りである。
 ●明治三十七年八月十日 黄海海戦
           十四日 蔚山沖海戦
          十九日 第一次旅順総攻撃
          三十日 遼陽会戦
 ●明治三十八年八月十日 ポーツマスにおける講和交渉開始
 遼陽会戦は、沙河会戦、黒溝台会戦、奉天会戦へと続く日露両陸軍による正面衝突の嚆矢になる。乃木希典が手掛けた旅順攻略は、三次の攻撃の失敗を経て、一万五千余りの将兵の犠牲の果てに完遂された。黄海海戦と蔚山沖海戦での勝利は、日本海海戦に至る日本の海上優位の流れを決定付けた。そして、翌年のポーツマスでの講和交渉は、日本に「薄氷の勝利」を与える形で落着した。
 こうした日露戦争における「八月の風景」は、今では余り振り返られることはない。明治三十七、三十八両年の「八月の風景」が日本の近代史に占める意味は、昭和二十年の「八月の風景」にも劣らず重いものであるはずにもかかわらず、そうしたことは、平成の御世の「八月の風景」の中では見事なまでに忘れ去られているのである。
 オットー・フォン・ビスマルクの言葉を借りれば、現在の日本の人々は、依然として第二次世界大戦に際しての「自分の経験」を確認し続けることに忙しいのであろう。しかし、「自分の経験」のみに眼を奪われることは、結局は、「戦争と平和」の意味を適切に把握することの障害になるであろう。筆者が昭和二十年の「八月の風景」ではなく明治三十七、三十八両年の「八月の風景」に想いを馳せるのは、「自分の経験」の招く視野狭窄を憂えればこそである。
    『朝雲新聞』(2006年8月10日付)掲載

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