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August 25, 2006

「太陽」と「海」

■ 映画『太陽』を観た。アレクサンドル・ソクーロフ監督が手掛け、イッセー尾形さんが昭和天皇を演じた作品である。今、この映画を公開している銀座の映画館は、盛況のようであるけれども、雪斎は、輸入版DVDを購入して観た。
 感想を書くのは難しい。ただし、この映画を通じて、外国の人々がどのような印象を昭和天皇に対して抱くのか。そちらのほうが重要である。多分に、「反感」よりも「親近感」を持った人々の方が多いのではないであろうか。だとすれば、それ自体は、「いい映画」だったと評価してもいいのではないであろうか。
 こういう映画は、日本人には作れないであろうというのは、間違いない。

■ 最近、「地政学リスク」という言葉が、マーケット用語として頻繁に使われている。元々は、グリーンスパンFRB前議長が言及して、定着した言葉であるらしい。要するに、グローバル・マーケットに与える政治変動の悪影響ということなのであろう。
 十数年前には、「地政学」は、一種の「トンデモ理論」のような扱いを受けていた。地政学を紹介した書が「悪の論理」といった名前で出されていた時代である。確かに、国家の行動が地勢的な要因に規定されるという考え方は、余りにも単純過ぎて、とても学術的な議論の対象にはならないのであるけれども、国際政治認識に際して踏まえておくべき「一つの観点」であることは、間違いない。実際、戦争と平和を扱った概説書には、アルフレッド・T・マハンやハルフォード・J・マッキンダーの名前は、地政学の文脈で当然のように出てくる。
 

 マッキンダーの主著「デモクラシーの理想と現実」の邦訳を最近、古書店で入手した。二十年前の初版定価の十倍の値が付いていた。びっくりした。
 下掲は、『読売』記事である。雪斎のインタヴューが紹介されている。高坂正堯先生以来の「海洋国家」論は、戦後日本ではトンデモ認定一歩手前の地政学の「仮の姿」であったようである。
  □ 「海」考 ③
 海と日本の関係を考える時、忘れてならないのが「海洋国家」をめぐる議論。四方を海に囲まれたわが国の環境はその国柄とどうかかわっているか――連載3日目は国家論から見た海の役割を考える。
 海洋国家と聞いて我々の頭に浮かぶのは、ふつう「海に囲まれた国」といったイメージだろう。だがこの言葉、本来は地理的な条件と国際政治のかかわりを論ずる「地政学」に由来しており、大陸国家という言葉と対をなす。
 国家論に詳しい政治学者の「雪斎」氏は大陸国家と海洋国家の違いを、「単純化すれば土地にどれだけ執着するかの違い」だという。「一般に広い領土をもつ国は資源に恵まれる。だから領土を広げることが国益になる、というのが大陸国家の発想。一方、島国のように領土を簡単に増やせない国が富を増やそうとすれば、他国と協調して貿易で国を立てるしかない。それが海洋国家の発想。日本も海洋国家ということになる」
 鎖国の時代などもあったが、総じてみれば日本は他国との交わりの中から様々な文物や文化を柔軟に取り入れては消化してきた。一方で、大陸に領土を獲得しようといった試みは成功したためしがない。「白村江の戦い、秀吉の朝鮮出兵、近代の大陸進出…みなそうです」。海洋国家の本分を離れ、ひとたび大陸国家的な振るまいに出ると失敗する――日本の国柄を考える上で、何とも象徴的な話かもしれない。
 ただ、ここで若干の疑問も浮かぶ。海洋国家的な開かれたメンタリティーは正反対のもの、例えば古い農村に象徴されるような内向きに閉じた共同体主義もこの国には伝統的にあったのではないか。
 『文明の海洋史観』などの著書があり、海洋国家論の論客として知られる国際日本文化研究センター教授の川勝平太氏はこう語る。「確かに日本では、農業やその基盤になる土地を重視する農本主義的な考え方も強かった。海に積極的に出ていこうという海洋国家的な考え方ばかりがあったわけではない」
 人口の多くが土地にこだわりをもつ農業民だったことを思えば、海洋国家的な気風が万人に共有されたわけではない。この点に関しては、東アジアの交易史に詳しい龍谷大教授の浜下武志氏も「海を超えた交易は、海域を取り囲む各地域が国家を超えて結び合うかたちで発展してきた」と指摘する。そのような交易の担い手となったのはおおむね東アジアの海に近い西日本の人々。「外に向かって出ていこうという気風にも地域差があり、西日本では強いが、他の地方はさほどでもないのでは」と言う。
 厳密にいえば、日本人が総体として海洋国家的なメンタリティーに富んだ国民だとは言いにくい。ただ、それでもなお「日本が進むべきは海洋国家的な生き方である」という主張には心動かされるものがある。国際政治学者の高坂正堯氏が論文『海洋国家日本の構想』を発表した1964年ごろから、論壇にはそのような思想の系譜が脈々としてある。先に登場した川勝氏はこう力説する。
 「そもそも近代の国民国家は領土を確保しようという考えと結びつきやすかったわけだが、EUの動きが示すようにも今は国民国家をいかに乗り越えるかというポスト近代の時代。覇権的な大陸国家ではなく、交易によるネットワークで津々浦々が結ばれる海洋国家にこそ未来がある」。その発言からは、東南アジアからオセアニア、南太平洋にいたる広大な地域を統べる海洋ネットワークの要石としての日本の姿が浮かび上がる。
 また、海洋国家の理念を最近の小泉改革と関連づけて語るのは先の「雪斎」氏。「土地にしがみついていれば安心、という人々の気持ちはわかる。でも、リスクをとってチャレンジすることが大事だという小泉改革の精神は、海洋国家としての日本にとって本来必要なものではないか」
 海がはぐくんだ気風を将来の国家のためにどう生かすか。あるいは今、我々は大きな時代の転換点に立っているのかもしれない。
    記/読売新聞文化部H・T氏 『読売新聞(2006年8月9日付」朝刊

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Comments

雪齋殿
 残暑御見舞い申し上げます。
 小生も『太陽』を銀座のシネパトスで見ました。8月15日以前です。確かに、観客が多かったですね。
 また、太陽繋がりですが、映画「タイヨウのうた」というのも見てしまいました。これは、蛇足でした。失礼しました。

Posted by: 北田 | August 25, 2006 at 04:54 PM

「太陽」見ました。
昭和天皇が現人神と敬われたことを納得できたように思いました。
映画の中の陛下の言動がどこまで事実に基づいているのかわからないので、イッセー尾形さんの個人的な解釈なのかもしれませんが、昭和天皇という人が、どういう人物だったのかを、目の当たりに出来た気分になったのです。
私は、報道された昭和天皇のお姿やお言葉しか知りませんが、それでも明らかに市井の庶民とは違うものをもった方だと思っていました。
でもそれが、どう違うのかはわからなかった。
「太陽」を見て、少し判った気がしたのです。
それが現人神として育てられた人…というか。
無邪気で、ユーモラスで、人懐っこくて、でもどこか冷たいところがある。反対にものすごい暖かさを感じるところもある。
あまりに突飛な発想なのでとまどっていると、ズバリと本質を突いてドキリとさせる。
一般人と明らかにリズムが違う。
何を言っているのかわからないときがあるけれど、よく聞いてみるととても大切なことを独り言のように口走っている。
神様って、こういう感じかも…と思うわけです。
われわれ一般人には、人格を理解することは不可能。
なにか凄い方だと感じるのみ。
とてもいい映画だったと私は思いました。

Posted by: HOMERUN | August 27, 2006 at 12:52 AM

・北田殿
どうもありがとうございます。拙者は時間節約のために自宅で観ました。
・HOMERUN殿
あのイッセー尾形さんの演技は、「昭和天皇がどういう人物であったか」を伝えるには、いいものだったと思います。一人芝居を長らくやってきた尾形さんならではであったような気がします。

Posted by: 雪斎 | August 27, 2006 at 03:23 AM

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