« 国連安保理決議1695 | Main | さて、週末… »

July 21, 2006

防衛大学校長人事&富田メモ

■ 「中々、いい人事だ」と思う。一昨日の「共同」記事である。
 

□ 防衛大学校長に五百旗頭氏 政府内定、8月1日就任へ
 政府は19日、第8代の防衛大学校長に五百旗頭真神戸大教授(政治外交史)を起用することを内定した。近く閣議了解し、8月1日就任の見通し。防大校長は西原正前校長が今年3月末に退職後、空席となっていた。
 五百旗頭氏は日米関係など政治、外交問題の論客として知られ、2004年秋に防衛力整備の在り方に関する報告書をまとめた小泉純一郎首相の諮問機関「安全保障と防衛力に関する懇談会」のメンバーを務めた。報告書は冷戦時代からの防衛政策の基本だった「基盤的防衛力」構想を転換、「多機能で弾力的な防衛力」の整備を提言し、04年12月に閣議決定した新たな防衛計画大綱の基礎となった。

 雪斎は、学者出身の防衛大学校長といえば、猪木正道先生や西原正先生のことを思い浮かべる、
 両先生は、雪斎が尊敬する政治学・安全保障研究のの先達である。
 この系譜に五百旗頭眞先生が連なることになるのは、誠に喜ばしい。
 五百旗頭先生は、今の日本の政治学者の中でも、旧き良き「日本リベラリズム」の薫りを感じさせる人物である。「米国には保守主義はない。自由主義の伝統があるのだ」と語ったルイス・ハーツに倣えば、日本における「自由主義の伝統」を感じさせるのが、五百旗頭先生である。
 軍事・安全保障に携わる若き人材には、そうした「自由主義の息吹」、「国際感覚」をちゃんと吸収してもらいたいものである。
 山梨勝之進、堀悌吉、井上成美 山本五十六 米内光政…。戦前にも、こうした武官の系譜があった。
 武官が半ば「右翼」、「民族主義者」と同一視して語られる風潮は、そろそろ一掃したいものである。

■ 昨日、最大のニュースは、これだったかもしれない。「日経」配信の記事である。
  

□ 昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ
 昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。 (07:00)

 この富田メモランダムの靖国関連部分の全文は、「共同」が次のように伝えている。
 
私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが、
 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は 平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている
 だから 私あれ以来参拝していない それが私の心だ
 
 このメモランダムは、どこまで信憑性があるものなのか。こうしたメモを取り上げるには、先ず、この信憑性という点が問題になる。雪斎の感想としては、「昭和天皇ならば、そのように仰せになったかも…」という以上のことは言いようがない。昭和天皇が日独伊三国同盟締結を主導した松岡洋右や白鳥敏夫に冷ややかな眼差しを向けていたというのは、広く伝えられた挿話である。メモランダムに言及された「筑波」とは、「筑波藤磨」氏のことであり、昭和初頭に山階宮家から臣籍降下し侯爵に列せられた人物である。「松平」は、「松平慶民」子爵のことであり、大正初年以降、宮内省に出仕し、侍従兼式部官、式部次長兼宗秩寮宗親課長、式部長官、宗秩寮総裁を経て、、戦後に最後の宮内大臣に就任した人物である。筑波侯爵も松平子爵も、戦前の宮中の「インナー・サークル」に属していて、こうした人々が昭和天皇にとって「気心の知れた存在」であったであろうというのは、想像に難くない。富田メモランダムに記されている中身の信憑性は、「高い」考えるほうが「低い」と考えるよりも無難だというところであろう。
 「永田町」に身を置く立場からすると、こういう話は段々、影響が出て来るという感触がある。雪斎の本音としては、この種の話では余りヒート・アップしたくない。皇室典範の時と同様、「価値観の闘争」を引き起こす懸念があるからである。
 それにしても、富田メモランダムを最初に報じたのは、何故、「日経」であったのであろうか。

|

« 国連安保理決議1695 | Main | さて、週末… »

「学者生活」カテゴリの記事

Comments

http://www.vipper.org/vip295965.jpg

第3次中曽根内閣の藤尾文部大臣の発言メモでは?

Posted by: 通行人 | July 21, 2006 at 06:43 AM

徳川義寛侍従長の発言という説もありますね。

Posted by: IRIAC | July 21, 2006 at 07:46 AM

この記事に関しては、昭和天皇が松岡、白鳥両氏が靖国に合祀されていることへの不快感を語ったものだと私は考えています。
A級戦犯全員に対してとはちょっと考えにくいのですが。
いずれにしろこの問題で感情的な方々が表に出てくることを危惧します。
昭和天皇のお考え方のひとつとして皆が理解すればよいのではないでしょうか。

なぜ「日経か?」に関しては、まさか社員のインサイダーをうやむやにする為にこのタイミングでと邪推していますw
まさかねぇ…

Posted by: 波導 | July 21, 2006 at 11:46 AM

 僕も何故朝日ではなく日経なんだろう?と考えました。
 しかし権力闘争というのは小泉首相の言う通り「なんでもあり」なんですね。天皇の発言まで利用するとは・・・。最後の悪あがきのようにも見えますが、靖国問題でしか安倍氏との違いが見せられないようでは、総裁選の流れは変わらないでしょうね。

Posted by: ささらい | July 21, 2006 at 01:56 PM

上記のPosted by: 通行人 | Jul 21, 2006 6:43:32 AMさんがリンクを貼った画像は、テレビ番組で放映された手帳の拡大でしょうか?本当に、

(引用開始)
中曽根の靖国参拝XXXX
藤尾(文相)の発言
=奥野は藤尾と違うと思うが
バランス感覚のことと思う
(引用終了)

となっていますね。昭和天皇ではなく、藤尾文相の発言じゃないですか!リンク先の画像が無加工の、本物なら、ですが。。。

偽のメールを掴まされた民主党・永田さんの例もあることですし、
この画像の真贋は、これ以上一般国民には判りませんので、ぜひ議員の皆様で、オリジナルのメモを、ご確認いただければ、と思いますね。 

Posted by: 在米 | July 21, 2006 at 01:58 PM

ネットを見ていたら、メモ画像より、ずっと信じられそうな方の文章が紹介されていました。

天皇陛下靖国神社御親拝のために
(2005年【日本の息吹】9月号掲載) 岡崎久彦
http://www.okazaki-inst.jp/092005ibuki.html
天皇御親拝中断の真の理由
  ↑
これによると、昭和天皇が靖国参拝をなさった最後の年は、昭和五十年(1975年)。 しかし靖国に「A級戦犯」が合祀されたのは、その3年後の、昭和五十三年(1978年)です。

A級戦犯の合祀が不快で参拝を中止された、という時系列上での因果関係が成り立ちません。

このメモには、いろいろと不思議なことがあるようです。

Posted by: 在米 | July 21, 2006 at 05:09 PM

いつまで、亡き先帝に御聖断の責を負わせるのか。
いわゆる「右」も「左」も、いつまで先帝を政治利用する気なのか。
参拝賛成者は、建前論で「英霊の方々に平和をお誓いするのに」行くのだそうだ。
参拝反対者は・・(以下略)

左が不敬なのは当然だが、右も不敬だ。
建前が本当なら、8月15日じゃなくて9月2日に行けよ!

Posted by: 桜新町長五郎 | July 21, 2006 at 06:14 PM

ttp://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=FLASH
>福田康夫元官房長官は21日、自民党総裁選に
>出馬しない意向を固め、周辺に伝えた。

このメモは福田さんが出馬した場合の秘密兵器だったものが、必要なくなったためにこのタイミングで出てきた、と邪推します、どうなんでしょうか。

Posted by: さのよいよい | July 21, 2006 at 07:24 PM

>何故、「日経」であったのであろうか。

7月20日は、日経のインサイダー捜査の日だからでは?

Posted by: hiraki | July 21, 2006 at 07:32 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71618/11037234

Listed below are links to weblogs that reference 防衛大学校長人事&富田メモ:

» アンチ天皇の人たちほど「昭和天皇の重い言葉」を説く面白さ [桜日和]
予想通り、来ましたね。 A級戦犯合祀 昭和天皇の重い言葉 東条英機元首相ら14人のA級戦犯が靖国神社に合祀(ごうし)されたのは、78年のことである。戦後も8回にわたって靖国神社に参拝していた昭和天皇は、合祀を境に参拝を取りやめた。 その心境を語った昭和..... [Read More]

Tracked on July 21, 2006 at 03:24 PM

» 昭和天皇A級戦犯靖国合祀につての発言 [橘 江里夫のブログ ]
富田朝彦宮内庁長官(故人)のメモによる、昭和天皇が崩御されるほぼ9ヶ月前(1988年4月28)の発言が波紋を呼んでいます。 メモによると、昭和天皇は「私は或(あ)る時に、A級が合祀され、その上、松岡、...... [Read More]

Tracked on July 21, 2006 at 09:42 PM

« 国連安保理決議1695 | Main | さて、週末… »