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April 06, 2006

折々の言の葉 3

■ 「偉大さとは、政策というよりも姿勢である…。偉大さとは、世界において受動的な態度に甘んじることへの拒否である」。
  ― スタンリー・ホフマン 『政治の芸術家 ド・ゴール』 ―
 小泉純一郎総理が戦後三番目に長い執政期間を刻むことになった。後世、吉田茂や佐藤栄作に並ぶことになった小泉総理の執政には、様々な評価が与えられるであろう。ただし、小泉総理の「構造改革」路線を一貫して支持してきた雪斎にとっては、経済復調への着実な流れの中で、こうした節目を迎えることが出来るのは、率直に感慨深い。
 小泉総理の長い執政を可能ならしめたものを分析することは今後の政治学者の課題である。ただし、今の段階で何かを語るとすれば、小泉総理の「姿勢」には着目したいとは思う。たとえば、郵政民営化関連六法案参議院否決の晩に、「国民に聞いてみたい」と衆議院解散に踏み切った「姿勢」などである。
 小泉総理登場直後、雪斎は、下掲の原稿を『月刊自由民主』に載せていた。今から読み返せば、誠に色々な想いを感じさせる。

 □ 小泉新総裁誕生を巡って
 先刻、小泉純一郎新総裁の選出によって決着を見た自民党総裁選挙の顛末は、誠に多くのことを考えさせるものであった。というのも、自民党は、「政党の自己変革能力」を兎にも角にも発揮して見せたからである。地方に三票をを配分し、その投票を予備選挙の結果として行うという仕方は、確かに国民に最も身近なところで活動している都道府県組織の意向を重視した点において、今までにない展開を生むことになった。しかも、それは、政党が国会議員による「私党」ではないことを踏まえれば、当然の対応ではなかったか。小泉新総裁の登場は。自民党による「自己変革能力:の発揮の産物であったといえなくもない。
 ところで、政治学者スタンリー・ホフマンが著したシャルル・ド・ゴールの評伝『政治の芸術家 ド・ゴール』の中で強調されているのは、ド・ゴールにおける「偉大さの意志」である。この「偉大さへの意志」が、ド・ゴールの『第二次世界大戦回顧録』にある「フランスは偉大さなくしてフランスたり得ない」の言葉を念頭に置いているのは、いうまでもないことである。第二次世界大戦中、フランス全土がナチス・ドイツに支配された時期、ド・ゴールは、ロンドンで亡命政府を組織し、ラジオを通じてフランス国内に向けてナチス・ドイツに対する徹底抗戦を呼び掛けた。そして、ド・ゴールは、戦後、国連安保理常任理事国として「五大国」の位置を確保した他、独自の核武装にも踏み切った。ド・ゴールは、「フランスは偉大さなくしてフランスたり得ない」の言葉の通りに、「フランスの栄光」を追い求め続けたのである。ホフマンは、その「偉大さ」の意味について、「偉大さとは、政策というよりも姿勢である…。偉大さとは、世界において受動的な態度に甘んじることへの拒否である」と説明している。私は、この「偉大さへの意志」が、政治家ならば本来、誰でも備えて置くべき資質の一つであると考えている。
 現在の我が国において広範な国民的な人気を誇るのは、小泉純一郎新総裁や石原慎太郎・東京都知事というった人物である。小泉新総裁と石原知事における共通項は、この「偉大さへの意志」が相当に鮮明に出ていることにある。そのことは、「政治家として何をしようとしているか」ということが、国民の眼から判りやすいものとして打ち出されていることである。小泉新総裁に関していえば、その持論である「構造改革」や「郵政事業改革」には、実現への具体的な手順が不明瞭だいう評がある。しかし、「国民の側を向いた政治」とは、一面において、「複雑な諸々の政策の中身を国民に懇切に単純化して説明する努力」を意味している。政治家にも、コピー・ライター的な資質が必要であるということである。そして、その単純化された説明を倦まず示し続ければ、それは、政治家の「意志」として国民の側に伝わることになる。紛れもなく、「偉大さとは、政策というよりも姿勢」なのである。振り返れば、一九八〇年代中葉、当時の中曽根康弘総理には、広範な国民的支持が集まっていた。それは、二期四年に延長一年を加えた任期の壁がなければ更なる長期政権になっていたはずだと思わせるものであったのである。中曽根総理への国民的な支持の背景には、「戦後政治の総決算」を掲げた中曽根総理の「意志」が国民にも理解されたことにあった。事実、中曽根総理の執政下、「ロン・ヤス関係」に基づく日米同盟強化が図られ、国鉄・電電公社民営化が断行された。これは、集団的自衛権行使、郵政三事業民営化が議論されている現下の情勢とは、どことなく重なり合っていないであろうか。
 とすれば、当面、自民党が政党として心掛けなければならないのは、小泉新総裁から示される諸々の「意志」が曖昧なものにならないように配慮することである。野党との対応や連立与党内での調整で小泉新内閣が苦慮するのならまだしも、党内調整で右往左往することになれば、自民党それ自体に対する世の印象は決定的に悪くなる。「総裁がやりたいようにやればいい」という言葉は、そのままで通用させなければならないということである。
   『月刊自由民主』(2001年6月号)掲載

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Comments

小泉総理の資質は、ド・ゴールとは異質な気がします。「加藤の乱」のときに留守を守ったときに、なんとなくですが「次はこの人の天下かもしれない」と思いました。ド・ゴールは、過去の栄光への執着が強かったけれども、小泉総理は未来への生存に意を砕いている。ド・ゴールは自分の知性が高いことを誇り、しばしば見せびらかしたけれども、小泉総理は上手に隠している。ド・ゴールはアメリカを政治的に理解することを拒んだけれども、小泉総理は日米関係を首脳間の個人的な信頼関係に高めた。惜しいのは、日米同盟を確実にするための決断をしなかったことです。

Posted by: Hache | April 06, 2006 at 03:01 PM

・Hache殿
確かに、小泉純一郎とシャルル・ド・ゴールの政治家としてのカラーは、違います。ただし、二つの重要な点では、かなり近似しているところがあります。
一つは、小泉総理とドゴールのリーダーシップは、「建て直し」のリーダーシップだったということです。ドゴールが立て直したのは、第二次世界大戦中は占領されていたフランスでしたし、小泉総理は、バブル後の日本経済でした。
二つは、個人的な名利に対する関心が、淡白であったということでしょう。

Posted by: 雪斎 | April 11, 2006 at 07:22 AM

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これも祝うことかどうかわかりませんが(笑)。 小泉純一郎総理大臣の在任期間が本日で1807日となり、歴代単独3位になったとのことでございます。 拙速、いや早速、替えてみましょう。 *** ♪1807日のマーチ♪ (ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー) 改革は歩いてこない だから歩いてゆくんだね 一日一機構 三日で三機構 三機構潰して 民営化 政権はワン・ツー・パンチ 票読み時局読み 歩こうよ あなたのつけた路線にゃ 立派な後継がつくでしょう 旗を振... [Read More]

Tracked on April 06, 2006 at 09:39 PM

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