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April 04, 2006

会津士魂

■ 「ポスト前原」の民主党代表として名前が挙がっているのは、小沢一郎氏と管直人氏である。ただし、雪斎は、この両人は民主党の「墓掘り人」でしかないと考えている。小沢氏や管氏では、「前に何故、辞めたのか」という話は確実に出てくる。
 雪斎は、民主党の建て直しという限定された目的のためならば、渡部恒三氏が代表を務めるのは、悪くない選択であろうと思う。渡部氏ならば、あの誠に朴訥なキャラクターで「誠実」を印象付けることが出来るであろう。既に衆議院副議長を務めているのに国対委員長という「降格人事」を引き受けてまで最前線に立った「侠気」は、世人の共感を得るに足るものであろう。今の民主党に必要なのは、「誠実」を体現できる人物である。「その人物で国民の信頼を取り戻せるか」という一点から、物事を考えなければならないのである。

 無論、これは、渡部氏を民主党全体が支えるという前提である。小沢氏や管氏の代表就任が受け容れ難いのは、彼らが前原誠司執行部の苦境を実質的の見過ごしにしてきた一方で、代表の座が転がり込んできそうなときに出てくるという「小狡さ」を示すようなものであるからである。
 そういえば、渡部氏と並んで「会津士魂」を感じさせた政治家に、大平正芳総理急逝後に臨時代理を務めた伊東正義氏がある。伊東氏は、リクルート事件による竹下登総理退陣後、後継総裁に推された折、「本の表紙を変えても、中身を変えなければだめだ」と頑として固辞した。それは、一徹な会津人の振る舞いとして賞賛された。司馬遼太郎もまた、薩摩・長州側の「維新の群像」を多々、描いた一方で、「幕末の会津藩の物語があるから、私は日本人を信頼できる」という趣旨のことを書いていたはずである。「勝ち馬」に乗るのではなく損得を抜きにしても筋を通すというのは、日本人の美意識の一つである。それを象徴しているのが「会津士魂」なのであろう。
 もっとも、安倍晋三自民党総裁、渡部恒三民主党代表という組み合わせが一時でも実現したら、どいうことになるであろうか。長州と会津の遺恨は、まだ消えていないのだそうである。観てみたいような観たくないような…。
 ところで、幕末・会津藩の軌跡を描いたドラマ『白虎隊』は、放映時に福島県内では視聴率90パーセント近くまで達したそうである。あの堀内孝雄さんが主題歌として歌った『愛しき日々』のメロディーも、味わい深い。、

 ○愛しき日々
           作詞 小椋佳
           作曲 堀内孝雄

風の流れの 激しさに
告げる思いも ゆれ惑う
かたくなまでの 一筋の道
愚か者と 笑いますか
もう少し 時が ゆるやかであったなら…

雲の切れ間に 輝いて
空しき願い また浮かぶ
ひたすら夜を 飛ぶ流れ星
急ぐ命を 笑いますか
もう少し 時が やさしさを投げたなら…

愛しき日々の はかなさは
消え残る夢 青春の影

きまじめすぎた まっすぐな愛
不器用者と 笑いますか
もう少し 時が たおやかに過ぎたなら…

愛しき日々は ほろ苦く
一人夕日に 浮かべる涙 

 何やら今の民主党の総てが集約されているような歌詞である。「時の流れ」は余りにも激しく、民主党が国民の期待を集めた「愛しき日々」は、過去のものとなった。小泉純一郎総理は荒川静香さんとオペラ鑑賞デートと洒落込み、l高尚な遊び人ぶりを発揮しているけれども、それに比べれば、前原氏は、「きまじめすぎる」し、このたびの対応は、「愚か者、不器用者だと笑う」しかないものであった。そして、政権交代という「消え残る夢」と民主党という若い政党の「青春の影」だけが残った。

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