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April 10, 2006

折々の言の葉 4

■ 「紀元節だ。朝日さやけし。ああ、天よ、日本に幸いせよ。日本を偉大ならしめよ。皇室を無窮ならしめよ。この国にのみ生まれ、育ち、死ぬ運命に結ばれるのだ」。(一九四三年二月十一日)
       ―清沢洌著『暗黒日記』―
 清沢洌がどのような人物であるかを知らない人々は、この文言を前にして、「右翼」、「民族主義者」、「国士」と呼ばれる人々の言葉であると反応するであろう。しかし、清沢は、戦前期、石橋湛山らに並ぶ、自由主義者として知られた人物である。しかも、一九四三年当時の清沢は、軍部の圧迫によって言論活動の機会を奪われていた。
 雪斎は、学生の時分、清沢洌の名前を北岡伸一先生の著書『清沢洌』を通じて初めて知った。以降、雪斎は、清沢にはかなりの思い入れを持っていた。雪斎は、清沢が「日本の幸い」や「皇室の無窮」を願う言葉を記していたことに強い印象を受けている。振り返れば、こうした「日本の幸い」や「皇室の無窮」を願う言葉遣いが、専ら「保守・右翼」知識層の側に握られていたの0は、戦後日本の言論空間のお寒い状況を物語っているといえるであろう。清沢や石橋湛山がそうであったように、リベラリストがこうした言葉遣いを取り戻してもよいのではなかろうか。
 リベラリストの言論といえば、雑誌『中央公論』を発行する中央公論新社が創業百二十年を迎えた。『読売』記事である。

 □ 中央公論新社 創業120年 記念の集い 各界から1600人
 中央公論新社の「創業120周年記念の集い」が6日、東京・丸の内のパレスホテルで開かれた。
 阿川弘之、宮尾登美子さんら多数の作家、著者のほか、中曽根康弘元首相ら政財界、学界、出版・メディア関係者など約1600人が出席した。
 あいさつに立った早川準一社長は、1886年(明治19年)の創業以来の歴史や7年前の読売グループ入りの経緯を振り返りつつ、「『再建から発展へ』と新たな段階を目指し、これまで以上に読者に信頼され、品格ある出版社を目指したい」と語った。続いて渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長・主筆が「この数年、黒字体質になり毎年増やしている。雑誌『中央公論』を中心にあらゆる出版物で、世のため人のためになる良書のみを出版し、頑張っていくつもり」とあいさつした。さらに、来賓を代表して、劇作家の山崎正和さんが「左右の全体主義と戦ってリベラルを守ってきた『中央公論』の存在は、日本文化の重要な一翼。これからまた120年後を目指し隆盛を極めて欲しい」と祝辞を述べた。
 読売日本交響楽団の演奏が流れる会場では、中央公論新社の120年の足跡や活字・出版文化の未来について談笑の輪が広がった。

 雪斎もまた、この集いに加わった。会場では、数刻、山崎正和先生と言葉を交わした。「左右の全体主義と戦ってリベラルを守ってきた」という山崎先生の『中央公論』への評価は、そのまま山崎先生自身の言論のスタンスでもあろう。こうしたスタンスは、吉野作造にも石橋湛山にも清沢洌にも相通ずるものである。雪斎も、言論家としては、「平成の清沢洌」を目指したいものである。
 ところで、『リベラルからの反撃―アジア・靖国・9条』(「論座」編集部編、朝日選書)という書が刊行された。この書には、雪斎の原稿も収録されている。他に収録されているのは、五百旗頭真、井上達夫、梅原猛、太田昭弘、大沼保昭、姜尚中、北田暁大、久間章生、後藤田正晴、五野井郁夫、佐伯啓思、仙谷由人、田中明彦、長谷部恭男、船曳建夫、細谷雄一、薬師寺克行、若宮啓文といった人々の論稿や対談である。そうか…。雪斎もまた、今ではリベラリストなのか…。そういえば、姜尚中教授が、『論座』今月号で、「○○(雪斎の本名)氏も、(保守論壇から)離れた」と雪斎のことに言及しておられたのには、少しばかり驚いた。
 加えて、本日発売の『中央公論』では、「今こそ、対中デタントに舵を切れ」と題された雪斎の論稿が掲載される。薮中三十二外務審議官、ペマ・ギャルポ教授、田代秀敏氏〈エコノミスト〉に並んでの登場である。久しぶりに『中央公論』に、きちんとした論稿を載せたと思っている。どのような反響があるかを楽しみにしている。

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Comments

ご無沙汰してます。
中央公論の貴論文、拝読しました。
保守論壇では、「封じ込め」の言葉が、本来の意味から離れて独り歩きしている感があります。
日本が深手を負わないように対中戦略を組み立てていかなくてはいけないのが当然だと思いますが、論者の中には、とにかく中国は潰れさえすればよい、といった主張をする人も散見されます。
時には利益を示して誘導することも必要だと思いますが、その利益を示すという行為すら、保守論壇からは、弱腰との攻めを受けます。
これでは、保守論壇は、冷戦期の左翼論壇と同様であるといわれても仕方ありませんね。

Posted by: Y.F@Itabashi | April 10, 2006 at 08:23 PM

私も拝読いたしました。
日中関係をどう考えるかということにつき,日本の伝統的な知恵と,現代的な問題意識の上に立つ知恵との,両方を実感いたしました。

Posted by: 西田瓜太郎 | April 10, 2006 at 11:51 PM

先生の論文読ませていただきました。
対ソ封じ込め政策との比較の中で対中政策を検証することは、将来とるべき政策への示唆に富んでいて、新鮮でした。
過激さを避けて慎重に論を進めていく書き方からは、内に秘めた真摯で誠実な熱い思いが伝わってくるようでした。

先生の論文に関しての感想を書いてトラックバックさせていただいております。若輩ながら真剣に思うところを書いてみましたので、よろしければご覧になって下さいませ。

Posted by: 熊助 | April 11, 2006 at 02:00 AM

・Y F殿
多分、「右」からは何か飛んできそうな…。
・西田瓜太郎殿
ありがとうございます。
拙者らしい文章が書けたとおもいます。
・熊助殿
そちらにコメントさせていただきました。

Posted by: 雪斎 | April 11, 2006 at 08:49 AM

「論座」今月号の岡本行夫氏のインタビューも興味深いものでした。正直、戦慄を覚えます。
外交面では、いますぐ並行して取り組まなくてはならない重要なことが、たくさんありそうですね。
戦略というものは本当に難しい…。

Posted by: Y.F@Itabashi | April 12, 2006 at 04:53 AM

・Y.F殿
戦略を考えることは率直に難しいです。
ただし、面白さに目覚めると三度の飯よりも楽しくなる。
そういうものです。

Posted by: 雪斎 | April 12, 2006 at 09:50 AM

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