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April 18, 2006

折々の言の葉 5 チャーチル

■ "A pessimist sees the difficulty in every opportunity; an optimist sees the opportunity in every difficulty." 〈悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす)。
  Let us therefore brace ourselves to our duties, and so bear ourselves that, if the British Empire and its Commonwealth last for a thousand years, men will still say, "This was their finest hour. "(われわれは、気を引き締めて自らの義務に当たり、大英帝国とその連邦が千年続いたならば、人々がこう言うように振る舞おう。「これこそが彼らの最も輝かしい一時であった」と。)
     ―ウィンストン・チャーチル―

 この日曜日、小泉純一郎総理は、衆議院千葉七区補選の応援で、おそらくは最後の街頭演説をした。演説の中身は、さくら殿のエントリーで知ることができる。小泉総理とチャーチル、シャルル・ド・ゴールには共通項がある。それは、「危機の最中に登場し、建て直しに国民意識を鼓舞した」ということである。チャーチルやドゴールは、第二次世界大戦に際して、小泉総理は、経済停滞最中に、それぞれ登場して、「挫折しない魂」を説きつづけたのである。

 チャーチルが世を去ったのは、1965年1月24日である。それは、雪斎が生まれる5日前の出来事である。チャーチルは、平民の立場でありながら国葬の礼を以て遇されたけれども、その国葬の折には、葬列に向かって初老の市民が勲章を提げながら敬礼を送る一幕があったのだそうである。これらの市民にとって、チャーチルは、厳しい日々を一緒に駆け抜けた「戦友」であり「ボス」に他ならなかった。その連帯感を生んだのが、チャーチルの言葉であったのである。
 小泉総理も、そうした「言葉」の効用を判っている政治家なのであろう。とかく、小泉総理には、「ワン・フレーズ・ポリティクスといった揶揄が向けられているけれども、前に触れた「最後の街頭演説」においても、小泉総理は、実に多くのことを語っている。そして、それらは総て、「日本の底力」への信頼に裏付けられている。自らの民草の力を信じるのは、一国の宰相には、最も大事な資質であろう。そうであればこそ、宰相の言葉は、「民草の力を引き出す」言葉でなければならないのである。

 You ask, what is our aim? I can answer in one word: It is victory, victory at all costs, victory in spite of all terror, victory, however long and hard the road may be; for without victory, there is no survival." (諸君は『我々の目標は何か?』と問うだろう。私は一言で答えられる。、『勝利だ』と。どのような代償を払おうとも、どのような恐怖が待ち受けようとも、どれほどその道が長く険しかろうとも、勝つのだ。勝利なくして生き残ることはない)。
 We shall go on to the end, we shall fight in France, we shall fight on the seas and oceans, we shall fight with growing confidence and growing strength in the air, we shall defend our Island, whatever the cost may be, we shall fight on the beaches, we shall fight on the landing grounds, we shall fight in the fields and in the streets, we shall fight in the hills; we shall never surrender...(我々は最後までやるつもりだ。我々はフランスで戦う、我々は海で戦う、我々は日々大きくなっていく自信と力でもって空中で戦う。我々はどんな代償を払おうとこの島を守る。我々は海岸でも戦うだろう。我々は水際でも戦うだろう。我々は野で、街頭で、丘で戦うだろう。我々は決して降参しない…)。

 政治家のスピーチ・ライターならば、一度は書いてみたいようなものばかりである。日本の政治は、どこまで「言葉」を大事にしているのか。小泉総理が作った流れの中でも、途切れさせてはいけないものの一つは、そうした「言葉」が力を持ち得る流れなのであろう、

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Comments

 言葉の力というのはどうやって養われるものなんでしょうかね。本を読むだけでは駄目でしょうね。相手の気持ちを思いやれる「余裕」が必要なのかもしれませんね。

Posted by: ささらい | April 18, 2006 at 11:20 AM

本気で自分のいうことの内容を信じている
人が言わんと訴えかけるもんはないですね。

本気で自分が訴えかけんとしてる人のことを
信じてる人が言わんと訴えかけるもんは
ないですね。

Sir Churchillとか小泉首相は、そんな人だった
(である)からこそ訴えかけるもんがあるのだと
思います。

Posted by: おおみや%バイト君 | April 20, 2006 at 08:05 PM

まあだ、こんなこと言ってんの?
通用しないよ、こんなの。

Posted by: 反中派 | April 20, 2006 at 09:19 PM

 わあ!このチャーチルの言葉、ぼくの座右の銘なんです。得てして、消極的になり勝ちな僕自身に鞭を入れる意味で、机の前に張ってあります。小泉さんのことを批判する勢力って、「ワンワードポリティックス」みたいな卑下した言い方をしていますが、本当にリーダーの言葉の力ってすごい働きをするんですよね。僕は、故竹下某首相のように、何を言いたいんだか分からない人よりも、小泉さんの方が数段リーダーとして優れていると信じています。

Posted by: とおりがかり | April 25, 2006 at 03:06 AM

ささらいどの
おおみやどの
とおりがかりりどの
 案外、政治家の功績というのは、遺した言葉の数や印象度に比例するようなところがあるとおもいます。

Posted by: 雪斎 | April 25, 2006 at 03:40 AM

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