« お題バトン…だそうです。 | Main | 「ポスト小泉」への助走 »

March 27, 2006

「色」が変わった永田町の風景

■ 永田町に復帰して気が付けば半年である。その間、確かに、雪斎を取り巻く条件は劇的に変化した。のんびり大学で過ごし気楽に文章を書いていた頃に比べれば、交わる人々の顔ぶれも多彩になった。依然として「物書き」活動は続いているけれども、付き合いのできるメディアも随分と多彩になったようである。なるほど、「永田町」はエキサイティングな空間である。
 昨日、実に久しぶりに『中央公論』に載せる大体、四百字詰原稿用紙二十七枚くらいの論稿の校正作業を終えた。書いた中身は、「対中国政策」論である。草稿を読んだ在米国際政治研究者からは、「日本の保守・現実主義の立場から、『日本の対中政策』の国内及び対外関係の政治の現状と処方箋が上手く論じられていると思います」と評してもらった。「いかにも、雪斎が書きそうな論稿だ」ということであろう。ということは、いわゆる保守論壇方面が怒り出しそうな中身であることは、予想できそうである。引用したのが、ジョージ・ケナン、ラインホールド・ニーバー、マイケル・オークショットだから、それは、完全な「保守」テイストが充満した原稿なのだが…。
 二日前の金曜日は、築地・朝日新聞本社でインタビュー取材を受けたあとで、I記者に『論座』編集部を案内してもらって、編集部の人々と歓談する。来月号の見出しは、結構、笑えた。渡辺恒雄・読売新聞主筆の対談もそうであったけれども、この雑誌は最近は結構、楽しみにしている。
 下掲の論稿は、先月に『文藝春秋』に載せたものである。『論座』と『文藝春秋』に平気で書いているのは、確かに幅が広がったなと思う。次は、『世界』に書いてみたいものである。

□ 「色」が変わった永田町の風景
 筆者が昨年九月の「九・一一」総選挙を機にK・A自民党代議士の政策担当秘書として「永田町」に復帰してから、四ヵ月余りの時間が経っている。二〇〇〇年六月の総選挙を機に七年身を置いた「永田町」から一旦、去った後、五年ぶりに戻った「永田町」の風景は、色々と新鮮な感慨を筆者に覚えさせたものである、筆者の眼に映った「永田町」の風景の変容を一言で表すとすれば、それは、「『燻し銀』の風景」から「村上龍(作家)の小説の題名から拝借して『限りなく透明に近いブルー』の風景」への変容という具合にはなるのであろう。
 細川護煕、羽田孜、村山富市、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗の歴代宰相の執政期に筆者が過ごした「永田町」の風景は、「燻し銀」と評されるものである。その所以は、そこでの政治運営では、様々な課題を落着させる微妙な「技」が駆使されていたからである。特にA代議士が自民党に復党した折、小渕恵三、橋本龍太郎、野中広務、村岡兼造といった「経世会」直系の政治家の存在は、そうした老練の「技」の意義を実感させた。その「技」があればこそ、自民党内では波風が立たない「総主流派」体制が機能したのである。無論、このような「燻し銀」の風景は、見方を変えれば、「灰色」、あるいは「どぶねずみ色」の風景と評されるべきものであったのは、間違いないであろう。そうした「灰色」、「どぶねずみ色」の風景は、世の人々には誠に評判の芳しいものではなかった。今から振り返れば、小泉純一郎(内閣総理大臣)を宰相の座に押し上げたのは、そうした「燻し銀」の風景に対する世の人々の忌避の感情であったし、過去五年近くの小泉の執政を現に支えているのも、そうした感情なのであろう。
 村上龍の小説『限りなく透明に近いブルー』では、セックスやドラッグに絡む描写の後で、血染めのガラスの破片を通じて「限りなく透明に近いブルー」を観た主人公の想いが綴られる。小泉と自民党内「抵抗勢力」との闘争、さらには「郵政政局」から「九・一一」総選挙に至る「熱狂の日々」の後、出現した風景もまた、「限りなく透明に近いブルー」に喩えるに相応しいものであろう。「九・一一」総選挙直後の特別国会の時期には、リュックサックを背負って部会に出入りしたり、マフラーを巻いて自転車で国会周辺を移動したりする一年生議員の姿が見られた。しかも、そうした一年生議員の多くは、たとえば部会や調査会などの席で持説を披露するのに何ら遠慮しない。とある部会の席では、その部会運営の責任を持つ中堅政治家が、ある一年生議員の発言の質の高さに驚き、「彼は誰よ…」といった表情で慌てて一年生議員の名前を確認する一幕があった。また、一年生議員の多くは、頻繁にメディアに登場している。昔日ならば、一年生議員の役割は「雑巾掛け」であったかもしれないけれども、現在では、一年生議員の役割は、そうしたことに留まらない。大挙して「永田町」に登場した一年生議員の持つ「存在感」や「清新さ」は、確かに「永田町」の雰囲気を変えているのである。
 一月二十日、通常国会が召集された。小泉純一郎の施政方針演説は、「われわれには、難局に敢然と立ち向かい困難を乗り越える勇気と、危機を飛躍につなげる力があります」という一節にも垣間見られるように、何時も通りのポジティブな色調に彩られている。筆者に「燻し銀」から「限りなく透明に近いブルー」の風景への変容を感じさせたのは、小泉の無邪気なまでのポジティブさに裏付けられた執政の所産でもあろう。また、小泉は、政権運営の「有終の美」を飾る過程を手にしているという点では、近年でも稀有の宰相である。しかしながら、小泉の退陣に合わせた自民党総裁選挙、さらには「小泉以後」の宰相の執政の過程で、その「限りなく透明に近いブルー」の風景が、どのような別の色に染まっていくかは判らない。「限りなく透明に近いブルー」を感じさせた幾多の一年生議員が、総裁選挙のような「権力闘争」の場で、どのように振る舞うかは誰も知らないのである。そうした風景の変容に注意を払いながら、日々の政治を観察していきたい。それが「永田町」に戻った筆者の想いである。
『文藝春秋』(2005年3月号)掲載

|

« お題バトン…だそうです。 | Main | 「ポスト小泉」への助走 »

「学者生活」カテゴリの記事

Comments

>『論座』と『文藝春秋』に平気で書いているのは、確かに幅が広がったなと思う。次は、『世界』に書いてみたいものである。

「同志」同士で縮こまり、排他的になっていく(と、素人目には見える)「保守論壇」の論客たちに取って、雪斎先生の懐の大きさは、ある意味、不気味に映るのではないかと愚考致しました。
「怒り出す」のは、不安であるからではないかと、そんな気が致します。

Posted by: るびい | March 27, 2006 at 10:07 AM

>るびい様
 いわゆる「保守論壇」が仲間内で縮んでいる
のもそうですが、ネット上での言葉のやり取りも
仲間内で萎縮してる感があります。
 その中に投げ込まれる雪斎先生の大作、どんな
反応を呼ぶか楽しみですね(^-^)

Posted by: おおみや%バイト君@lanta出張中 | March 28, 2006 at 12:50 AM

・るびい殿
「懐が深い」というよりも節操がないだけかも…・
・おおみや殿
おや。海の向こうですか。
久々に、まとまったものを書きましたよ。

Posted by: 雪斎 | March 28, 2006 at 06:29 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71618/9278208

Listed below are links to weblogs that reference 「色」が変わった永田町の風景:

« お題バトン…だそうです。 | Main | 「ポスト小泉」への助走 »