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March 31, 2006

「ポスト小泉」への助走

■ 「永田町」は、早くも「ポスト小泉」モードである。「毎日」が報じている。
 「小泉政権最後の予算となる06年度予算(一般会計総額79兆6860億円)が27日、参院本会議で可決、成立した。これを受け自民党内では、小泉純一郎首相の後継を決める9月総裁選に向けた動きが本格化する。安倍晋三官房長官、福田康夫元官房長官の有力2氏を擁する森派が候補を一本化できるかが、最大の焦点となる。一方、麻生太郎外相や谷垣禎一財務相も政権構想の取りまとめを急ぐなど、出馬を念頭に準備を進める」。
 雪斎も「ポスト小泉」の動きには、関わりを持ち始めている。具体的には何をしているかは、明かすことは出来ない。体重は減るわ抜け毛は増えるわで中々、身体的には余り有り難くない状態になってはいるけれども、国の行く末に少しでも関わることであるから、致し方がない。十年前、三十歳過ぎの頃に比べれば、今のほうがサーヴィス(任務)の質が重い。此度のサーヴィスが終わって、「永田町」から足を洗うことが出来たら、その前に嫁さんをもらって、その嫁さんを連れて一ヵ月ぐらいは温泉地で「命の洗濯」の日々を過ごすしかあるまい。確かに、雪斎の「永田町」復帰は「正気の沙汰」ではなかったなと思う。
 昨日、日経平均株価は五年七ヵ月ぶりに17000円台回復を果たしている。景気回復が小泉総理の執政の直接の成果なのかは、色々と議論があるかもしれないけれども、少なくとも「小泉の時代に景気が回復した」というのは、厳然とした事実であろうし、後世の小泉内閣へ評価は、この事実を踏まえたものになるであろう。「民のかまどは賑わひにけり」と詠んだ仁徳天皇の故事に従えば、「かまどの賑わひ」の傾向が明らかになっているのは、誠に慶賀すべきことである。雪斎保有の大手鉄鋼株も、このところ連日、高値を付けている。高配当・割安銘柄なので、身体的に疲労が抜けない時期だけに、精神衛生面では、かなりうれしい。
 それにしても、「ポスト小泉」で盛り上がれば盛り上がるほど、民主党は日本政治における「刺身のツマ」でしかなくなる。「ポスト前原」で名前が出てくるのが、小沢一郎氏とか管直人氏のような「昔の名前」というのは、何とかならぬかという気がする。自ら火中の拾った感のある渡部恒三氏を別とすれば、「小姑」然としている人々が多いのは、何故であろうか。雪斎は、「ポスト前原」の民主党は「ない」のではないかと思っている。やはり民主党の建て直しは、前原氏に期待するしかないのではなかろうか。
 下掲は、『世界日報』という新聞に寄せた原稿である。かんべえ殿の「ネオ」、「クラシック」の議論を使わせてもらった。

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March 27, 2006

「色」が変わった永田町の風景

■ 永田町に復帰して気が付けば半年である。その間、確かに、雪斎を取り巻く条件は劇的に変化した。のんびり大学で過ごし気楽に文章を書いていた頃に比べれば、交わる人々の顔ぶれも多彩になった。依然として「物書き」活動は続いているけれども、付き合いのできるメディアも随分と多彩になったようである。なるほど、「永田町」はエキサイティングな空間である。
 昨日、実に久しぶりに『中央公論』に載せる大体、四百字詰原稿用紙二十七枚くらいの論稿の校正作業を終えた。書いた中身は、「対中国政策」論である。草稿を読んだ在米国際政治研究者からは、「日本の保守・現実主義の立場から、『日本の対中政策』の国内及び対外関係の政治の現状と処方箋が上手く論じられていると思います」と評してもらった。「いかにも、雪斎が書きそうな論稿だ」ということであろう。ということは、いわゆる保守論壇方面が怒り出しそうな中身であることは、予想できそうである。引用したのが、ジョージ・ケナン、ラインホールド・ニーバー、マイケル・オークショットだから、それは、完全な「保守」テイストが充満した原稿なのだが…。
 二日前の金曜日は、築地・朝日新聞本社でインタビュー取材を受けたあとで、I記者に『論座』編集部を案内してもらって、編集部の人々と歓談する。来月号の見出しは、結構、笑えた。渡辺恒雄・読売新聞主筆の対談もそうであったけれども、この雑誌は最近は結構、楽しみにしている。
 下掲の論稿は、先月に『文藝春秋』に載せたものである。『論座』と『文藝春秋』に平気で書いているのは、確かに幅が広がったなと思う。次は、『世界』に書いてみたいものである。

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March 24, 2006

お題バトン…だそうです。

■ カワセミ殿から「お題バトン」というのが回ってきた。
 カワセミ殿曰く、 「以前にもmusicバトンがあった気がするけど、最近はこんなのもあるんですね。こちらから回ってきたものですけど、なかなか面白い。テーマは回す人が指定できる模様。では私は「アメリカ」のほうで。「世界戦略」だと、誰しも幼少の頃にあるはずの世界征服を夢見た記憶が蘇って来てかなり無駄ですので(笑)」だそうである。
 それで、項目は以下の通りらしい。

「本棚やPCに入っている(テーマ)は?」
「今、妄想している(テーマ)は?」
「最初に出会った(テーマ)は?」
「特別な思い入れのある(テーマ)は?」
「(テーマ)への愛ゆえに一言物申す」

 雪斎jに割り振られたお題は、「政治学者」である。ふーん。

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March 22, 2006

「最後の勝ち」は俺が握る。続

 「ハルト将軍も亦曰く、凡そ軍人たる者は間断なる切磋琢磨し以て智識を得ることに勉めざるべからず。然らざれば其無識は勇侠なる部下を犬死せしむることあるべし。古来幾多の戦闘が単に将帥の無識の故を以て敗衄に帰したること枚挙すべからず」。
  ―秋山真之 『海軍基本戦術 第一篇』緒言より―
 先刻、入手した『秋山真之戦術論集』という書には、このような記述がある。昨日、世は、「王ジャパン」の世界制覇で沸き立ったけれども、雪斎は、その一方で、この秋山真之の言葉を思い出した。

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March 21, 2006

「最後の勝ち」は俺が握る。

■ 昨日、大学の卒業式である。
 雪斎が大学教員として面倒を観た「最初の学生」も、ほぼ全員めでたく卒業と相成った。
 「君よ、『最後の勝ち』は君が握れ」。
 帰り際に、卒業生の一人に、このように檄を飛ばしておいた。
 昔、子供の頃、ジョン・F・ケネディの言葉として、「一度目は負けてもいい。二度目も負けてもいい。しかし、最後の三度目には必ず勝つのだ…」というものを聞かさされたことがあある。それが本当にケネディの言葉であったのかは確認していない。ただし、ケネディ政権は、ソ連との宇宙開発競争では、一度目は「スプートニク」で負け、二度目も「ヴォストーク」で負けたので、「三度目での勝ち」を目指して「アポロ計画」を始動させたのである。そして、米国は月面着陸で「三度目での勝ち」を握り、その後の宇宙開発を先導した。それは、確かにケネディが言いそうな言葉ではある。
 それは、なにやら、ワールド・ベースボール・クラシックでの「王ジャパン」の軌跡を表現しているような言葉でもある。
 ところで、「『最後の勝ち』は、俺が握る」というのは、若き日の雪斎の信条であった。高校入試から始まり、人生の様々な「勝負」に関していえば、雪斎の勝率は、おそらくは二割以下であろうと思う。大学院入試の折は、確か八連敗の後に、最後の一勝の結果として手にしたのが東京大学行きの切符だったはずである。就職活動の時も十数連敗の後、何故か飛び込んだのが「永田町」であった。身体的なハンディキャップを抱えると、色々と「悪条件」に直面するものなのである。だから、若き日の雪斎は、「敗戦」の連続である。それでも、「とにかく勝つべき戦い」に勝てたことで、政治学者として身を立てることができた。雪斎に付いたニック・ネームは、今から思えば、かなり、びっくりするけれども、「ゾンビ」であった。「殺されても殺されても生き返る奴」という意味であった。雪斎も、「失点率〇・〇一差で生き返った王ジャパン」並には、運が強かったということであろうか。
 だから、何かがあっても、雪斎は、「最後に笑えれば、それでいい」と思っているところがある。眼の前に負けが込んでいても、諦めなければ、「最後の勝ち」は必ず転がり込んでくるものだと思っている。雪斎は、そのことだけは楽天的に考えている。

■ 尚、雪斎も、三月三十一日付で大学を退職し、新年度以降は「兼任講師」という立場で授業を持つことになった。従って、今後、二、三年は、完全な「永田町シフト」で活動することになる。もっとも、授業は週三コマ分担当するから、負担が変わるわけでもないが…。

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March 18, 2006

ワールド・ベースボール・クラシック

■ 一昨日、がっくり来たこと…。ワールド・ベースボール・クラシック対韓国戦、何故か敗戦である。
  敗戦後、あれだけ感情的になっているイチローをはじめて見た。
  曰く、「生涯、最も屈辱的な日」だそうである。
  昨日、驚いたこと…。米国敗北により、日本が準決勝進出である。
  帰宅した折、「ただいま」といおうとした矢先に、雪斎の母親が「メキシコ、勝ったよ」である。
  世の中、何が起こるかは本当に判らないい。
  昨日、怒り狂ったこと…、そして悲しんだこと。
  またまた、やってくれました。ボブ・デ-ヴィッドソン塁審の「自爆判定」である。
  米国・メキシコ戦で、「ホームラン」を「二塁打」にしたあの判定は何だ。これから、野球にも「ビデオ判定」が必要なのであろうか。この審判は、「米国の威信」を大きく傷付けている。「馬鹿な愛国者」ぐらい救いようがない存在もないということの典型であろう。まさか、この審判は、また、準決勝か決勝に出るのであろうか。そんなわけはないよな…。
  しかし、「永田町の自爆男」にせよ「米国球界の自爆男」にせよ、本当に迷惑な存在ではある。
  それにしても、また韓国と対戦なのか…。いい加減、飽きたな…。韓国を完膚なきまでに叩き潰して、終わりにして欲しい気がする。

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March 11, 2006

雑記

■ 只今、『中央公論』来月号に発表する論稿の執筆中である。締め切りに間に合うのか…。この二日、三日が勝負であろう。

■ 新年度から連載を実質的に毎月四本、抱えることになるようである。どうなるのであろうか。

■ というわけで、更新は、15日まで中断である。

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March 09, 2006

産経「正論」欄原稿/国連関係

■ 昨日、雪斎は、産経新聞「正論」欄に今年最初の原稿を載せた。韓国からの国連事務総長選挙の出馬に関しては、以前のエントリーでも書いたけれども、これを論評の対象とした。
 「正論」欄原稿の書き方は、ブログでの書き方とは大分、異なっている。雪斎は、新聞や雑誌のような「表」の世界で「雪斎」の名前を使うことしないし、ブログのような「裏」の世界で実名を出すことはしない。こういう区別の意味を考えずに雪斎の議論に噛み付いている御仁がいたけれども、雪斎には、どうでもいいことである。「勝手にエネルギーを費やしているのが、よかろう」と反応するだけである。
 それにしても、中国や韓国は、山本晋也監督の言葉を借りれば、「ほとんどビョーキ」の世界に入っているなと思う。こういう「ほとんどビョーキ」の国々を前にして、我が国が同じ「ほとんどビョーキ」の論理に走らなければならない理由はない。本当に「喧嘩」をやる気ならば、言葉遣いは柔和にしなければならないというのは、外交の世界の鉄則であったと記憶する。

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March 08, 2006

折々の言の葉 2

■ 「ここでは、もう戦士に用はなくなった。われわれが取り引きをする。老人の仕事だ」。
  ―デーヴィッド・リーン監督『アラビアのロレンス』劇中の台詞ー

 渡部恒三前衆議院副議長が国対委員長として前線復帰したという話に触れて、雪斎が咄嗟に思い浮かべたのが、この有名な台詞である。第一次世界大戦中、アラブの解放のために闘った若きトーマス・エドワード・ロレンスの理想は、戦後、列国やアラブ族長たちの思惑が交錯する政治的な現実によって裏切られていく。前の言葉は、アレック・ギネス演ずるファイサルが言い放った台詞の一部である。この台詞の全部は、下の通りである。

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March 06, 2006

折々の言の葉 1

■ 総ての計画化に抵抗するための計画は、その反対物よりもましかもしれないけれども、同じスタイルの政治に属する。
 ―マイケル・オークショット著「政治における合理主義」

 要するに、「ミイラ盗りがミイラになる」ような愚は避けよという趣旨である。オークショットそれ自身は、エドマンド・バーク以来の英国保守主義の精神を継いだ政治学者であり、雪斎は学生の時分からオークショットの書を読んでいた。前に触れたオークショットの言葉は、フリードリッヒ・フォン・ハイエクを批判した文脈で語られたものである。ハイエクは、共産主義に象徴される「計画化された経済」を舌鋒鋭く批判した人物であり、マーガレット・サッチャーが影響を受けた人物として知られている。オークショットは、ハイエクの議論に半ば工学的な「偏狭さ」を見て取った。共産主義に対抗するために、「反共十字軍の徒」になってはならないのである。
 「反○○」という姿勢こそ、オークショット流の保守主義の精神からは遠く隔たったものである。この○○には、米国や中国といった特定の国名であれ、自民党や民主党といった党派名であれ、小泉純一郎や前原誠司といった個人名であれ、どれを入れても構わないものであろう。だが、こうした「反○○」の論理に走って「保守」を自称する人々が跳梁跋扈しているのは、どういうことであろうか。

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March 04, 2006

共同通信配信の記事

■ 昨日午後、愛知和男代議士事務所のソファーで昼寝をする。完全に漫画『美味しんぼ』に登場する山岡士郎の状態であった。「いやあ。済まない済まない」と内心、照れ隠しをする。ところで、昼寝最中に、愛知事務所に共同通信社から地方紙十紙近くの現物とコピーが届けられた。雪斎のインタビュー記事が載ったのである。
 下掲は、「熊本日日新聞」(2月26日付)の記事である。名前のところは改変した。それぞれの地方紙によって、見出しやレイアウトが微妙に異なることに気付いた。一番、大きく扱ったのは、「沖縄タイムス」であった。「戦争と平和」の問題には敏感な土地柄であれば、さもありなんといったところであろうか。雪斎の議論は、沖縄の人々にはどのように届いたのであろうか。

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March 03, 2006

議員懲罰の重さ

■ 「永田町ジャンク・メール騒動」の中心人物は、懲罰委員会付託と相成った。『読売』記事である。
 □ 「疑惑、論拠が消滅」メール問題で民主が全面謝罪
 民主党は2日昼、「送金指示メール」問題に関する自民党の公開質問状に対し、〈1〉メールの真偽は、「本物ではない」とした党声明の通りである〈2〉メールに基づいて指摘した、武部自民党幹事長の二男への送金疑惑は、論拠が消滅したと理解する〈3〉武部氏と二男の名誉回復措置として、国会などで改めて謝罪する――とする鳩山幹事長名の回答書を自民党に提出した。
 疑惑を取り上げた永田寿康衆院議員も同様の書面を提出し、「メールが本物でないことは得心している」とする見解を示した。さらに、疑惑に関し、2月28日の記者会見で「一定程度の事実を含んでいる」可能性を指摘したことについて、「あいまいな表現を用いたことをおわびする。調査を怠り、思い込みに基づいたもので、根拠のない誤りだった」と撤回した。武部氏らへの謝罪は、「できれば直接お会いして表明したい」とした。自民党は2日正午までの回答を求めていた。回答書は、民主党の平野博文総合調整局長が国会内で、自民党の逢沢一郎幹事長代理に手渡した。逢沢氏はこの後、国会内で記者会見し、「このような表現では納得できない」と述べた。
 また、民主党は、この問題で引責辞任する野田佳彦国会対策委員長の後任人事の調整を進めた。鳩山氏は同日朝、「国会運営は厳しいので、(候補者は)かなり逡巡(しゅんじゅん)している」と述べた。
 一方、衆院議院運営委員会は2日午前の理事会で、永田氏に対する懲罰動議の衆院懲罰委員会への付託について、同日夕の衆院本会議で議決することを決めた。民主、共産、社民各党も付託に賛成する。懲罰委は来週にも開かれる。


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March 01, 2006

鉄は熱いうちに打て

■ 第二次世界大戦後、ジョージ・F・ケナンが行った提案の中に、「外交のウェストポイント」創設というのがあった。ウエストポイントでどのような教育が行われるかは、たとえば映画『愛と青春の旅立ち』を観れば、そのイメージが伝わるであろう。
 ケナンは、軍隊ではなく外交の世界にこそ、「ウェストポイント」が必要であると考えた。戦後、超大国として国際問題に関わり始めた米国に求められていたのは、質の高い外交官の養成であった。ケナンは、軍人を養成するつもりで外交官を養成しようと考えたのである。
 ケナンの意図は、軍人にも比する過酷な環境の下でこそ、ソ連との外交闘争の中で米国の国益を守る外交官が育つというものであったのである。
 因みに、大英帝国期のエリートは、ケンブリッジやオックスフォードを卒業した後に、インドに送り込まれたという話がある。二十歳代半ばの頃に、生活環境もまるで違うインドで大勢のインド民衆を相手に「統治」という営みを課せられたのである。異国の地で価値観の異なる人々をまとめるわけであるから、「並みの神経」では到底、やっていけない。そうした過酷な日々の後で、「危機」においても平常心で対応できる胆力が身についていく。そうした胆力こそが、エリートの条件なのである。
 戦後の日本は、「エリート」を養成したのか。「ウェストポイント」が必要なのは、むしろ日本なのではないか。昨日、「永田町ジャンク・メール騒動」の主役として謝罪会見を行った民主党議員は、人生最初の「過酷な日々」を過ごしているのであろう。しかし、それは十五年は遅すぎた。
 古人曰く、「鉄は熱いうちに打て」である。今は、「熱い鉄を打つ」場所が、どこにあるのであろうか。

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