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February 11, 2006

オリンピック雑感

■ トリノ・オリンピック開幕である。4年に一度しか行われない催事は、それぞれの人々の「人生の瞬間」を感じさせるものであろう。雪斎は、昭和四十年一月生まれなので、前年十月開催の東京オリンピックの折の世の歓声などは、母親の胎内で聞いていたはずである。雪斎の印象に残っているオリンピックのシーンは、次のようなものがある。

 ① 1972年 札幌 70m級純ジャンプ
 リアル・タイムで観たもので最も古く、そして最も強烈な印象を残したのが、札幌の「日の丸飛行隊」の表彰台独占であった。「日本って凄い国なんだ…」と素朴に思ったものである。
 その後、高校ぐらいの時期までは、冬になれば毎週日曜午後にジャンプ競技が中継されていたので、それを観るのを楽しみにしていたものである。ジャンプ競技は、自然相手のものであるから、実力者が必ず実力通りの成績を残せるとは限らない。飛んでいる最中に「妙な風」に邪魔されることもある。
 ② 1998年 長野 ジャンプ団体
 これは、「原田雅彦の涙」が有名であろうけれども、札幌以来の長いジャンプ観戦歴を持つ雪斎には、まことに感慨深いものであった。
 ③ 1992年・バルセロナ 男子マラソン
 谷口浩美選手の「靴、脱げちゃいました」事件である。1964年・東京で銅メダルを取りながら、「もう走れません」という遺書を残して自殺した円谷幸吉さんの一世代後の日本人は、やはり種類が変わっていることを実感させられた。これを笑って迎えた日本人も…。「日の丸を背負って…」という時代ではないということであろう。
 ④ 2000年・シドニー 野球
 プロ野球から初めて選手が参加した。普段、「日の丸」を付けたことのない人々が「日の丸」を付けて競技すると、どういうことになるかを感じさせた。「日の丸を背負って…という意識で競技する時代ではないであろうけれども、それでも日の丸は重かった」ということなのであろう。黒木知宏投手の「精悍さ」が印象に残っている、
 ⑤ 1988年・ソウル 男子陸上100m
 あのベン・ジョンソンがドーピング失格となった競技である。無敵のカール・ルイスが完敗した光景には、かなりびっくりした。
 ところで、次は、2008年の北京である。「真っ当な民主主義国家でない国がオリンピックを開けば、十年程度で潰れる」という法則みたいなものがある。1936年・ベルリンの十年後には、ドイツ第三帝国は既に消滅していたし、1980年・モスクワの十年後には、ソヴィエト連邦は瓦解前夜であった。2018年に、中国共産党体制は存続しているのであろうか。「二度あることは三度ある」。「三度目の正直」。どちらであろうか。

 追記、Baatarism 殿によれば、「1984年・サライェヴォ」も、「真っ当な民主主義国家でない国がオリンピックを開けば、十年程度で潰れる」という法則に当てはまるようである。この法則は、かなり確からしいもののようである。中国も、向こう二年以内に「民主化」をやらなければ、崩壊ということであろうか。それならば、そちらのほうに備えておいたほうが、建設的であろう。

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Comments

>「真っ当な民主主義国家でない国がオリンピックを開けば、十年程度で潰れる」

もう一つ例がありますよ。

1984年サラエボ冬季五輪→10年経たないうちにユーゴスラビア崩壊。10年後はボスニア紛争のまっただ中。

あと崩壊には至らなかったし、五輪までにぎりぎりで民主化はしていたけど、韓国もソウル五輪の10年度は経済危機で大変でしたね。

Posted by: Baatarism | February 11, 2006 at 12:35 PM

・Baatarism殿
ああっ、本当にサラエボもですね。
ということは、この「法則」は結構、適用度が高いかも…。

Posted by: 雪斎 | February 11, 2006 at 01:31 PM

見栄張ってオリンピックをやってはみても、その無理がたたってお陀仏になるという法則なんですかねえ。

Posted by: くまりん | February 11, 2006 at 08:52 PM

 これはなかなか恐ろしい法則ですね。
 ところでシドニー五輪の黒木ですが、ケガする前であの頃の黒木は「凄いピッチャー」でした。ケガが癒えて完全復活してもらいたいです。
 それとジャンプは私も子供の頃から親しんだ競技です。高校生の時、「キング・オブ・スキー」荻原健司を見に宮の森に行きました(もっとも荻原は複合ですが)。その彼が今や参院議員ですからね。不思議なものです。

Posted by: 副会長 | February 11, 2006 at 09:47 PM

・くまりん殿
オリンピックを何のためにやるかということだと思います。「真っ当な民主主義国家でない国」というのは、何故か「国威発揚」ということを前面に押し出すのですな。
・副会長殿
札幌では、毎週、STV、HBC、UHB、HTBの主催でジャンプ競技会をやっていますな。東京では見られないのは残念です。

Posted by: 雪斎 | February 11, 2006 at 11:36 PM

そうなると幻の1940年東京大会というのは…。

Posted by: 中山 | February 11, 2006 at 11:58 PM

・中山殿
「幻に終わった」のが、日本にとっての「豪運」だったということでしょう。1940年と1964年とでは、社会インフラなどが段違いだと思いますので、そうした条件の上で1964年にできたのは、よかったとおもいます。
そろそろ、日本で再びやってもいいでね。2016年か2020年あたりに…。

Posted by: 雪斎 | February 12, 2006 at 12:32 AM

その頃のオリンピックってのは、人口の減少が
ある程度進んだところでの我が国の国力が
いかほどか計られるものになりそうですな。
まさか「10年の法則」の適用対象になるほど
ゴタゴタしてることはないと思いますが。

Posted by: おおみや%バイト君 | February 12, 2006 at 12:50 AM

なるほど!! やっぱり中国に対しては、軍事/崩壊両面から、しっかり粘り強く封じ込めを図る努力を続けないといけませんね。

Posted by: 珈琲 | February 12, 2006 at 09:50 AM

こんにちは。

>「真っ当な民主主義国家でない国がオリンピックを開けば、十年程度で潰れる」

さすが雪斎先生…何とも鋭く、そしてまた恐ろしい法則です。私も少年時代見た華やかなサラエボ冬季オリンピックとその後の悲惨な内戦とのギャップに戸惑いました。

「真っ当な民主主義国家でない国」あるいは「オリンピックを国威発揚の手段として露骨に利用する国」と言っても良いでしょうか。

「オリンピックで大いに国威を高めた」との驕りがその国家を凋落へと導いてしまうのか、オリンピックの自由な息吹が、その国の人民の意識に微妙な変化をもたらすのか、この法則の要因を考えるのも面白いですね。

Posted by: 藤田 | February 12, 2006 at 09:53 AM

考えてみれば、ソウル五輪も誘致段階では軍事独裁政権が国威発揚のために計画したものでしたからね。
ソウルと開催地を争った名古屋の関係者が、自分たちはIOC委員はジェントルマンだと考えてクリーンな誘致活動をしたが、ソウルの関係者は接待やカネの力を利用して誘致活動を進めたと語っていたのを、テレビ(確かNHK)で見た記憶があります。
もし1980年代に韓国が民主化をしていなければ、韓国もこの法則に名を連ねていたんでしょうね。あのときの民主化はやはり英断だったのでしょう。

Posted by: Baatarism | February 12, 2006 at 11:19 AM

>ソウル五輪

…お言葉ですが、確かその10年後に「IMF事態」だったような…(汗

つまり法則の付則として
「誘致した後に真っ当な民主主義国家になった場合、潰れはしないがエライ目にあう」
ということになるのかもしれない…

※あそこが「真っ当な」という表現にふさわしいかどうかは議論があるかもしれませんがそれはそれで。

Posted by: あっとさせぼ | February 12, 2006 at 03:01 PM

98年長野冬季大会から10年後が08年。
ちょうど北京大会の年と重なっているのが気になりますね。「10年後の法則」にひっかからないように願いたいものです。

Posted by: フムフム | February 12, 2006 at 07:50 PM

残念!メキシコ五輪はトラテロルコ虐殺事件の10日後に開かれましたが、その後も制度的革命党のソフト独裁体制は四半世紀以上続きました。

Posted by: 炎暑雪国人 | February 13, 2006 at 04:29 AM

 皆さん、有難うございます。
 炎暑雪国人殿のご指摘通りだと「法則」は成り立たないことになりそうなので、メキシコの政情を調べてみようと思います。

Posted by: 雪斎 | February 13, 2006 at 11:36 PM

スピードスケートメダル奪取ならず…、いやいやちょっと残念で寝付けません。

今大会、メダル0になってしまうのでしょうか?

>フムフム様
>98年長野冬季大会から10年後が08年。

多分「日本国自体」は大丈夫だと思いますが、「日本における冬季オリンピックの各種競技レベル」は、崩壊の危機にあるかもしれませんね(苦笑)。

Posted by: 藤田 | February 14, 2006 at 04:43 AM

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