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February 05, 2006

日曜の朝の風情

■ 精神的な「荒れ」を感じた数日間が過ぎ、ようやく正気に戻ってきた感じがする。クレメンス・フォン・メッテルニヒの『回想録』を読む。ナポレオン戦争以後のヨーロッパにあって「復興された世界」の再現に尽力したメッテルニヒの言葉には、色々なインスピレーションのネタが詰まっている。
 日本では、メッテルニヒは、フランス革命以来の国民主義、自由主義の流れを抑えようとした「保守反動」の徒として語られることが多いけれども、メッテルニヒが1809年の外務大臣就任以降、何よりも優先しようとしたのは、決して強盛とはいえないオーストリアという「帝国」の護持であった。要するに、メッテルニヒにしてみれば、自らを外務大臣に任じた皇帝に対して、臣下としての務めを果たすことが、大事なことであったのである。こうした人物に保守云々の評価というのも、余り面白いとはいえない。
 メッテルニヒの凄いところは、ナポレオン没落以後のヨーロッパにあって、オーストリア一国の利害を露骨に追求する振る舞いを避けたことである。松本健一先生が「テリトリー・ゲームの言葉で表したように、当時の国際政治では戦争の勝者が敗者から領土を割譲されるのは、常識の話であったけれども、メッテルニヒは、そうしたことをしなかったのである。
 「…ごく自然な政治的理由を行動の指針としてきた同盟列強は、ベルギーが再びオーストリアに併合されることを望んでいたのだ。我が国はこうした領土拡大を拒否した。とくに帝國に関する考慮があったためではなく、われわれは何よりも平和工作の成功を確保することを望んでいたからである」。
 メッテルニヒの言葉である。メッテルニヒによれば、オーストリアが迂闊にベルギーに手を出してフランスと国境を接してしまえば摩擦の火種を残すことになるという計算が働いたようであるけれども、このメッテルニヒの深慮が、第一次世界大戦勃発に至るまでの「百年の平和」をヨーロッパに出現させる一因となった。こういう話に触れるのは、何時も楽しい。

■ 今年は、対中政策を少し意識的に考究しようと思っている。下掲の論稿は、『月刊自由民主』今月号に掲載されているものであるけれども、扱っているのは、対中政策ネタである。読んだ人々からは。既に「雪斎らしい」という評を頂いている。もっとも、この原稿は、「国際政治専攻の政治学徒なら、このくらい当たり前のように書けよ」という原稿である。別段、「よい論稿」を書いたとも思わない。至って「普通の原稿」である。

  □ 対中政策における「封じ込め」と「デタント」の間

 我が国の政治家が「中国の脅威」を口にする事例は、最近、確かに目立つようになっている。たとえば、前原誠司(民主党代表)や麻生太郎(外務大臣)は、相次いで「中国の脅威」認識を示し、波紋を投げ掛けている。こうした前原や麻生の発言には、批判を寄せる向きもあるけれども、それは、確かに日中関係の現在を象徴している。事実、内閣府が昨年十二月二十四日に発表した「外交に関する世論調査」の結果に拠れば、中国に「親しみを感じる」と答えた層は、二〇〇四年時点より五・二ポイント低下した三二・四パーセントであり、一九七八年以降の最低点を付けている。「厳冬期」と評されることもある対中関係の現状は、確かに国民意識の上にも反映されているのである。
 ただし、「中国の脅威」という言葉で語られる事象には、二つの側面があるという事実は、確認されなければならない。第一は、強い権力の裏付けを持つ「リヴァイアサン」としての中国の脅威である。前に触れた前原や麻生の発言は、そうした意味での「中国の脅威」を念頭に置いてのものである。中国の国防費の拡張傾向や東シナ海海洋権益に絡む軋轢は、そうした脅威を特に日本の人々には鮮烈に印象付けている。
 第二は、無秩序の象徴としての「ビヒモス」にも喩えられるべき中国の脅威である。現在の中国が、その表面的な「隆盛」にもかかわらず実際には深刻な混乱や不安定の要因を抱えているとは、既に常識に類する事項として語られている。しかも、中国吉林省内の化学工場爆発の際に流出した有害物質によってアムール河一帯が汚染された一件にも示されるように、そうした中国共産党体制の持つ一種の「締りの欠落」は、周辺の国々にも多大な影響を及ぼさないわけにはいかない。
 これらの二つの種類の「脅威」に対応することは、実は決して容易なことではない。第一の「脅威」に対応するだけのものであるならば、その対応の仕方は、割合、単純である。実際、現下の我が国は、明らかに対中「封じ込め」の論理を徐々にではあっても確実に展開しつつある。ジョージ・F・ケナンにおける対ソ連「封じ込め」の論理は、「ヨーロッパからソヴィエト共産主義の影響力を排除する」というものであったけれども、我が国が東アジア共同体構想にインドやオーストラリアを巻き込もうとしたのは、多分、「東南アジア地域から中国の影響力を排除する」という対中「封じ込め」の論理からは、誠に理に叶ったものであるであろう。ただし、中国の「混乱」や「不安定化」という第二の「脅威」に対応しようとするならば、中国の現状に対する相当な程度までの関与を怠ることはできないであろう。こうした対応は、第一の「脅威」を前にした対応とは矛盾する性格を持つものであるけれども、現下の中国は、冷戦期のソ連とは異なり国際的な相互依存の網の中にある。現下の対中政策ほど、対外政策の中で実質的な意味での「平衡感覚」が要請される領域はないのである。
 今秋と伝えられる小泉純一郎(内閣総理大臣)の退陣は、我が国の対外政策の一つの「転機」になるであろう。対ソ「封じ込め」政策が展開された冷戦期ですら、一面においてはジョン・ルイス・ギャディス(歴史学者)が呼ぶところの「長い平和」であり、その期間には「デタント」と呼ばれる緊張緩和の時節があったことは、きちんと確認されなければならない。おそらくは、小泉の任期中には、「政冷経熱」と評される日中関係の現状は修正されることはないであろうし、筆者もまた、そのような修正は軽々に行われるべきではないと考えているけれども、小泉以後に別の考慮が働くのは、何ら不可思議なことではない。昨年十二月の東アジア・サミットの折、小泉が温家宝(中国首相)から署名用のペンを借りることで「友好」を演出し、居合わせた各国首脳の喝采を得たという挿話は、日中関係における「デタント」が実は国際社会から歓迎されるものでもあることを示唆している。筆者は、日中友好といった言辞に全然、信を置いていないけれども、対中友好を演出する努力は、どのような場合でも大事であると考えている。対中「デタント」に向けて舵を切る機こそが、今こそ見定めなければならない。それは、今後の対中「封じ込め」の永い時間を潜り抜けていく上では、必要な配慮である。
      『月刊自由民主』(2006年2月号)掲載

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Comments

中華人民共和国の対外関係史は、その周辺諸国との緊張と緩和との繰り返しの歴史であったと思われます。

対旧ソ連関係然り、対米関係然り、対印関係・対越関係・対台関係然り…。うち旧ソ連、インド、ベトナムとは小規模な武力衝突さえ起こしています。しかしながら現在、少なくとも表面上はそれら諸国ともまずまず穏やかな関係を保っております。

現在は、対日関係にその「緊張のお鉢が回ってきた」ということなのでしょう。他の周辺諸国との関係史をみれば、日中関係にもいずれ必ず緩和の時期が訪れるはずで、現在の関係をあまり悲観したり、緊張緩和に向けて焦ったりする必要もないでしょう。

雪斎先生の仰るように、緩和の“機”はいずれ必ず訪れるものと思われます。

Posted by: 藤田 | February 06, 2006 at 06:04 AM

私も「無秩序な中国」さらに悪くなれば「無政府の中国」のほうが遥かに巨大な悪影響を周辺諸国に与えるだろうと考えます。今の中国内部の諸問題は現在の政権が消えうせれば解決するというようなものとは思えません。

「安定第一」とは中国共産党の好むスローガンですが、この地域の「安定」は確実に「混乱」よりは日本にとって「まし」であろうと思います。

Posted by: がり | February 07, 2006 at 11:33 AM

・藤田殿
・がり殿
対中関係の悪化の度合いが進むことは、周辺の国々にとっても迷惑なことだと思うので、日本も、その迷惑を考えなければなりません。

Posted by: 雪斎 | February 08, 2006 at 11:09 AM

「脅威」という言葉の使い方はどうなんでしょうか。

年末に山崎拓氏が「侵略の意図と能力を組み合わせて『脅威』と呼んだ。(かつての極東ソ連軍のように)能力はあるが、意図が明確でないことは『潜在的脅威』と整理したのが政府の公式見解だ。中国の軍事力が脅威だといってしまうと、我が国に対する侵略の意図があると言っていることになる」と言いました。

私も雪斎さん言うところの「ビヒモス」の脅威をより重く考えていますが、山崎氏の指摘からするとこういう場合に「脅威」を使って良いものでしょうか。

それと中国側の敏感な反応ぶりを見ると、日本語で「脅威」と言っているニュアンスとかなり差があるように見えます。

この状態で「脅威か脅威でないか」と問いつめて、脅威と言ったから会談できないなどの状態を招くのは問題があると思います。

Posted by: フムフム | February 09, 2006 at 11:25 PM

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