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January 29, 2006

再び三題噺

■ 本日二十九日、誕生日を迎える。当然のことながら、この年齢になれば、誕生日は、「最も憂鬱な日」の一つになる。昨年の一月二十九日付けのエントリーを読み返すと、苦笑させられる。小椋佳さんの『孤高の鷹』を引用していた。

このたびの命 思い為す宿命
好まずと言えど 戦いの嵐
荒れ止まず 挑みの心 また湧き止まず

誰のようにも 生きられず
誰のようにと 生きもせず

梢の高み 孤高の鷹が
心ならずの 爪を磨く
.
 「好まずといえど 戦いの嵐 荒れ止まず 挑みの心 また湧き止まず」というのは、意味深長な一節だなと思う。何故、「永田町」に戻ったのかといえば、「挑みの心 また湧き止まず」という心情にかられたからであろう。「『孤高の鷹』…か。いいよ、俺はそれで…」と思う。

■ 一昨日、読売夕刊2面に雪斎の紹介記事が載る。東京の冬の青空、白亜の国会議事堂、そして雪斎の三つが収まったカラー写真が付いていた。雪斎四十歳の肖像写真としては、いいものだと思った。

■ 去る25日夕刻、「朝日新聞」が次のような記事を配信していた。
  □ 自民、カジノ解禁プロジェクトチーム設置へ
 自民党は25日、党政務調査会にカジノ解禁を議論するプロジェクトチーム(PT)を来週設置する方針を決めた。
 カジノは刑法で禁止されているが、地方自治体などには観光活性化や地域振興のために認めるべきだとの声が強い。ただ、党内には「犯罪の温床になるのでは」「子供の教育に良くない」といった反対論もあり、PTの主要メンバーとなる愛知和男・党観光特別委員長は丁寧に議論を進める方針を示している。
 自民党内では、「国際観光産業としてのカジノを考える議員連盟」が昨年の通常国会でカジノ解禁法案の提出をめざしていた。だが、議連会長の野田聖子氏が郵政政局で無所属となったこともあって、議論は進んでいない。

 こういう記事が出ると、何時も決まって雪斎に探りを入れてくる人々がいる。「あれは、どういうことなのか」というわけである。雪斎には、「答えられない」としか答えられない。記事の中にも、「プロジェクト・チーム設置の方針を決めた」とあるだけである。実際の議論は、これからなのであろう。
 もっとも、雪斎の個人的な趣味からすれば、「カジノ解禁」が実現したら誠に楽しいだろうなという想いはある。カジノで有名なのは、モナコ・モンテカルロである。モナコは、所得に関わる税金が少ないのでヨーロッパ中の資産家が拠点を置いている。モナコの国家財政を支えているのが、カジノを含む観光収入である。それに倣って、「成熟した大人」のための本当の道楽の場があっても、よいような気がしている。
 一九七〇年代後半、庄野真代さんが歌った『モンテカルロで乾杯』も、そうした「大人の遊び」の「イメージを伝えていた。雪斎が中学生の頃に流行っていたという記憶する。その頃の雪斎は、「ませたガキ」だったので、「大人になれば、絶対に楽しいはずだ…」と思っていた。

そして24時間 あの都会あとに
  霧にしめった列車 ひとり降りた時
  まさか待ってるなんて にくらしいひと
  思いつめてる気持ち
  もろくターンさせるの

  乾杯 モンテカルロ 好きよあなたが楽園
  シルクハットを月に飛ばして
  明日は明日よ
  踊ってモンテカルロ 熱いタンゴで夜通し
  割れてしまえ 地球なんか
  恋は狂詩曲

  あれた砂漠に似てる あの愛し方
  軽い陽やけのいたみ 胸に残るだけ
  何かぬけだすように ここまできたの
  だけどひきかえすより
  他(にしかたなさそう

  乾杯 モンテカルロ 好きよあなたが楽園
  黄金(キン)の時計を過去にまわして
  明日は明日よ
  酔わせてモンテカルロ キスの嵐で夜通し
  割(サ)けてしまえ 未来なんか
  恋は¥・狂詩曲

  乾杯 モンテカルロ 好きよあなたが楽園
  シルクハットを月に飛ばして
  明日は明日よ
  踊ってモンテカルロ 熱いタンゴで夜通し
  地球なんか 未来なんか
  恋は狂詩曲

  ちゃんとしたスーツを来て、シャンパン・グラスを片手に、優雅にチップを張ってみる。それがカジノの風景に対するイメージである。日本でギャンブルといえば、余りファッショナブルな印象はない。「うらぶれたおっさんがうらぶれた服装で、眼の色を変えてやっている…」。そういう印象がある。日本でカジノを解禁するとして、その際の障害は、このように、今までのギャンブルがファッショナブルさに欠けるという点であろう。カジノで一家千金を狙って眼を血走らせるような人々は、本来は客として来てはいけないのであろう。
 今の日本に大事なのは、「カネに呑まれない」人々である。カジノが、そうした人々の常識を定着させることに貢献できれば、いいのだがと思う。
  因みに、雪斎は、カジノでは勝てそうにない。近代以降の政治学者の始祖みたいなニコロ・マキアヴェッりも、「下手な博打打ちにして女好き」というのが素の姿であったらしい。これに倣えば、雪斎も、博打は上手でないかも・・・と思ったりする。もっとも、ぐっちー殿の師であるノーベル経済学賞受賞者のロバート・マンデル博士は、ラスヴェガスのカジノで一財産を作ってしまった人物だから、学者といっても様々である。

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Comments

博打には興味が無いのですが、特定の地域・場所でのカジノ解禁に賛成です。カジノを解禁する代わりに、
街中に溢れているパチンコ屋を規制して欲しい。
あの外観と外に漏れる騒音は正直耐え難い。。

Posted by: 鬼瓦駒吉 | January 29, 2006 at 01:26 AM

誕生日おめでとうございます。「憂鬱」ということですが、また一つ年齢を重ねることができた「感謝」の日ということにしてください。
私は不惑を迎えてから惑うことばかりですが、惑っている間もない激動の環境に身を置かれた雪斎殿の、今後のご活躍をお祈り申しあげます。

Posted by: としひこ | January 29, 2006 at 06:33 PM

憂鬱に追い討ちをかけるようでなんでござい
ますが、他の公営ギャンブルや玉入れなんか
との関係をはっきりさせておいたほうがよい
かと。

Posted by: おおみや%バイト君 | January 29, 2006 at 09:55 PM

としひこ殿
 痛み入ります。拙者もまだ迷っています。

 鬼瓦殿
 おおみや殿
 あの「玉入れ」というのは、何が面白いのでしょうかな。拙者にとって理解できないものの一つが、「玉入れ」なのですよ。

Posted by: 雪斎 | January 30, 2006 at 12:14 AM

σ(^_^;にはギャンブルのセンスなどこれっぽっち
もありはしませんので、いまいちよくわからん
のですが、*多分*射幸性が高くてはまるん
じゃないのかなぁ、と思うのですよ。

この観点は、カジノ解禁にあたって、自称
良識ある人々から必ず突っ込まれると思い
ますので、お手数ですがしっかり調べて
おいていただければ幸いでございます。

(追伸)そういえば、σ(^_^;の田舎の民放の
コマーシャルには、玉入れ屋のもんがかなり
ありますね。

Posted by: おおみや%バイト君 | January 30, 2006 at 06:49 PM

遅ればせながら、お誕生日おめでとうございます。
昨年は、kenboy3さんが一言祝辞を述べられたのを覚えております。
っと、ご無沙汰しております。
この日曜日には、お街をぶらぶらしておりましたら、子供向けの節分行事、つまり子供たちが鬼に豆まきをするイベントを行っており、気候も良く、のどかな風景でした。ということで、私にとってもとてもいい一日でした。

Posted by: ファガスの森 | February 01, 2006 at 12:23 AM

玉入れですか。
私もギャンブルはやらない者なのですが、遠い昔、ちょっとした気まぐれで玉入れをしたことがあり、ふらっと立ち寄った店でいきなり当たりになって、千円が五千円になったことがありました。
それは何とも不思議な体験で、強烈な快感を、そのときは味わいました。
道ばたで五千円拾ったとしても、到底味わうことのないであろう強烈な快感で、自分自身の心理に潜む、不思議さを実感しました。
道ばたで拾ったとしたら、50万円くらいに相当するでしょうか・・・。
これはやばいと本能的に察知し、それ以後、まったくやっていません。
あれは、危ないですよ。

Posted by: 西田瓜太郎 | February 01, 2006 at 12:41 AM

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