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January 14, 2006

おお、モンゴル

■ 以前、モンゴルについてのエントリーを書いたことがある。それを基にして、ひとつの論稿を書いてみた。

 下掲の原稿は、『月刊自由民主』今月号に掲載されているものである。振り返れば、一九六〇年代半ばの「中ソ対立」が激化しようとした時期に、「拠点」としてのモンゴルの位置に着目していたのは、永井陽之助先生であった。1985年頃、永井先生の所論に触れた折に、「なぜ、モンゴルなのか」と思ったものであるけれども、今にしてみれば、永井先生の先見性には、あらためて瞠目せざるを得ない。これに、ヴェトナム、インド、トルコを加えれば、間違いなく対中「塞き止め」(containment)の「拠点」を中国の東西南北に置く構図が完成する。実際、小泉潤一郎総理のトルコ訪問、麻生太郎外務大臣のインド訪問は、そうした文脈で考えると興味深い。
 こうしたことを何時も書いておけば、現下の対中反感に凝り固まった人々の快哉は、得られるのであろう。ただし、こうした古典的な「合従連衡」論は、実際の国際政治を解釈するには、必要なツールであっても十分なツールではない。中国を震源地にして鳥インフルエンザに類する疫病が発生し、それが周辺諸国に波及すれば、それは、もはや単純な「合従連衡」策では対応できない。「鉄のカーテン」に閉ざされた冷戦期のソ連とは異なり、現下の中国は国際的な相互依存関係の網の目の中に組み込まれた存在である。「塞き止め」も「デタント」も同時並行で進める。それが対中政策の基本方針である。しかし、これほど、「言うは易し行なうは難し」の方針もないであろう。

 □ モンゴルという「拠点」
 平成十七年の我が国スポーツ界の快事は、十一月開催の大相撲九州場所で横綱・朝青龍が、前人未到の七連覇と年六場所完全制覇、さらに歴代最多の年間八十四勝という三つの記録を樹立したことであろう。福岡市に足を運んで千秋楽を観戦していた小泉純一郎(内閣総理大臣)は、「新記録、大記録、見事だ。おめでとう」と絶叫して横綱の偉業を称え、内閣総理大臣杯を手渡した。この場所では、関脇・琴欧州の活躍も際立ったものであり、琴欧州の大関昇進が決まった。外国人が完全に日本の流儀に順応して活動する「両国化」もまた、「グローバリゼーション」の趨勢を反映した一つの事例である。朝青龍も琴欧州も、昔日は「鉄のカーテン」の向こう側であった空間から来た青年なのである。
 九州場所の取組の最中,十一月二十一日、ジョージ・W・ブッシュ(米国大統領)は、東アジア歴訪の最後の訪問地として、朝青龍の故国であるモンゴルに入った。ブッシュは、現職米国大統領が初めて訪れたウランバートルでナンバリン・エンフバヤル(モンゴル大統領)と会談した。ブッシュは、米蒙首脳会談の席で、モンゴルにおける民主化の進展の具合を歓迎し、アフガニスタンやイラクの再建に対する貢献を称賛した。昔日、「世界で二番目に古い社会主義国家」と称されたモンゴルは、「冷戦の終結」以後には複数政党制導入などの民主化を加速させ、「九・一一」事件以後には米国の呼び掛けに応ずる形でアフガニスタンやイラクに軍事部隊を派遣した。ブッシュは、そのようなモンゴルの過去十数年の歩みを称揚したのである。
 小泉が朝青龍に向けた賞賛の言葉とブッシュが踏み切った初の訪蒙という選択の間には、何の関連もない。日米両国の政治指導者が同じ時期に歩調を合わせてモンゴルとの「縁」を強調する振る舞いに及んだのは、偶然の出来事と評するしかないであろう。
 ただし、この日米両国のモンゴルへの接近は、我が国の対中関係や対露関係の今後の展開を考える上では、誠に興味深いものである。モンゴルの対中関係は 実際にはかなり緊張をはらんだものである。モンゴルは、一九六〇年代後半以降に露わになった中ソ対立の過程では、ソ連に与する姿勢を鮮明にしていたし、モンゴル国民の対中感情も伝統的には余り良好とはいえない。また、モンゴルは、社会主義体制下に反日教育を実施した時期があったにもかかわらず、それが浸透しながったという事実に暗示されるように、ロシアとも微妙な距離感を保っている。
 外務省が実施した「モンゴルにおける対日世論調査」(平成十六年十月―十二月実施)の結果は、そのモンゴル国民の対外認識の有り様を浮かび上がらせている。先ず、「あなたのもっとも好きな国はどこですか」という設問に対しては、米国、四一・八、日本、三三・四、ロシア、七・五、中国、五・八という数字がパーセンテージとして並んでいる。次に、「今後モンゴルが最も親しくすべき国はどこだと思いますか」という設問に対しては、米国、三五・一、日本、三七・四、中国、一〇・四、ロシア、二八・二という数字がパーセンテージとして並んでいる。
 この世論調査の結果から判断する限りは、現下のモンゴル国民が親しみを感じつつ、交流の加速を望んでいるのは、米国であり日本である。その意味では、日米両国がモンゴルへの接近を図ろうとしていることは、モンゴル国民の要請にも応えるものである。特に「冷戦の終結」以降に我が国が具体的に手掛けてきた経済協力や技術協力の実績を下地にするならば、我が国は、東アジア地域に日米蒙三ヵ国提携という「戦略の柱」を樹立することができよう。それは、模索を試みる価値を持つものなのではないか。
 十二月八日、横綱・朝青龍は、帰国中にエンフバヤルを表敬訪問し、その席でモンゴルの英雄の名を冠したスフバートル勲章を授与された。モンゴルの一青年にとっては、日本は、自らの立身出世を可能にした「夢の舞台」であった。こうした「夢の舞台」が朝青龍以後の青年にも用意できれば、日本とモンゴルとの関係は、おそらくは磐石であろう。「両国化」と呼ばれる現象の招いた「正の側面」の大きさは、我が国の今後の対外戦略上の資産を象徴するものとなるであろう。佳き「縁」は生かさなければならないということである。
      『月刊自由民主』(2006年1月号)掲載

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Comments

もう7年くらいになるのかな。
モンゴルに行ったことがあります。
夏、一面の緑。
草の海っていう表現は本当にその通りだと実感しました。
わずかにウランバートルは都会だけれど、日本で言うと鳥取市くらいの感じ。
ほかは草原以外、何もない。
住民も観光客も馬に乗って、草原を駆け回る。
2日ほど練習すれば、乗れるようになるんですね、馬って。
そこここにあるゲルは、どこでも立ち寄り可。
遊牧民の文化で、旅人はゲルを見つければ訪ねていいし、
たずねられたゲルではそのときに出来る限りの歓迎をする。
どこでも馬乳酒と、それで作ったチーズを振舞ってくれます。
なんと言えばいいのか…世界のどこに言ってもマクドナルドがあるような現状で、あまりに違う世界。
本当に、心から感動しました。
草原に寝転がって、これもありだよな…って。
でも、そういう快適な季節は夏だけだそうですが。
また行きたいなあ。モンゴル。

Posted by: HOMERUN | January 14, 2006 at 03:48 AM

ベトナム、インド、モンゴルって、日本兵が歩いた道と同じなんですよ。昔も今も日本人が歩いて感謝される道と、罵倒される道は変わっていない気がします。

Posted by: タカダ | January 14, 2006 at 04:10 AM

 ご無沙汰しております。今場所はモンゴル勢では私の好きな安馬が好調でうれしい限りです。って、ここで相撲の話は場違いか。
 さて、対中「塞き止め」ですが、興味深く拝読しています。靖国問題を脇に置いても、「案外上手くいっているんじゃないか」と感じています。この路線であとは相手さんの出方を伺うのが現時点では現実的なアプローチかなと思いながら、トラバを送ったのですが・・・あれれ??

Posted by: 副会長 | January 14, 2006 at 11:02 AM

・HOMERUN殿
うわっ。楽しそう。
モンゴルの草原に輝く星というのは、どんな具合なのでしょう。
・タカダ殿
トルコやウズベキスタンも入れましょう。
・副会長殿
対中国交正常化でソ連に対する強烈な牽制の布石を打った一方で、戦略兵器制限条約のようなデタントの仕掛けを作ったのが、キッシンジャーのリアリズムの肝でした。この二重性が理解されるのは容易でないと思われます。

Posted by: 雪斎 | January 14, 2006 at 04:22 PM

記事と関係がなくて恐縮ですが、たった3行でキッシンジャーの戦略を論じられていてほれぼれしました。キッシンジャーの書いたものを読むと、人々から愛されることを諦めたリアリストという印象でしょうか。孤高だけれども、孤独ではない、そんな印象でしょうか。台湾の扱いを批判する際には道義性のなさよりも、正常化交渉でそこまで譲歩する必要があったのか(その後のコミュニケの変質もあるので複雑ですが)を分析する方がよいように思います。

Posted by: Hache | January 14, 2006 at 05:42 PM

>モンゴルの草原に輝く星というのは、どんな具合なのでしょう。

モンゴルは、日本の天文ファンにとって一度は行きたい憧れの地の一つではないでしょうか?
日本では八ヶ岳に登っても見ることのできない、圧倒的な星々の美しさだと聞いております。
ただし、傍らでガイドさんが焚き火を絶やさないそうです。そうしないと狼に襲われるから、ということで。
両国の友好と協力のために、モンゴルの大平原のど真ん中に天文台を作る、それもことさらに大口径鏡を置くのではなくスペースガードのために中小口径の天文台を複数作る、その場所を同時に移動する遊牧民のために情報・医療等の利便を図る拠点にも利用してもらう、というのはいかがでしょうか?
*スペースガードとは
http://www.spaceguard.or.jp/ja/

Posted by: KU | January 14, 2006 at 06:51 PM

・Hache殿
キッシンジャーの対中外交のイメージというのは、やはりメッテルニヒなのですな。このメッテルニッヒの外交というのは、「自分は強い」という認識からは出発しなかったものです。対中「強硬派」と位置づけられる人々が、日本の「強さ」と「弱さ」をどのように把握しているかは、気になるところです。
・KU殿
ああ、それはナイス・アイディアですな。そのうち、ひとつくらいは、宿泊できるスペースをおいて、「モンゴルで星を観よう」ツアーの拠点にして、日本から観光客を呼び外貨を落としてもらえれば、天文台を維持する資金に回せるでしょう。
 口径30センチくらいの望遠鏡を置けば十分でしょうか。だとすれば、天文台一つ作るのに、1000万円も掛からないでしょう。
 これは楽しい。やってみたいですね。


Posted by: 雪斎 | January 15, 2006 at 03:05 AM

ぜひ天文台計画の実現を^^;
望遠鏡はもう一声大きいのが必要なのでは?と思いますが、これもロシアで作る、という手があるのではないでしょうか?

Posted by: KU | January 16, 2006 at 07:19 AM

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