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December 18, 2005

静かな一日

■ この土曜、日曜両日は、「静かな時間」が流れている。金曜日に実に久方ぶりに産経新聞「正論」欄に原稿を寄せた。「正論」欄に初めて原稿を書いたのは、もう八年近く前である。それから書いた原稿は、既に百十編を超えた。「正論」欄に書いた多くの原稿の中でも、金曜日に載せたものは、えらく緊張度の高いものであったことは告白しておく。原稿を依頼されたのが、11月末のことだから、原稿提出までに二週間を費やしたことになる。この原稿執筆の過程では、事前に「産経の社論の基調と相容れない中身になると思うが、それでいいのか」と産経サイドの諒承を取り付けておいた。
 実際に書き始めてみれば、「ここまでは書いていいのか…」、「いや駄目だな。もう少し筆を抑えないと…」、「これで、いいでしょう…」、「いや…。かなり不安が残るな。この文章には…」、「…」、「…」という自問自答の過程が延々と続く。途中、高熱を発して機能停止に追い込まれながら、そうして二週間が過ぎた。コスト・パフォーマンスの観点からすれば、「最悪」の部類に属する原稿であった。皇位継承のことは軽々には論じられない。そうした想いがあれば、筆も口も重くなる。それでも、書いた。
 原稿それ自体に対する評価は、今のところ様々である。予想された筋からは予想されたような批判が飛んできている。この「想定の範囲内」の批判は、雪斎には率直に面白みを感じさせない。保守層にも、何時の間にか、定型的な議論がはびこるようになったということか。
 さる人物から告げられた。「読んだよ…。随分と微妙な書き方をしているな…」。雪斎は、「判りましたか…」と応じた。

■ 『月刊自由民主』への寄稿も、来年三月で七年目に突入である。雪斎は、小泉純一郎総理の「構造改革」路線を一貫して支持してきた。しかし、小泉総理の登場以前、自民党の勢いが地に堕ちていた時期から、雪斎は、自民党の「今後」を展望する原稿を寄せていた。雪斎への批判として、「小泉の権勢に擦り寄った奴」などという言葉を並べる向きがあるけれども、小渕恵三総理や森喜朗総理の執政期から自民党政治に寄り添ってきた雪斎にとっては、それは片腹痛い批判と評する他はない。
 対外政策の展開という観点からすれば、小渕恵三総理の「先見性」は、あらためて指摘するに値するであろう。雪斎にとっては恩師にあたる佐々木毅・東京大学総長(現学習院大学教授)が「読売論壇賞」を受賞した折、わざわざ授賞式会場に駆けつけて祝辞を述べていたのが、小渕総理であったのである。小渕総理は、「学者」を大事にした宰相である。小渕総理は、「シルク・ロード外交」の展開に際して秋野豊・筑波大学助教授の議論から示唆を受け、「太平洋フロンティア外交」の展開に際して川勝平太教授の議論に依ったとされている。この二つの対外政策機軸は、「対中牽制」の意味合いを含んでいたけれども、それは、小渕総理の急逝によって「未完の構想」のままに終わったのである。
 小泉総理の過去五年近くの対外政策は、それ以前から断絶しているわけではない。小渕総理の時代の外交機軸を若干、デフォルメしながら引き継いでいるのが、小泉外交の基調であろう。
 下掲は、『月刊自由民主』(12月号)に載せた今年最後の論稿である。今年一年の出来事は、折々に「人間万事、塞翁が馬」の故事を思い起こさせた。来年の年の暮れには、どのようなj時間が過ぎているのであろうか。

 □ 小泉純一郎内閣の「有終の美」への提言
 小泉純一郎第三次改造内閣が発足した。この第三次改造内閣は、従来の歴代内閣とは様相を異にした内閣である。この内閣は、小泉純一郎(内閣総理大臣)が来年九月の自民党総裁任期満了を機に退陣する意向を表明している事情から、「終着点」が予め見えた時限内閣である。世の人々は、歴代内閣が選挙での敗北、自らの醜聞、国民的な不人気といった事由によって突如、執政の幕を下ろしてきた歳月の後で、一つの内閣が「有終の美」を飾る過程を見届けることになる。五年半に及ぶことになる小泉の執政の特異性の一つは、そうした有終の美を飾る過程を手にしていることにある。
 逆にいえば、こうした過程の中で何が手掛けられるかは、小泉内閣の歴史的な評価に関わる点で大事なものである。おそらくは、その際の柱になるのは、次の二つである。
 第一に、郵政民営化法案成立に象徴される「小さな政府」への動きは、加速されなければならない。「九・一一」総選挙に際しての自民党の大勝は、都市部若年層が自民党に大挙として票を投じたことにあるけれども、そのことは、特に都市部若年層においては「平等」の確保よりも「活力」の維持のほうに重きが置かれている事情を物語っている。小泉「構造改革」路線には、以前から進行してきた社会「格差」の拡大を加速させるという批判が向けられているけれども、そうした「格差」は、実際には然程、忌避されているわけではない。現下の景気回復基調は、「格差」よりも「活力」を重んじる機運には合致している。振り返れば、小泉「構造改革」路線それ自体が、戦後の擬似社会主義的な「一九四〇年体制」を打破し、「活力」を基調とする社会環境の定着を目指すものであった。その流れを止めるわけにはいかないのである。
 第二に、安全保障環境の変化に応じて日米同盟関係を首尾良く切り回していくための仕組は、適宜、意識的に整えられる必要がある。小泉執政下の未曾有とも呼ぶべき良好な日米関係は、「ブッシュ・コイズミ同盟」の言葉が暗示するように、小泉とジョージ・W・ブッシュの個人的な信頼によって担保されているところが大であった。その担保が消えた後にも、良好な日米関係が維持されると即断するのは、楽観的に過ぎよう。折しも、日米関係が直面する試練の予兆は、浮かび上がっている。去る十月二十九日午前(米国東部時間)、米国国防総省で開かれた外務、防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会では、在日米軍再編や自衛隊と米軍の役割分担に関する中間報告が合意に達した。しかし、この中間報告を最終報告に持っていった上で実際の在日米軍再編を推し進める過程では、色々と紆余曲折が予想される。この在日米軍再編中間報告には、在日米軍基地を抱える多くの地方自治体から懸念や反発が示されている。こうした懸念や反発は、住民の日頃の生活実感に根差したものであるが故に、日米同盟の意義を大上段に振りかざして相対するには不適切なものであろう。そこでは、極めて慎重にして細心な対応が要請されるのである。此度の内閣改造における麻生太郎(外務大臣)や安倍晋三(内閣官房長官)の位置からは、特に中国や韓国との関係の膠着を展望する評が大勢である。確かに、麻生や安倍の従来の言動は、中韓両国に対する「強硬派」(hard liner)としての彼らの相貌を内外に印象付けている。韓国メディアの中には、閣内での麻生や安倍の位置を評して、「北東アジアに歓迎する国は一つもない」と書いた向きもある。しかし、今後の難局が対米関係に絡んで浮上するとすれば、在日米軍再編は、麻生や安倍、あるいは額賀福志郎(防衛庁長官)が「強硬派」であろうとなかろうと、地道に片付けられなければならない課題である。中韓両国との摩擦が喧伝される昨今ではあるけれども、「日米関係は磐石である」という予断を持つことは、厳に慎まなければならないのである。
 「有終の美を飾る」とは、実は誰にとっても容易なことではない。次の舞台への準備をしながら自らの舞台の幕を引くことは、本来は別の範疇に属する二つの作業を同時並行で進めることを意味する。小泉の五年半の執政は、「難事」に始まり「難事」に終わることになるのであろうか。
  雑誌『月刊自由民主』(2005年12月号)掲載

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