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October 14, 2005

「下流社会」

■ 『中央公論』今月号で興味深かったのが、次の論稿である。
 ○三浦展 “自分らしさ”型子育てが「自分探しフリーター」を生んだ―中流から「下流」へ落ちる団塊Jr.
 三浦氏には、『下流社会―新たな階層集団の出現』 (光文社新書)という書がある。90%が中流と認識されていた従来の日本社会は、「上流15%・中流45%・下流40%」の社会に変質しうつあるというのが、三浦氏の見方である。三浦氏は、パルコのマーケティング情報誌「アクロス」編集長などを経て、現在は消費や都市、文化を研究するシンクタンクを主宰している。アカデミズムの住人ではない人物が書いた「社会格差」論としては面白いものである。
 三浦氏は、書の冒頭で次の12項目を列挙する。

 ① 年収は年齢の10倍未満
 ② その日を気楽に生きたいとおもう。
 ③ 自分らしく生きるのがよいとおもう。
 ④ 好きなことだけをして生きたい。
 ⑤ 面倒くさがり、だらしない、出不精。
 ⑥ 一人でいるのが好きだ。
 ⑦ 地味で目立たない性格だ。
 ⑧ ファッションは自分流である。
 ⑨ 食べることを面倒くさいと思うことがある。
 ⑩ お菓子やファーストフードをよく食べる。
 ⑪ 一日中、テレビゲームやインターネットをしてすごすことがよくある。
 ⑫ 未婚である。(男性33歳以上、女性30歳以上)

 三浦氏は、この12項目中、半分以上に当てはまる人々を「下流的」と位置付けている。三浦氏が定義する「下流」とは、赤貧にあえぐ貧困層ではなく、自分の生活状況を「中の下」と認識している層を指す。それは、「単に所得が低いということではない。コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲…総じて人生への意欲が低い」層と説明されている。
 因みに、雪斎が間違いなく当てはまるのは、⑫の一項目だけであり、微妙に当てはまるのが④⑥⑨⑪である(もっとも、普段、昼食時間あたりは忙しいからサンドウィッチで済ませようという気にはなるし、一日中、机に向かっているのは、仕事上の必要なので、三浦氏のイメージとは違うであろう。⑥にしても、孤独への耐性がないと知識人はやっていけない。④にしても、政治学者・政策担当秘書という職務は、やりたいことだけをやる自分の信条には合っているけれども、扱っている個々の政策案件の総てが自分の関心に沿っているわけではない)。雪斎は、どう考えたとしても、ここでいう「下流」の要素を持っていない。雪斎は、人格形成期に、角川映画『白昼の死角』のコピー、「豚は死ね 狼は生きろ」に強烈な影響を受け、一時期に大藪春彦ワールドにどっぷり漬かっていたので、若い頃には相当に強い「上昇指向」を持っていた。
 小泉純一郎総理の「構造改革」路線の副産物が、「社会格差」の拡大であるのは、もはや否定しようがないできごとである。雪斎は、そうした格差を承認する。雪斎は、自分の現状と理想との間に途方もない格差があると実感していたから、それを越えようという「上昇指向」を持った。「格差」への認識は、人間のエネルギーの源泉なのである。
 昨日、楽天が東京放送の筆頭株主に躍り出たとのニュースが、伝えられた。。「これからは貧しい奴と金持ちの差が極端な世の中になるよ」。雪斎が母親に話したら、母親は次のように応じた。「昔の日本だって、そうだったでしょ」。なるほど、戦前の日本には、華族制度はあったし、大地主や財閥が存在した。往時、三井財閥家が有していた富に比べたら、今、たとえば三木谷浩史氏が有している富などは、物の数ではないのであろう。「結局、昔に戻るだけ…」。格差が開いた世の中で、また堤康次郎や五島慶太みたいな人物が出てくるならば、それもまた楽しい。とすれば、良家の令嬢と「馬の骨」の恋愛という文学上の永遠のテーマも、リアリティのある話になりそうである。それは、釣り合いの取れない男女の恋愛が『電車男』に表現される当世よりも、ずっとまともであるはずである。

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「学者生活」カテゴリの記事

Comments

お久しぶりです。お元気そうで何よりですね。
100%、いや120%くらいアグリーです。昔の格差に比べりゃー、可愛いモンですよ。それに落ちていっても食うに困らん、なんていう国はここだけです。終身雇用制度が日本古来の制度のように思っている人も多いけどこんなもの、わずか50年位しかたっていない・・・堺屋さんじゃ、ないけど、高度成長の労働力の確保に都合が良かっただけですもんね。45歳で大企業を辞めて、かみさんと別れ(正確には捨てられ)なぜかこういう「下流思考」に陥っていく奴を同期で数人持つのですが、なんだか幸せみたいですよ、本人達は。結局上昇しなくてもいいや、ってやつは常に人口の一定比率存在しているような気がします。
長文失礼致しました!

Posted by: ぐっちー | October 14, 2005 at 09:19 AM

>小泉純一郎総理の「構造改革」路線の副産物が、「社会格差」の拡大であるのは、
>もはや否定しようがないできごとである。

この手の言説が最近流布しているのは、個人的には「何で?」という気がする。
因果関係やメカニズムが説明される事は無いし、その逆、小泉路線で無かったら社会格差が縮小するのだという説明をなしえた論者もいない。思い込みだけが吐露されていると思います。
(「みんながそう思う」事から来る政治的リアリティは別にしてですが)

構造改革路線だろうがそうでなかろうが、既に「国際競争力のある産業分野に雇用されている労働者は比較的高収入、高安定が得られるがそうで無い産業セクターの労働者は・・・」という環境が続いている訳で、「何を今更感」をおぼえます。
夫婦で地方学校教師やっていて、旦那校長嫁教頭くらいになれば、上物7千万の家に小ベンツくらい乗れるわけです。これ地方では典型的な勝ち組例ですな。

確かに昔の日本も「大富豪-金持ち-貧乏人ー極貧」くらいの階層はありましたが、貧乏人や極貧層は社会的負担が無いも同然だったわけです。しかし今やそこからも吸い上げなければ国家財政が立ち行かない。

また意識面も変化が大きいですね。夫婦で大八車引いて行商しても・・・なんて事はもはや無い。とっとと離婚ですな。また落ち延びるスラム街もありまへんな。

というわけで、今後の政治テーマの背景として「公平感と公正感のミックスバランス」が浮かび上がる事は間違い無いでしょう。

Posted by: ぺパロニ | October 14, 2005 at 10:40 AM

階層があること自体は必ずしも悪いことではないのでしょうが、階層が固定化してしまうと問題が大きくなると思います。下層階級の生まれでも、意欲と能力があれば成り上がれる社会でないと、日本は腐ってしまうと思います。
そのためには、貧しい家の子供でも才能があれば十分な教育を受けられる制度か、そのような人を助ける篤志家の登場を促進するインセンティブが必要でしょうね。

Posted by: Baatarism | October 14, 2005 at 11:04 AM

最初から人生への意欲が低い人は別ですが、昨今のニートやフリーターの増加に、選択肢の多い社会というのは幸せな面だけではないのだなと思います。「頑張った人が報われる社会」と言っても、頑張れば報われるとは限らないという現実もあるんですよね。「頑張って目標を達成できた→やればできる」ということと「頑張ってもできなかった→できないこともある」と、両方を体験することが大切なんでしょうね。そうすれば、自分ができることや得意なことは何かがわかるし、できないことはあきらめが肝心と学ぶことになると思いますし。できないことがあると知ることは、絶望ではなくて謙虚な心が持てると思います。実現可能性の見極めは、自分を知らなければできないと思いますし。

私もいろいろ自分探しをしましたが、自分の分を知るとあまり迷わなくなったように思います。でも、よりよい明日のためにはやはりそれなりの努力が必要であり、すぐ堕落しそうになりつつも、「自分が幸せ/おもしろいと思うこと」を大切にすることにかけては、かなり貪欲なのだろうと思います。長くなってすみません!(>_<)

Posted by: さくら | October 14, 2005 at 03:34 PM

素人考えではありますが、すでに700兆円を超え、「先進国中最悪」といわれる国の借金は、これまでの「90%が中流意識を持つ」「先進国の中では相当低い失業率を持つ」と言われた日本経済を支えるための「コスト」だったのではないかと思われます。

国の借金は、確実に後の世代への「大増税」に跳ね返ってきます。「将来悲劇的な『国家破産』の危機に見舞われるより、今のうちに負担を増やしてでも将来の危機の可能性を少しでも下げよう」。たとえ「弱者切捨て」という批判を受けようとも、私が現在の小泉改革路線を支持する根拠はここにあります。

今という時代は、外交・国防だけではなくて、国内の経済体制も「普通の国」になる過程なのかもしれませんね。

Posted by: 藤田 | October 15, 2005 at 04:20 PM

はじめまして。ずっとROMしていたT.Tと申します。
30代前半で、①~⑫の半分以上に見事にあてはまってます。
年収だけは①の基準より100万円ほど上回っていますが、都市部の独身男の日常ってそんなものなんじゃないかな、と思ってます。

ここ数年、いや十数年ほど「格差」「格差」と言われ続けていますが、「本当か?」という気持ちです。
20年前以前にも埋めがたい格差はあり、それは「市街地に土地を持っているか」「良い会社に新卒入社できたか」など、必ずしも本人の実力とは一致しない部分で決まっていたわけですから。
年功序列や終身雇用制など、当時から一部の大企業だけでしか存在しなかったわけで、それが崩れることによる影響など、一部の人以外にとっては関係ないはずです。
大学の同窓会や企業の同期入社組のメンバーの行く末を見れば格差が広がっているように見えるかもしれませんが、全体的に見れば労働力市場による正当な評価がされただけ。
市場価値が年収500万の人が1000万貰うのは、特権によるものか、「悪魔との契約」(会社に身を捧げる代わりに高い賃金と定年までの雇用を保障される)によるもので、バブル崩壊から小泉構造改革に至るまでの間に、そういった特権が一つ一つ突き崩されてきただけだと思います。

今回の選挙で私を含め、若年層が小泉自民党に投票したのは、「固定化されたアンフェアな階層社会」から「流動的でフェアな階層社会」への変革を望んだからだと考えています。
どんな社会であろうと、階級が無くなるわけないのは明らかなのですから。
十年前も今も、牛丼チェーンのバイトの時給はほとんど変わっていないことを考えれば、メディアで騒がれるほど格差の拡大は起きてないと実感しています。

Posted by: T.T | October 16, 2005 at 01:55 AM

はじめまして、最近ブログを拝見し始めたものです。
この日に書かれた内容で、一点だけ、話の本筋と「まったく関係ない部分」が気になったので、コメントさせていただきます。
『白昼の死角』は大藪春彦氏の作品ではなく、高木彬光氏の作品だと思います。(なので、どっぷり漬かった理由にはならないかと)
あと、『白昼の死角』のコピーは、「狼は生きろ、豚は死ね」と、順番が逆だと思います。
真面目な内容に水を差すようなコメントですが、ちょっと気になりましたので、お邪魔しました。

Posted by: 路傍の一個人 | October 16, 2005 at 12:34 PM

この本は私も読みました。世代によって傾向が違うというのが重要な指摘で、今後のトレンドを良く示していると思います。そして若いエリートは上の世代に比べて貧困層に冷淡とは言えるでしょう。

原因は色々あるのでしょうが、将棋の羽生四冠(現)が言っていたうまい表現に「高速道路とその先の大渋滞」というのがあり、これが示唆的ではないかと考えます。つまり、IT革命によりある程度の努力でかなりの水準に達する方法論が社会の知的インフラとして多くの業界に存在しているが、同じような立場の人が多くてそれから一歩抜け出るのが極めて至難であるという話です。結果、勝ち組が少数である社会の現状、多大な努力をしてもなかなか成果が得られないとなれば、そもそも高速道路に乗ろうという意欲を起こさなかった人が自分と大差ない所得であることに不満を覚えるのも無理は無いでしょう。

もっともこれは巨視的に見ると単純な事実として表すことが可能かもしれません。昔の日本は貧しく、経済力により教育レベルの格差が存在し、それが個人の大きな能力差になり、格差として存在した。その後教育の普及により一旦格差は縮小したが、今日、若い世代は再び個々人の能力差が開く傾向にあると。それが経済水準の格差に反映しているだけと表現は出来ないでしょうか。

Posted by: カワセミ | October 19, 2005 at 01:10 AM

皆さん、ありがとうございます。
 昔、拙者は『中央公論』に「今こそ階級社会擁護論」という論稿を書いたことがあります。その論稿は『論争 中流崩壊』という書に収録されています。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121500016/qid=1129661743/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-6099240-8617928

この書で格差を是認するような論稿を寄せたのは、拙者と御厨貴先生くらいだったはずです。
 ただし、「格差社会」では「上流」層は、「高貴なる者の義務」を果たさなければならない。高々、「ヒルズ族」程度の人々を「上流」と呼ぶのは、本来は
噴飯ものでしょうね。ホリエモンさんも三木谷さんも、年に何億円を慈善活動に寄付しているのでしょうかな。

Posted by: 雪斎 | October 19, 2005 at 03:57 AM

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