« 十年一昔 | Main | 2005年の阪神優勝 »

September 26, 2005

後藤田正晴とマキアヴェッリ

■ 一昨日、後藤田正晴氏の追悼原稿を書いた。来月、雑誌『中央公論』「時評2005」欄に掲載されることになる。後藤田氏に仕えた佐々淳行氏が後年、明らかにした官僚の心得、「後藤田五戒」は、次のようなものである。
 ① 省益を忘れ、国益を思え。
 ② いやな事実、悪い情報をすみやかに報告せよ。
 ③ 勇気をもって意見具申せよ。
 ④ 自分の仕事にあらずと言うなかれ。自分の仕事であるといって争え。
 ⑤ 決定が下ったら従え。命令は直ちに実行せよ。
 これは、官僚組織を実際に動かした後藤田氏ならではの言葉である。

 雪斎は、何故、後藤田氏の追悼原稿を書いたのか。それは、後藤田氏が戦後の日本の政治家の中では、国家の持つ「暴力装置」を使う必要性と危険とを熟知する稀有の存在であったが故に、そうした後藤田氏の見識に常々敬意を払っていたからである。
 後藤田氏は、「ハト派」、「護憲派」と目された。1990年代以降、それこそ雨後の筍の如く「保守論客」が登場したけれども、そうした「保守論客」からは、後藤田氏は誠に評判の芳しくない存在であった。
 しかし、「1990―2000年代産保守論客」が語る軍隊には、江藤淳が「ごっこの世界」と呼んだ軽さがある。もし、現在の我が国が「普通の国」の状態であったならば、軍隊を派遣して拉致被害者を救出するという選択肢は、考慮されるのか。結局、「平和主義」を一種の世俗宗教の如く奉った旧来の進歩・左翼知識層と「1990―2000年代産保守論客」には、質的な差異はない。どちらも、観念が先走っているのである。
 雪斎もまた、十年前には、「1990―2000年代産保守論客」の若き一典型と目されていたようである。今の雪斎は、余程の勉強不足の左翼知識層は別として、もはや「保守論客」とは観られていないようである。雪斎は、そのことを大いに歓迎する。大体、「1990―2000年代産保守論客」に影響を与えているのは、「観念の遊戯」に走りがちな文学・思想畑の知識人である。そうした知識人は、政治に携わる「怖さ」を経験しているわけでもなければ、日々、競争の激しいビジネスの現場に身を置きながら「国富」を生み出しているわけでもない。そうした文学・思想畑知識人は、一部の例外を除けば、その政治評論の質において「床屋政談」以下のものを披露することがある。此度の総選挙の後、安易な小泉純一郎内閣批判、果ては有権者批判に走っている人々の姿を確認すれば、そのことは瞭然としていよう。此度の総選挙の結果は、「民主主義の危機」などではなく「小選挙区制度の必然」である。そいしたことを理解せずに、「床屋政談」以下の代物を高説として披露できる文学・思想畑知識人は、「お気楽な」商売をしているなと思う。雪斎は、そうした知識人と同列に扱われるのは率直に迷惑であると思っている。
 後藤田氏は、ニコロ・マキアヴェッリに倣らえられた。そして、マキアヴェッリは、臨終の床で「私は我が魂よりも、我が祖国を愛する」と口にした。マキアヴェッリにとって、自分が「保守」であるかどうかなどという議論は、どうでもよいものであったはずである。そもそも、マキアヴェッリが生きた時代には、政治的な「右」と「左」、「進歩」と「保守」という概念すら存在しなかったのである。後藤田氏は、軍隊や警察のような国家の「暴力装置」の持つ意味を「観念」で把握していなかったが故の「ハト派」であった。雪斎にとっては、「後藤田=マキアヴェッリ」という類推は誠に受け容れやすい。

|

« 十年一昔 | Main | 2005年の阪神優勝 »

「学者生活」カテゴリの記事

Comments

>もし、現在の我が国が「普通の国」の状態であったならば、軍隊を派遣して拉致被害者を救出するという選択肢は、考慮されるのか。
>結局、「平和主義」を一種の世俗宗教の如く奉った旧来の進歩・左翼知識層と「1990―2000年代産保守論客」には、質的な差異はない。どちらも、観念が先走っているのである。

とっとも賛成です。
今次衆院選挙の結果をめぐっても

左派>小泉政権を支持する事で、日本は戦争にひた走る事になった。
右派>「国家観のあやふやな小泉という男」を支持した国民の無知蒙昧

と見事にその「観念に振り回される図」を示してくれました。

Posted by: ぺパロニ | September 26, 2005 at 10:33 AM

 4年後の総選挙で大敗してもいいから、この4年でやれることは徹底的にやってやる。「○○をぶっ壊す」。もしそうなったら怖いことです。
 2院制のあり方。マニフェストのあり方。政党のあり方。緊急に再考すべきだと思います。もう小選挙区制はとっくに始まってしまっていますし、2大政党制は整いつつあるからです。
 首相のリーダーシップの強化、党執行部の権限強化はこのご時勢では妥当なのでしょうが、手放しで歓迎すべきものでもないですよね。
 小泉さん、1年で辞めると断言しました。←世界世論は小泉フィーバーですね。きっと。11月の6カ国協議は「日本の主張」を世界世論が押してきそうです。

Posted by: ちびた | September 26, 2005 at 11:16 AM

私みたいに小事に携わっておりますと、批判などを賜りますると「私みたいな小物にご奇特な」と思ってしまいます。「批判(悪口)」に対するもっとも厳しい対応は無視でしょうか。

後藤田氏はハト派らしいハト派というイメージです。雪斎先生の分析はさすがだなあと思います。私自身は安保環境の評価の違いだと感じておりました。『情と理』を読むと、後藤田氏は日本の安全に比較的、楽観的な印象をもちました。

「省益を忘れ、国益を思え」は立場を問わず、優れた官僚OBの方たちが共有している感覚でしょう。この点に関しては私は悲観的です。私みたいな素人からすると、お役人がある程度、省益に流されるのは人情で政治家が高所からときに省益追求を利用し、ときに抑制するのが筋だと考えます。

Posted by: Hache | September 27, 2005 at 02:23 AM

まことに良きご意見番を失ったものです。

閑話休題。ちょっと宣伝させてください。

国際フォーラム2005「新しい文明を築く」
11/12東京国際フォーラムにて
基調講演:ミハイル・ゴルバチョフ
http://www.goipeace.or.jp/japanese/event/forum2005/index.htm

Posted by: 笛吹童爺 | September 27, 2005 at 06:08 AM

関係ない話になりますけど、今週号の週刊エコノミストP76に「金融庁異能官僚がつづった十戒」というのが載っていて、これは感動ものです。

ホンのさわり

第5条 説明責任
いまだに「世間の批判を回避するためには」なんてペーパーに平気で書く奴は、皆で殴らねばならない。

是非、読んでみてください。


Posted by: かんべえ | September 27, 2005 at 09:21 AM

>政治に携わる「怖さ」を経験しているわけでもなければ、日々、競争の激しいビジネスの現場に身を置きながら「国富」を生み出しているわけでもない。

初めてお邪魔致します。
「これこれ、この言葉だったのだ。いわゆる『保守論客』への、そして彼らと共通する認識を持つ、一部の『保守系blog』に感じていた違和感の原因とは、これだったのだ」と、膝を打つ思いですした。

現在の状況の中に於いての判断の重み、後世までその影響を残す重みを考えることなしに、政治家は動けないものと思います。
政治家は政治家であって、政治評論家でも思想家とは違うものですから。

拙い言葉で、失礼致しました。

Posted by: るびい | September 27, 2005 at 10:54 PM

>膝を打つ思いですした。
→膝を打つ思いでした。

>政治評論家でも思想家とは違うものですから。
→政治評論家とも純粋な思想家とも違うものですから。

と、訂正致します。

重ね重ね、失礼致しました。


Posted by: るびい | September 27, 2005 at 10:59 PM

再度の投稿は不躾と思いますが、私は批判に値しないものは沈黙を守るのがよいと考えております。率直に思うのは、この記事で批判されている「保守論客」は、批判に値するのかということです。論壇のことはまったく疎いので的外れかとは思いますが、批判の方法次第では逆に批判の対象を実際よりも大きく見せてしまうのではないでしょうか。もっとも、私が薄情なだけなのかもしれませんが。

別の記事で失礼なのですが、憲法9条が改正されたら「ハト派」になるというのもわからない。9条が改正されても、その後の運用次第で集団的自衛権の行使を認めないということはありえるでしょう。9条が改正されても、自国が直接、攻撃を受けない限り不作為に陥る危険は残ると考えております。私は無節操な人間なので日本の安全にとってタカ派的発想が好ましいのならタカ派でよくハト派がよければそれでよいと思います。というより国防にあたってタカだハトだと真剣に議論されている方には失礼ですが、些事にしか見えませんね。

Posted by: Hache | September 28, 2005 at 05:20 AM

・ペパロニ殿
御意。
・ちびた殿
勝ちは、「六分の勝」で十分ですが、これから、どうなるかでしょう。
・かんべえ殿
ご教示、多謝。
・笛吹童爺殿
ゴルビー講演とは…。これはチェックでしょう。
・るびい殿
恐縮です。
・hache殿
「批判する価値のないものは黙殺する」というのは、拙者の基本姿勢なのですが、この場合、自分のスタンスを明示するという意味もありますので…。

Posted by: 雪斎 | September 28, 2005 at 06:09 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/71618/6123332

Listed below are links to weblogs that reference 後藤田正晴とマキアヴェッリ:

» もろもろ 後藤田氏を悼むblog じわじわ広がるジョブスの言葉 [門司港に暮らしながら-ココログ別館-]
おはようございます。mojiko.comの魚住です 今頃、とても大間抜けなことを [Read More]

Tracked on September 29, 2005 at 07:36 AM

« 十年一昔 | Main | 2005年の阪神優勝 »