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September 30, 2005

2005年の阪神優勝

■ 昨日、阪神タイガース優勝である。阪神ファンの皆様、おめでとうございます。ジャイアンツを相手に胴上げを見せ付けることができたのは、さぞかし快感でありましょう。ただし、前の優勝から僅かに二年目での優勝は、「阪神、十数年ぶりの涙」という話を当たり前のものとして受けとめてきた雪斎には、いささか「違和感」を覚えるものでございます。「常勝軍団・タイガース」というのは、形容矛盾の趣きがあると思うのですけれども、いかがでしょうか。十数年ぶりに勝って、「物事をあきらめない」と人々を感動させるのが、タイガースのタイガースたる所以だと思います。雪斎も、「1985年の熱狂」は、よく覚えているのです。

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September 26, 2005

後藤田正晴とマキアヴェッリ

■ 一昨日、後藤田正晴氏の追悼原稿を書いた。来月、雑誌『中央公論』「時評2005」欄に掲載されることになる。後藤田氏に仕えた佐々淳行氏が後年、明らかにした官僚の心得、「後藤田五戒」は、次のようなものである。
 ① 省益を忘れ、国益を思え。
 ② いやな事実、悪い情報をすみやかに報告せよ。
 ③ 勇気をもって意見具申せよ。
 ④ 自分の仕事にあらずと言うなかれ。自分の仕事であるといって争え。
 ⑤ 決定が下ったら従え。命令は直ちに実行せよ。
 これは、官僚組織を実際に動かした後藤田氏ならではの言葉である。

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September 23, 2005

十年一昔

■ 第一衆議院議員議員会館内の愛知和男事務所は、まだ、がらんとした空間である。愛知代議士の蔵書も運び込まれている。高坂正堯、村上泰亮といった今は亡き碩学の著書である。
 十年前、愛知代議士は、『ここを変革すれば日本は必ずよくなる』(かんき出版 1995.9.16第1刷)という書を刊行していた。久しぶりにページをめくって見た。

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September 21, 2005

何時か来た道

■ 後藤田正晴氏が亡くなった。雪斎が最も尊敬していた政治家の一人であった。「朝日」と「読売」は、次のような記事を載せている。

  □ 最後まで貫いた「非戦」 亡くなった後藤田元副総理
 19日、死去した後藤田正晴氏(91)には、二つの顔があった。警察官僚トップ出身で「カミソリ」と恐れられる一方、晩年は、憲法改正や自衛隊の海外派遣に慎重なハト派保守政治家の代表的存在だった。戦争体験を持たず、改憲を志向する若手政治家が与野党を超えて増える中、後藤田氏の死去は政治家の世代交代を改めて印象づけた。
 「国民全体が保守化し、政治家がナショナリズムをあおる。大変な過ちを犯している。アジア近隣諸国との友好こそが大事なことだ」
 今年7月、朝日新聞のインタビューに応じた後藤田氏は、小泉首相の靖国神社参拝を機に近隣諸国との関係が揺らいでいることを危惧(きぐ)した。
 40年に陸軍に入り、主計将校として台湾で終戦を迎えた。戦争体験に基づく「非戦」の思いが、後に安保・防衛政策で穏健な立場を主張する原点だった。
 「戦争の覚悟はあるのか。私はサインしない」。87年には、ペルシャ湾に海上自衛隊の掃海艇を派遣しようとした中曽根首相に、そう迫り断念させた。96年の朝日新聞紙面では「武力によって他国民、他民族を従わせることはできない。ぼくは加害者の立場の経験を持っているから」と語っている。
 復員後、内務省に復職。警察畑を歩み、警察庁長官時代、よど号ハイジャック事件や連合赤軍のあさま山荘立てこもり事件などを処理した。72年、田中内閣で官僚組織トップの官房副長官に就き、その後、政界に身を投じた。
 96年の政界引退後も積極的な発言を続けた。かつて仕えた中曽根氏が会長を務める世界平和研究所が今年1月、独自の憲法改正案を発表すると、「自衛隊の国際活動を認めるならば、海外で武力行使はしないことを明記してもらいたい」と注文をつけた。


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September 18, 2005

前原誠司・民主党新代表の「主導権」

■ 塩野七生著『海の都の物語』(中公文庫版・下巻、p11)には、十五世紀の一ヴェネツィア人の手紙から次の言葉が引用されている。
 「良識とは、受身に立たされた側の云々することなのだ。行動の主導権をにぎった側は、常に非良識的に行動するものである」。
 十五世紀後半以降、ヴェネツィアはオスマン・トルコに版図を切り崩された。ヴェネツィアが相対したのは、自らの「良識」が通用しないばかりか、国力の上でも自らを圧倒するイスラム帝国であったのである。
 ところで、「行動の主導権をにぎった側は、常に非良識的に行動するものである」というのは、郵政関連法案審議以降の小泉純一郎総理の手法を示唆していて、誠に興味深い。確かに、造反議員に「刺客」を差し向けるという手法は、従来の自民党の「良識」から懸け離れたものであったし、そうした手法の「非良識」を批判した議員が「受身に立たされた側」であったのも、明らかな事実である。

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September 16, 2005

映画バトン

■ 政治ネタが続いたので、趣向を変えてみる。以前、「ミュージック・バトン」というのが、ブロガーの中で流行っていたので、その「映画」バージョンをやってみる。「映画バトン」である。

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September 14, 2005

願はくは、我に七難八苦を与え給へ

■ 愛知和男氏が復活当選と相成った故に、雪斎の身辺も騒がしくなっている。折々に突っ込まれるのは、「○○(雪斎の本名)も永田町に戻るのか」ということである。「さあ、どーなんでしょ」。現時点では、これしかいえない。
 この件は、後々に報告させて頂くことにする。

■ 今日夕刻、産経新聞「正論」欄に寄せる原稿を仕上げる。中身は、惨敗を喫した民主党への「応援歌」である。此度の選挙では、雪斎とも親しい二人の民主党議員が辛うじて生き残った。
 長島昭久 議員 / 東京21区落選、比例東京ブロック当選
 近藤洋介 議員 / 山形4区落選、比例東北ブロック当選
 山の端にかかる三日月を仰いでは、「願はくは、我に七難八苦を与え給へ」と尼子家再興を誓った山中鹿之介幸盛のように、長島、近藤両議員には、奮励してもらいと思う。
 雪斎も、今までの人生では、「不遇の時期」が長い。雪斎は、その折々に、「願はくは、我に七難八苦を与え給へ」と唱えながら、生きてきた。これは、「苦境に耐える高倉健スタイルのヒロイズム」の源流を感じさせる言葉である。

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September 13, 2005

「祭り」の後に…

■ 昨日未明以降、愛知和男氏の復活当選に関して、様々な方面から祝意を表して頂いた。一昨日深夜のエントリーにコメントを寄せて頂いた皆さんをはじめ、多くの皆さんには謝意を表する。皆さん、ありがとうございます。

■ 昨日夕刻以降、都内で「さくらの会」に加わる、集まったのは、かんべえ殿ぐっちー殿さくら殿やじゅん殿、とある雑誌編集者T氏、そして雪斎であった。もともと、さくら殿「慰労会」企画であったはずが、時節柄、大放談会と相成る。いやはや楽しかった。そして、雪斎は確信する。此度の選挙は、日本の「政治評論」の質をも暴露した。メディアの世界に「製造物過失責任法」が適用されるならば、賠償を請求される会社は続出する。マス・メディア関係の人々は、自らの「危機」を自覚すべきかもしれない。

■ 後世、この選挙の意味を考える時に言及されるキー・アイテムは、「森喜朗のミモレット」であろう。あの森前総理が「干からびたチーズ…。噛めないのだよ…」と評したフランス産高級チーズである。
 雪斎は、次のような仮説を立ててみる。
 「どうやら、ミモレットが売れ始めた瞬間が、世の人々の意識の『潮目』であった…」。

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September 11, 2005

land slide.....

■ 只今、午後十時である。小選挙区制度の下での選挙であるから、こういうことになるとは、「教科書」の上では理解していたけれども、実際に眼の前に繰り広げられると率直に驚く。各メディアは、自民・公明両党で三〇〇議席越えの見通しを伝えている。ちょっと勝ち過ぎだろう。これから、「熱を冷ます」仕掛けを考えなければならない。
 雪斎は、これから仕事をしなけれならない。

■ 午後十一時半過ぎ、愛知和男氏、復活当選確実の報が流れる。
  ディスプレイが涙で曇って、どうしようもない…。
  駄目だ…。何もするきがしない。

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September 10, 2005

『小説吉田学校』の記憶

■ 本日、期日前投票を済ませる。雪斎の投票行動は、あらためて説明する必要もないであろう。ただし、小選挙区で雪斎が票を投じたのは、雪斎には余り親しくない人物である。むしろ、対立候補のほうにこそ、雪斎は、その人格や見識に触れ、親しさを感じている。もっとも、此度の選挙は、「情」よりも「理」を優先させるべき選挙である。雪斎も、その通りに振る舞った。期日前投票所には、比較的若い世代の人々が多かった。
 明日午後八時以降、各テレビ局は、選挙特番を放送することになっている。雪斎は、総選挙の結果を受けた論稿を依頼されているので、ミモレットを肴にビールを片手に「観戦」というわけにはいかない(やってみたかったんだな…、これが)。多分、選挙速報を横目で見ながら、翌日朝締め切りの論稿を書くことにあるのであろう。

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September 09, 2005

「試薬」としての愛知選挙区

■ 投票日二日前である。色々な情勢分析記事が飛び交っている。「なるようになるのだろう」という心理状態になるのが、大概、この時期である。投票日前日は、一転して恍惚状態に至るのだが…。本日は、「趣向」を変えて、次の「共同」配信の記事を考えてみる。
  □ トヨタ、自民支援に本腰 経営トップら集会に続々
 ≪「王国」民主に危機感≫
 日本企業最高の業績を誇るトヨタ自動車の経営陣が、おひざ元の愛知県で、衆院選での自民党支援を本格化させている。奥田碩(おくだ・ひろし)同社会長が率いる日本経団連の自民党支持表明の影響もあり、連日の閣僚や自民党首脳の来訪に合わせ、経営トップらが続々と集会に参加。対する民主党は、前回衆院選で県内15の小選挙区中、10区を制した「民主王国」が切り崩されかねないと危機感を募らせている。
 「小泉改革は成果を上げている」。6日、トヨタ本社がある愛知県豊田市で開かれた自民党候補の集会。応援に駆けつけた小泉純一郎(こいずみ・じゅんいちろう)首相に先立ち、前社長である張富士夫(ちょう・ふじお)副会長は自らマイクを握ってこう強調。その後開かれた別の演説会場には渡辺捷昭(わたなべ・かつあき)社長も出席した。
 選挙期間中同社は、役員らが手分けして県内の自民党候補集会に顔を出すなど積極的に動いている。地元のある市議は「総務担当の社員が企業回りに付き添ってくれるなど、大変尽力してくれている」と明かす。
 かつてトヨタは政治とは一線を画す主義とされた。だが今回は、経済財政諮問会議のメンバーとして小泉改革を後押ししてきた奥田会長が自民党支持を公言。創業一族で、中部経済連合会会長を務める豊田芳年(とよだ・よしとし)・豊田自動織機名誉会長も会員企業に自民党支援を依頼。「利益1兆円企業」として産業界を代表する存在や責任の重みをにじませた。
 約27万人のグループ労組をバックに対抗する民主党候補陣営も、トヨタ経営陣と自民党の蜜月を「脅威だ」(幹部)と警戒感を示している。

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September 08, 2005

「怪情報」も踊る浜松

■ 昨日夕刻、自民党本部では、東京ブロックから立候補した愛知和男氏の「激励の会」が開かれ、雪斎も参集した。愛知氏を前にすると、雪斎は、昔日の「政策担当秘書」として顔に戻る。「代議士、明日のインタビューでは、ここのところを強調しましょう」。「代議士、明日の会議では、○○の話題は避けたほうがよろしいかと…」。そのようなことを飽きるほどに愛知氏に進言していた時期の顔である。昨日も、愛知氏に色々と進言した。その中身を明かすことはできない。
 此度の選挙では、「保守・右翼」知識層の中には、大枠としては自民党の政策志向に近いにもかかわらず、「反・小泉」感情に眼を曇らせる余りに、「自民党には票を入れるな」と説く人士がいるらしい。しかし、選挙は、議員の「政治的な生死」を左右する戦争であるのであれば、こうした「保守・右翼」知識人の姿勢は、最も嫌われるものである。それは、横から手を出して他人の「命綱」を緩めるような振る舞いである。「政策志向が合えば自民党議員であろうと民主党議員であろうと構わない」というのは、平時の論理である。選挙という有事においては、「主義、信条の違いに構わず一票を投じてくれる人々は皆、有難い」という論理が優越する。前の「保守・右翼」知識人は、そうした「平時」と「選挙・有事」の論理の違いが全然、理解できていない。
 それ故、「普段は政策では自党の政治家と意見を異にしていても構わないけれども、選挙では自党候補の不利益になることは、一切やらない」。これが、「永田町」で「政策参謀」とする活動する際の「掟」の一つである。雪斎は、自民党に「縁」を持っているが故に、普段は色々な政策志向を持つ人々と付き合うことにしてるけれども、選挙戦中が自民党候補の不利益になりそうなことはできるだけ避けることにしている。繰り返しになるけれども、選挙は「戦争」である。
 ところで、此度の選挙戦中、最たる「怪情報」と思しきものが流れている。『毎日』が配信した記事である。

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September 05, 2005

雑誌『論座』に寄稿した「9・11選挙」論

■ 朝日新聞社が発行する雑誌『論座』今月号は、「9・11」総選挙に関する特集を載せている。この雑誌は、今月号から表紙をリニューアルした。デザインを担当したのは、29歳の若手デザイナーのようである。「これはいい…」と率直に思う。こういうヴィヴィッドなレイアウトは、余り見たことがない。ただし、「何やら小泉総理が岡田代表を上から一喝している」ようなレイアウトには、思わず苦笑する。
 「9・11総選挙」特集のライン・アップは、下記のとおりである。
 ▽座談会:佐々木毅(学習院大学教授)×川本裕子(早稲田大学教授)×北城恪太郎(経済同友会代表幹事)
「古い政治にサヨナラしよう!」
 ▽論客10人が問う 総選挙の真の争点はこれだ!
①日本型社会民主主義の後にくるもの(筆者:山口二郎(北海道大学教授))
②社会上の「活力」を保つために必要な「構造改革」(筆者:雪斎))
③「小泉イシニアティヴ」は実現するか(筆者:野中尚人(学習院大学教授))
④待ったなしの外交問題をどうするのか(筆者:姜尚中(東京大学教授))
⑤靖国参拝合憲化が進む危険性(筆者:高橋哲哉(東京大学教授))
⑥内閣・与党の一体化を実現できた党が創造者になる(筆者:岩本康志(東京大学教授))
⑦マニフェストの詳細比較を(筆者:松原聡(東洋大学教授、NPO法人マニフェスト評価機構理事長))
⑧戦後60年の「底力」が試される(筆者:永井愛(作家))
⑨だましたい政治家・だまされたい国民(筆者:辛淑玉(人材育成コンサルタント))
⑩民主党が示すべき政策は都市型弱者支援だ!(筆者:宮台真司(首都大学東京准教授))

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September 03, 2005

「遊戯」としての政治、愛知和男氏の出馬

■ 此度の総選挙では、雪斎が仕えた愛知和男氏が、東京選挙区比例区から自民党候補として出馬している。こちらのニュースでは、愛知氏のインタビューが載っている。既に引退を表明したと諒解されていた愛知氏の「再出馬」は、驚きを以て迎えられているようである。
 実際のところ、愛知氏の出馬に関しては、雪斎のほうにも、「どういうことなのか」という問い合わせのメッセージなどが各方面から入っている。

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September 02, 2005

「9月2日」の風景

■ 今週中は、エントリー更新を控えるつもりであったけれども、前言撤回である。
 丁度、六十年前、1945(昭和20)年9月2日、東京湾上停泊中の米国海軍所属戦艦ミズーリにおいて、日本側を代表して重光葵外務大臣と梅津美治郎参謀総長、連合国側を代表してダグラス・マッカーサー連合国最高司令官と関係各国代表が「降伏文書」に署名を行った。、これに伴い、日本の降伏は確定し、「戦後」が始まった。

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